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ルトヴァルト王国三部作

風の精霊が愛した姫と王都を一掃する

風が吹く草原で一人。

ライハの周りで風がクルリと回る。

「寂しくなるわ。気軽に会いに来られなくなる日が来るなんて思ってもみなかった」

この景色を目に焼き付けておこう。


ライハの長い銀の髪が不自然に揺れた。

「ヴェイン?来てくれたの?」

金の髪のヴェインが姿を現した。

「風の精霊なんてたくさんいるのになんでオレだって分かった?」

「秘密」


「どうしたの?元気ない?」

「王都へ行くことになったからお別れを言いに来たの」

「なんで?ルトヴァルトの姫が王都へ何しに行くの?」

「人質」

「人質?ライハが?」


「戦争に負けたの」

「え?戦争なんてあった?ここの軍隊強いよね?」

「気づいた時には終わっていたの。宣戦布告をされてそのまま敗戦。戦わずして負けたの」

「どういうこと?」


「義母が決めたの。ルトヴァルトの王族は書類仕事が苦手でしょう?女王だった母が急死して、手続きに便利だからって、書類仕事が得意な彼女が父の後妻になったでしょ?私が継承するのを待っていたはずだったのに、この短い間にルトヴァルトは敗戦国になった」


「あいつか……ルトヴァルトのために動いているとばかり思ってた」

「私にはもう分からない。誇り高きルトヴァルトが戦わずして負けて、私を側妃として献上するように言われたの。義母に確かめようにも視察で国中を回っていてどこにいるか分からないし」


「オレが聞いてきてやろうか?王都へ行くのはいつだ?」

「一週間後よ。馬車が迎えに来るんですって」

「分かった。オレが何とかする。ライハは心配しなくていい。いつもみたいに楽しそうにしてろよ」


「ヴェイン。風の精霊のあなたにそんなことまでしてもらって良いのかしら。貴族の婚姻ってそういうものなのでしょう?」

「オレは貴族じゃないし、婚姻とか分からないけど、ライハが望まない相手と添わなければいけないのなら阻止してやりたいと思う。銀の鬼姫が泣くなんて余程のことだろう?」


「私、ヴェインと一緒に居られなくなるなんて思ってもみなかったの」

「なんで?オレはライハの精霊だから死んでも傍らにいるつもりだったけど?」

「そうなの?母が亡くなった後、アルマンドが消えたのはもしかして母といるから?」


「ああ、あいつ精霊王だったくせに自分の弟子が亡くなったからってクリスティナに着いて行っちゃって、驚いたよ」

馬に乗った騎士が見えた。

「姫様ー!」

「カークだわ」


壮年の騎士は馬から降りて、ライハとヴェインの下へ走ってきた。

「姫様、ヴェイン殿、至急城へお戻りください」

「カーク、報告を」

「王都からの使者が到着しまして、二日以内に準備をせよとの言伝でございます」

「急だな」


「ヴェイン殿のおっしゃる通りでございます。アマーリエ様が視察から戻られるのはまだしばらく先で、ライハ様の件はまだご報告できてもいないのです」

「義母上がいないとすぐ事務仕事も連絡も滞るわね。以前より悪くなってない?」


「事務方は休み返上で働いていましたから、消化しきれていなかった休暇がかなり残っておりまして。そこへ突然の宣戦布告が降って湧いて、混乱している間にアマーリエ様が一手に引き受けてくださいましたもので……」


「分かった。オレがライハに付き添って王都で話をつけてきてやるよ。別の精霊に頼んでアマーリエへの連絡もしてやる。ライハはルトヴァルトで暮らしたいんだろう?そうだ!オレと結婚したらいい!」

名案だ!と言うかのように顔を輝かせてライハを見るヴェイン。


「そんな風に婚姻の申し込みをされても嬉しくないわ!受けるけど。断るわけないでしょ?でももっと何か思い出に残るようなのが良かった」

ライハは不満を隠さない。

「ええ?そんなこと言ってられないだろう?いくらどっかの王国の王でも精霊の花嫁に手は出せないだろうし、そもそもライハがオレ以外の花嫁になるなんて嫌だし」


「ヴェイン殿のおっしゃる通りですぞ!姫様。一刻の猶予もございません。ルトヴァルトはフォールティル王国の属国なぞと云われる謂れはございません。今我々は蜂起に向けて水面下で兵を集めておりますゆえヴェイン殿との結婚がお嫌なら」


「そうなってほしくないから、私が王都へ行くと言ったのに」

「自由を愛する我らルトヴァルトの民が姫様を犠牲にしてのうのうと安寧に浸る腰抜けだとお思いですか?」


「カーク……」

「フォールティル王国と戦って自由を守りましょう!」

「カーク、落ち着け!ライハは民に戦場へ出てほしいわけではない」

「ヴェイン殿、我らは負けませぬ。姫様を悲しませるようなことにはなりませぬ!」


「カーク、戦場になった場所に住む人たちはどうなるの?戦う場所が決まっているわけではないから、土地や畑が荒らされて、思い出の景色も無くなってしまう。魔物が荒らすのならまだ分かるわ。それを言葉が通じるはずの人同士でするのは馬鹿げていると思うの」


