留守と雷
静かな毎日だった。
雪は少しずつ溶け、短い夏へと季節を変えていく。
光の量が増えて、窓いっぱいに光があふれているように思える。窓の外の木々は緑をつけてきらめいている。命を謳歌している。
けれど、魔導師はどこかにお出かけをするようになった。
「魔導師様、どこ?」
呼びかけても、探してもいない。
「いないよ、いない。どこに行ったの?」
メイドが食事も出してくれるが、何時になっても帰ってこない。
暖炉もついている。けれど、屋敷に魔導師はいない。どうしたんだろう、ユイは何か悪いことをしてしまっただろうか。
さみしくて悲しい気持ちで屋敷の外に出た。待っていれば帰ってくるんじゃないかと、少し待つが、帰ってはこなかった。
大好きな魔導師様が、ユイを置いて行ってしまった。知らないうちに涙があふれて、止まらなくなった。
涙がとまらず、しょんぼりと屋敷に向かって歩くと、まるで月明かりが集まったかのような姿が目に入った。
「魔導師様っ!」
駆けて行って抱きついた。
驚いたのか、魔導師は立ち止まってしばらく動かなかった。
それから魔導師クラウスは、出かけるときにはかならずユイに「出かける」ことを伝えるようになった。
春は、どうしてこうも眠くなるのだろう。
ユイは自分の服を洗濯するために川にきた。おざなりに選択の準備をしながら、あくびをして川の水の冷たさにすこし驚いた。屋敷の近くに流れるこの川は、雪に埋もれていた。春になって川の音がして、ユイが見つけたのだ。きらきらした川がうれしくて、一日ふわふわした気分でいたものだ。
屋敷の中でも充分に洗えるスペースがあるのだが、ユイは洗濯板を持って川まで来る。
歌など歌いながら洗濯を終えると干す。木の枝に干して、ぱんぱんと露も払って気持ちよく屋敷に入ってお茶を淹れ、一階の窓際にあるイスに座って飲んだ。
するとさっきまであんなに晴れていたのに、雨が降り出したのだ。
声もなく庭に出て、干してある服を取り込む。ずぶ濡れになりながら、ユイは憤然と洗濯物を屋敷の物干しがあるところに行って、干しなおした。
やることがなくなってユイは書斎に戻った。雨はいい音を立てて降っている。魔導師は、いつものように本を読んだり、何か書き物をしたりしている。
邪魔にならないようにソファに大人しく座って、どこからか探してきたノートに色鉛筆で絵を書いていく。
どれくらい経っただろう、部屋の中が暗くなったなと思ったら、低い地響きのような音が空を覆った。
雷だ。
蒼白になりながらユイはテーブルの下に隠れた。毛布を持って頭から掛ける。雨の音に混じり、稲光と雷鳴りが轟く。
「ま、魔導師様」
一人で耐えられなくなり、毛布を頭からかけながら魔導師の机の下へ入ろうとしたが、魔導師が邪魔で入れない。結果、ユイは魔導師の膝にしがみついた。
魔導師はユイがやってきて膝に震えながらしがみついてきたのを、仕方なそうに抱き上げてくれた。毛布ごと膝の上に乗せて抱きしめられる。
「怖いよう」
涙があふれてくる。
「大丈夫だ。私がいるのだから、心配などするな」
震えている子供が可愛そうになったのか、魔導師はすこし強く抱きしめながらそう囁いた。視線が机の上にある本に向けられているが、読めないだろう。
「魔導師様、ユイね、雷怖いの」
「分かっている」
魔導師に抱きしめてもらっても、体が震えてしまう。それでも、魔導師のぬくもりと、やさしい抱擁に、低くて優しい声がユイを落ち着かせる。
「大丈夫だ。もうじきやむ」
「ほんと?」
「嘘をついてどうする」
魔導師が息をついてふと笑みを浮かべた。何かおかしかったのか、つい笑ってしまったのだろう。
その瞬間、ユイの恐怖心は消えた。魔導師を見つめたまま、呼吸すら忘れそうだ。驚くほど心臓が鳴って、顔に熱が集まってくる。
急にとてもうれしくなった。
「魔導師様」
「ん?」
小さな声で呼びかけたユイにクラウスがやさしく応えると、ユイは何も言わないで笑った。
「雷、もう終わった?」
魔導師は窓の外を眺めて雲の様子を見てくれる。ユイも真似をして窓の外を見やる。暗雲は去りきってはいなかった。
「まだだ」
低い声だった。いつもと同じで、怖くもない、でも優しくもないような。けれど、なんだかちょっと優しい感じがする。
それはもしかしたら、魔導師様がとっても温かいからかもしれない。
魔導師の長衣は思っていたよりもずっと厚くて、ずっと柔らかだった。耳を澄ますと魔導師の鼓動が聞こえる。
規則正しく、優しい音が。
次に雷が鳴ったとき、魔導師の鼓動しか聞こえずにいた。
「もう平気だな?」
そう言われてユイは、温かい肌から引き剥がされると思ってぎゅっとしがみつく。
「まだ!」
外では稲光が室内までも照らすほどの勢いだ。
意識が鼓動から離れたとたん、雷鳴の恐怖がよみがえってユイは震え上がった。
そうして半時ほどしたら、雷は移動したのか静けさが広がった。何度か確認するようにユイは窓を見て、安心してから魔導師の膝から降りた。
ソファに行くと、魔導師の笑顔を思い出しながら、絵の続きを書いた。
遅くなってしまい申し訳ございません。




