大変だ
しばらくはユイは屋敷を探検したり、庭の広さを見たり、とにかく魔導師のお仕事の邪魔だけはしないようにしていた。
ユイには信じられないほど大きなお家なのに、メイドがいないときもあるのだ。用事がないときはいないらしい。魔導師はいつでも無口、全然おしゃべりをしてくれない。
暇をもてあましたユイは、グミの実に代わる実で焼き菓子を作ろうと思いついて庭に行っていた。
こんな雪の中に成っている実があるだろうか。
ユイは探すうちに庭から森の奥へと入り込んでいたようだ。
低いうなり声に驚いて転び、木と雪に作られた穴に足を滑らせて落下した。
「痛っ」
穴の上からは狼が二、三匹覗いて下がっていく。
せっかくのお洋服も汚れてしまっている。あたたかいコートも、どろどろになってしまって。
大好きな人を困らせたくてやってきたわけじゃないのに。
どうすることもできなくてユイは足をかばいながら座り込んだ。寒くて、でもほんの少しだけ春の気配がする。
「魔導師様は、ご本を読んでるもんなぁ」
いつもいつも本当に静かに本を読んでいる。窓から差す光が淡く金髪を光らせて、白い肌に落ちていて、綺麗で優しくて、大好きなのだ。
絶対に邪魔はしたくない。
しかし、この状況ではどうしようもない。
たぶん魔導師様はユイが屋敷にいてもいいと思ってるけど、でも、ユイのことが好きなわけじゃない。ただ、ユイが居たいと言ったから置いててくれるのだ。
「だから、絶対に」
一人でこの場を切り抜けなければならない。
足元に転がっている石を狼の鼻面に思いっきり投げつける。たまたま当たったのか、悲鳴じみた泣き声が一瞬だけ聞こえた。けれど、そんなことで退散するほど弱くはない。
何回か投石するが、もう理解されたのか狼は器用に避けてしまう。
暗くなってきた空にも負けじと、凍えてきた手をさすった。
「落ちたのか」
星が見えるほどになり、狼の気配がなくなったと思ったら頭上から声がした。怖くもない、優しくもない声だった。ユイは目に見えない力で体をひっぱられて浮かび上がって穴から出された。
「怪我は?」
黙って首を振るユイを軽々と抱き上げる。
足に怪我をしていて、歩けないとばれてしまった。魔導師のきれいな無表情になぜか「やれやれ」といった感情がちらりと垣間見られた。ユイははっとしてうつむいた。
消え入るような小声で言う。
「ごめんなさい」
憧れてやまない人に抱きかかえられて、触れることなど考えもしなかった魔導師のぬくもりに、知らずに涙が出てきた。
「魔導師様~」
盛大に涙が出てきてユイはしゃくりあげた。そのまま魔導師の首に腕を回して抱きついた。
「大好き」
ユイの言葉に魔導師様は頭をなでてくれた。
その行為が余計にユイを泣かせたけれど、魔導師様は何事もなく書斎の部屋へつれて帰って、すっかり定着したユイのソファへと下ろしてくれた。
怪我を診て、すぐに治してしまうと、メイドが持ってきた食事を摂るように示してくれた。どうしても言わなければと、ユイは勇気を出した。
「ユイね、お菓子を作ろうとしたの」
けれど、魔導師様は聞いているのか聞いてないのか食事をしている。
「どんぐりの実は嫌いって言ってたから、だから他のならいいかなって。でも、何にもないんだもん」
ついつい拗ねた声が出てしまった。
けれど、ユイが拗ねようと魔導師様はなにも変わらなかった。
食事が終わると、素直に風呂に入ってユイはソファで眠りについた。穴に落ちて疲れてしまったのだ。
しばらくは大人しく屋敷の中を探検したり、遊んでいた。だが、ずっと家の中にいるのも息苦しく、だからと言って屋敷の見えない場所には行きたくなく、玄関口で客人を迎える雪だるまをたくさん作った。楽しくなって、道にそって小さい雪だるまをたくさん並べてみた。
かわいくなった屋敷の玄関口に満足して、玄関の見える窓から眺めていたら、魔導師様が玄関口に立ってしばらく雪だるまを眺めていた。
あんまり似合わないけれど、なんとなく喜んでいる気がして、ユイは大満足した。
また別の日は、引き出しに入っていた紙の束から、一枚もらってきて、別の引き出しで見つけた、使われていない筆記用具でお花の絵を描いていたら、知らないうちにテーブルにまではみ出てしまっていた。
「……たいへんだ…」
濡れ布巾で、久しぶりに一生懸命掃除をしてしまった。