「それに人を屠るのは魔物を屠るのとは違う。同じ種類同士で争うのをオレは勧めない」

「ヴェイン殿……」

「オレがライハの守護者になるよ。今すぐに儀式をしよう。カークは立会人だ。ライハ、オレを見て」

ライハは引き寄せられるようにヴェインを見た。


足元に無数の花が咲いた。今は冬の終わりだというのに、一足早く急に春が来たかのように一気に花開いた。色とりどりの花がライハを包む。


上昇気流が起きて花弁を浮かび上がらせた。ピタッと風が止まると花の中に立っているかのような光景が広がる。ヴェインが跪いた。精霊との特別な契約。


「ライハ・ルトヴァルト、自由の民、ルトヴァルトの姫よ。あなたへの永遠の愛と忠誠を誓う。オレの愛はあなたの糧に。オレの心はあなたと共に。オレの全てはあなたの為に」

ヴェインがライハの左手を取って、薬指に口付けを落とした。


金緑の光が集まってエメラルドをのせた金の指輪が現れた。ライハの目から涙が零れる。ヴェインの色の指輪だ。


「ヴェイン、風の精霊よ。私の愛はあなたの為に。私のこの身は民のために。ルトヴァルトを守護する者として、あなたに永遠の敬愛を。永久(とこしえ)にルトヴァルトを守りたまえ」


ライハがヴェインの左手の薬指に口付けを落とした。青銀の光が集まって、ブルーガーネットをのせた銀の指輪が現れた。ライハの色だ。ヴェインは石に唇を寄せた。それから空に向かって両手を広げた。


「ここにルトヴァルトの継承者ライハと風の精霊の王、ヴェインは婚姻を宣言する。精霊よ集え。この喜びを世界中に知らせるが良い」

たくさんの旋風が花弁を巻き上げて空に向かって立ち昇った。


四方八方に向かう花弁の風を見送って、ヴェインはライハを抱き寄せる。見つめ合う二人。口付けを交わす。真っ赤な顔で恥ずかしそうに微笑んだライハはこの世の誰よりも美しかったと、ただ一人の立会人、カークは後に語った。


ヴェインが口笛を吹いた。彼の愛馬が何処からともなく走ってくる。ライハは彼の前に騎乗して風を切って走る。ヴェインの手綱捌きは見事なものだ。風になったような気がする。


城に着くと、多くの住民が押しかけていた。乗馬した二人を見つけると口々に祝いの言葉を告げた。フラワーシャワーを浴びながら城へ入る。住民がいなくなった辺りで二人は馬を降り、ヴェインはライハを抱き上げて居住空間へと足を踏み入れた。


城で働いている者たちの涙混じりの歓迎で嬉しそうなライハを見て、ヴェインはいたく満足した様子だった。ライハを自室に送り届けたヴェインは風の精霊を集めてアマーリエの動向を調べさせた。


流石に使者をそのままにする訳にもいかず、王族然とした衣装に着替えたライハは彼らの謁見を許した。玉座に座るライハの横にはヴェイン。ルトヴァルトの民はヴェインを見慣れているが、フォールティル王国の使者は精霊を初めて見た。


この世の者とは思えない美貌にすっかり飲まれてしまって、当初の偉そうな態度の彼らはどこかへ行ってしまったようだ。彼らにライハは穏やかな声で告げた。


「あなた方からの申し入れを断ります。あなた方に知らせが届いたかは分かりませんが、私は既婚者です。ご使者の方にお伝えしても仕方のないことですから、直接フォールティル王国の国王陛下にお伝えします。あなた方が私の為に用意したという馬車で向かいましょう」


「分かりました。我々は属国の娘を連れて来るように申し付けられただけですので、あなた方がどう思われようと一緒に来ていただければそれでかまいません。では明後日の朝七時に出発いたします。万が一遅れた場合は、我が国への反意あり、とのことで対処させていただく」

国の威信を保ちたいのか、精一杯の抵抗をしているかのような彼らが気の毒だった。


使者は、馬車置き場に勝手に設置した野営の幕へ戻って行った。ルトヴァルトの城では安心して眠れないのだそう。そこにも結界が張ってあるから生きていられることを分かっていないようだ。


ルトヴァルトは魔物が多く棲む森に隣接している。この国に住む者はある程度の年齢になると魔物と戦うようになる。謂わば戦闘民族である。その者らに守られてここまで辿り着いただろうに。国境で手続きをした後、王城まで行く者は護衛が守ってくれていたのを知らないのだろうか。


ライハとヴェインは王国に婚姻を断りに行った後、改めて結婚式を挙げることになった。出発までの短い時間の中で、挙式の準備を始めた。どんなドレスにするか、ティアラは、会場は、招待客は、料理は、枚挙に限りがない。


