メモリーブリッジ
お久しぶりです。
良かったら最後まで読んでください。
カーテンの隙間から、やわらかな午後の日差しが射し込んでいる。機械の電子音が規則正しく響く、病室。
僕──天城蒼は、病院のベッドに横たわる少女を見つめていた。名前は、桜井玲奈。僕の幼馴染で、笑顔の似合う明るい女の子だった。
でも今は──まるで時間ごと閉じ込められたように、彼女は静かに眠り続けている。
「君の記憶を、僕が取り戻してみせるよ」
僕の手には、まだ未完成の装置。《メモリーブリッジ》──記憶をデジタル化し、他者の脳に転送する装置。
僕はそれを、彼女のために作ったんだ。
昼休み。理科棟の最奥にある一室では、3人の高校生が集まっていた。
「うおおっ!? また怪しいヘルメットみたいなの作ってる!」
部室に入ってきた真崎翔が、大げさな声を上げる。
「怪しくない。ただの記憶転写用インターフェース。試作五号機だ」
無表情で応じる僕の隣では、小宮あかねがノートPCに何やら入力している。
「脳波の収束パターン、前より安定してるみたいね。もうすぐ使える?」
「今日、試験運用を始めるつもりだ」
この部は、記憶科学研究部──通称メモリーラボ。脳科学と心理学を融合した未来の研究を行う、僕たちだけの実験場。
けれど、本当の目的はひとつだけ。
──玲奈の記憶を、目覚めさせること。
病室に入ると、玲奈は変わらず静かに呼吸を繰り返していた。
僕は装置を丁寧にセットし、自らの記憶データを玲奈に転送する準備を整える。
この装置は、記憶を完全に「移す」のではない。あくまで「共有」だ。
けれど、深いところまで触れてしまえば、人格や感情まで揺らいでしまう。
「でも、僕はやる」
僕は覚悟を決めて、転送を開始した。
──脳が焼けるような痛み。映像が、言葉が、感情が流れ込んでいく。
気づけば僕は、幼い頃の玲奈の記憶の中にいた。
夕焼けの公園。手を繋いで笑う二人。
「絶対に、忘れないからね」と言った、玲奈の声。
翌日。
「……あまぎ、くん?」
玲奈は、目を覚ました。
医者も看護師も奇跡だと騒ぐ中、僕だけが違和感に気づいた。
「……この景色、前にも見たような……って、なんで分かるんだろう」
玲奈は、僕しか知らない記憶を口にした。
僕の記憶の一部が、彼女に「残って」いる。
そして数日後、玲奈は言った。
「私の中に、天城くんがいる気がする。すごく……寂しくて、でも強くて、切なくて……私じゃないのに、私なの」
玲奈はヘッドギアを手にしていた。
「これ、もう一度使わせてほしい。私、自分の記憶を思い出したい。天城くんのじゃなくて、私の記憶で──生きたいの」
その瞳には、玲奈自身の意志が宿っていた。
僕は静かにうなずく。
「なら、僕の記憶は返すよ。そして──君自身の心で、未来を紡いで」
再度装置を接続し、僕の記憶をゆっくり、彼女から“取り出す”。
微笑んで、玲奈が言った。
「ありがとう、私の中にあった“君”の想い、全部届いてたよ」
季節は変わり、玲奈は再び学校に戻ってきた。
桜の花が舞う中、僕たちは並んで歩く。
「ねぇ、覚えてる? 昔、手を繋いで夕焼け見たときのこと」
「……記録には残ってない。でも、君がそう言うなら、そうだったんだろう」
玲奈は笑った。
「だったら、それでいいよ。これは、私の“新しい記憶”なんだから」
記憶は、ただのデータじゃない。
誰かと心を交わして生まれる、“今”の積み重ね。
だから僕たちは今日も、少しずつ前へ進んでいく。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
シリーズ化するか悩んでいる感じです。
ありがとうございました。