表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

留守と雷

 静かな毎日だった。

 雪は少しずつ溶け、短い夏へと季節を変えていく。


 光の量が増えて、窓いっぱいに光があふれているように思える。窓の外の木々は緑をつけてきらめいている。命を謳歌している。


 けれど、魔導師はどこかにお出かけをするようになった。


「魔導師様、どこ?」

 呼びかけても、探してもいない。


「いないよ、いない。どこに行ったの?」


 メイドが食事も出してくれるが、何時になっても帰ってこない。


 暖炉もついている。けれど、屋敷に魔導師はいない。どうしたんだろう、ユイは何か悪いことをしてしまっただろうか。


 さみしくて悲しい気持ちで屋敷の外に出た。待っていれば帰ってくるんじゃないかと、少し待つが、帰ってはこなかった。


 大好きな魔導師様が、ユイを置いて行ってしまった。知らないうちに涙があふれて、止まらなくなった。


 涙がとまらず、しょんぼりと屋敷に向かって歩くと、まるで月明かりが集まったかのような姿が目に入った。


「魔導師様っ!」


 駆けて行って抱きついた。

 驚いたのか、魔導師は立ち止まってしばらく動かなかった。


 それから魔導師クラウスは、出かけるときにはかならずユイに「出かける」ことを伝えるようになった。

 


 春は、どうしてこうも眠くなるのだろう。


 ユイは自分の服を洗濯するために川にきた。おざなりに選択の準備をしながら、あくびをして川の水の冷たさにすこし驚いた。屋敷の近くに流れるこの川は、雪に埋もれていた。春になって川の音がして、ユイが見つけたのだ。きらきらした川がうれしくて、一日ふわふわした気分でいたものだ。


 屋敷の中でも充分に洗えるスペースがあるのだが、ユイは洗濯板を持って川まで来る。


 歌など歌いながら洗濯を終えると干す。木の枝に干して、ぱんぱんと露も払って気持ちよく屋敷に入ってお茶を淹れ、一階の窓際にあるイスに座って飲んだ。


 するとさっきまであんなに晴れていたのに、雨が降り出したのだ。

 声もなく庭に出て、干してある服を取り込む。ずぶ濡れになりながら、ユイは憤然と洗濯物を屋敷の物干しがあるところに行って、干しなおした。


 やることがなくなってユイは書斎に戻った。雨はいい音を立てて降っている。魔導師は、いつものように本を読んだり、何か書き物をしたりしている。


 邪魔にならないようにソファに大人しく座って、どこからか探してきたノートに色鉛筆で絵を書いていく。

 どれくらい経っただろう、部屋の中が暗くなったなと思ったら、低い地響きのような音が空を覆った。


 雷だ。


 蒼白になりながらユイはテーブルの下に隠れた。毛布を持って頭から掛ける。雨の音に混じり、稲光と雷鳴りが轟く。


「ま、魔導師様」


 一人で耐えられなくなり、毛布を頭からかけながら魔導師の机の下へ入ろうとしたが、魔導師が邪魔で入れない。結果、ユイは魔導師の膝にしがみついた。


 魔導師はユイがやってきて膝に震えながらしがみついてきたのを、仕方なそうに抱き上げてくれた。毛布ごと膝の上に乗せて抱きしめられる。


「怖いよう」

 涙があふれてくる。

「大丈夫だ。私がいるのだから、心配などするな」


 震えている子供が可愛そうになったのか、魔導師はすこし強く抱きしめながらそう囁いた。視線が机の上にある本に向けられているが、読めないだろう。


「魔導師様、ユイね、雷怖いの」


「分かっている」


 魔導師に抱きしめてもらっても、体が震えてしまう。それでも、魔導師のぬくもりと、やさしい抱擁に、低くて優しい声がユイを落ち着かせる。


「大丈夫だ。もうじきやむ」

「ほんと?」

「嘘をついてどうする」


 魔導師が息をついてふと笑みを浮かべた。何かおかしかったのか、つい笑ってしまったのだろう。


 その瞬間、ユイの恐怖心は消えた。魔導師を見つめたまま、呼吸すら忘れそうだ。驚くほど心臓が鳴って、顔に熱が集まってくる。


 急にとてもうれしくなった。


「魔導師様」

「ん?」

 小さな声で呼びかけたユイにクラウスがやさしく応えると、ユイは何も言わないで笑った。

「雷、もう終わった?」

 魔導師は窓の外を眺めて雲の様子を見てくれる。ユイも真似をして窓の外を見やる。暗雲は去りきってはいなかった。


「まだだ」


 低い声だった。いつもと同じで、怖くもない、でも優しくもないような。けれど、なんだかちょっと優しい感じがする。


 それはもしかしたら、魔導師様がとっても温かいからかもしれない。

 魔導師の長衣は思っていたよりもずっと厚くて、ずっと柔らかだった。耳を澄ますと魔導師の鼓動が聞こえる。


 規則正しく、優しい音が。


 次に雷が鳴ったとき、魔導師の鼓動しか聞こえずにいた。

「もう平気だな?」


 そう言われてユイは、温かい肌から引き剥がされると思ってぎゅっとしがみつく。


「まだ!」


 外では稲光が室内までも照らすほどの勢いだ。

 意識が鼓動から離れたとたん、雷鳴の恐怖がよみがえってユイは震え上がった。


 そうして半時ほどしたら、雷は移動したのか静けさが広がった。何度か確認するようにユイは窓を見て、安心してから魔導師の膝から降りた。


 ソファに行くと、魔導師の笑顔を思い出しながら、絵の続きを書いた。



遅くなってしまい申し訳ございません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