慣れない決め事で疲れた様子のヴェインは、ライハの膝に頭を乗せたまま話し合いに参加していた。ライハは無意識のうちにヴェインの金の髪を指先でクルクルと触っている。


仲睦まじい新婚夫婦が目に毒だと、会議参加者から独身男性が一人もいなくなった。密かにライハに憧れていた者たちが幾夜も自棄酒を呷ったので、後日商店街からお見舞いの品が届いたらしい。


さて、出発の時間十五分前。ライハとヴェインは早々に馬車に乗っていた。数日間の慣れない野営で満身創痍の使者たちは寝坊。気の毒に思ったライハはヴェインに頼んで爽快な気分になるよう魔法をかけてもらった。


ライハはその手の繊細な魔法は不得意。一族の誰よりも大雑把な魔法を使うので、普段はなるべく使わないように気をつけている。ましてや人にかけるなんて、危険過ぎると口酸っぱく言い聞かされてもいる。


二人の荷物はそれぞれが空間収納庫にしまっているので、こじんまりとしたこの馬車でも問題はなかった。何なら結界を張った中にいるので、二人の会話は外には漏れないし、中を見ることもできない。


朝が早くて眠かった二人はヴェインが作り出した快適空間でスヤスヤと眠っていた。フォールティルの王都へは七泊する必要がある。


道中ルトヴァルトが付けた護衛に魔物から守られながら馬車は今夜の宿に着いた。流石に宿に泊まるようだ。疲れ果てていた使者たちはライハとヴェインを監視するでもなく、早々に部屋へ篭ってしまった。


昼間よく眠って夜暇になったライハとヴェインは二人で魔物退治に出かけた。護衛の者は休ませたいとライハが言うので、ヴェインは眠りの魔法をかけた。


ヴェインはライハの剣と魔法の師匠でもある。これ幸いと広い場所で稽古をつけてもらう計画だ。ルトヴァルトの直系の王族と風の精霊が親しくなった後の関係性は多種多様だ。


ライハの母クリスティナと彼女の精霊アルマンドは師弟関係、祖母たちの代は友人のようだったし、曽祖母は家族のようだったと聞く。ライハとヴェインは師弟関係でもあり夫婦でもある、ある意味珍しい選択をした二人だ。


銀の髪を高いところで結えて、騎士服で魔物を次々に屠っていくライハ。人家から離れた広い所では、いつもは使えない大規模な魔法を展開する。雷、洪水、新たな魔法も教わりながら、久しぶりの時間を許す限り楽しんだ。


宿に戻った後は湯船で身を清め朝食へ。昼間は安全な結界の中でぐっすり眠って、その夜もまた魔物を屠った。そして王都へ辿り着く頃には、街道沿いの魔物はすっかりいなくなっていたらしい。ライハは爽快な気分で王都に着いた。


到着早々、王への謁見が許された。


「王国の太陽、王国の月、国王陛下と妃殿下に、ルトヴァルトの風、ライハがご挨拶申し上げます」

美しいカーテシー。ライハは体幹がいい。


「うむ。ご苦労。後日夜会でその方と王太子の婚姻を発表する。せいぜい着飾って来るがいい」

王は不遜に笑ってあっという間に退出してしまった。


「あ、」

ライハは王がいた方へ伸ばした手を引っ込めた。

「どうしましょう。断りそびれてしまったわ」

「とりあえず夜会に出てみようか。楽しそう」

「もしかして何か企んでる?」

「そんなことないよ。あ、今夜は討伐はどうする?流石に王都の近くには魔物がいないかな?」


ヴェインはワクワクした様子で話している。

「そうだ!ここを抜け出して王都の街を一緒に歩こうよ」

「夜会までは特に何もないのならそれもいいわね」

「オレたち放置されてるから、このままいなくなってもバレないんじゃない?」


「確かに誰もいないわね。あ、待って。侍女が一人走って来るわ」

「かなり焦っているね」


「お待たせして大変申し訳ございません!侍女を務めさせていただきますコリンナと申します。ライハ様をお部屋へご案内するようにとのことでございます」

「コリンナね、私はライハよ。よろしくね」

「ちぇー。おでかけなしか」

ヴェインの姿も声も、ライハにしか届いていない。王城に着いてすぐ、姿を見られないように魔法をかけた。


「こちらへどうぞ」

ライハはコリンナの後をついて行く。コリンナは王宮内の説明をしながら進んでいく。他国の要人を招く貴賓室に案内されると思っていたライハは驚いた。


後宮にある一室へと案内されたからだ。コリンナによると王太子の後宮だという。まだ正妃を迎えていないはず。もう多くの女性を囲い、その中の一人にライハを加えようとしているのか。呆れる。


「舐めた真似をしてくれるじゃないか。オレの花嫁だという知らせが届いていないのか?」

ヴェインがイラついた様子を見せ、珍しい彼の姿にライハは驚いた。


「では、ごゆっくりお寛ぎください。準備が整いましたらお夕食をお持ちしますので、本日はこの部屋の中でお寛ぎください」

紅茶とお菓子を用意し終えたコリンナは一礼をすると部屋から出ていった。


「飲むな。食べるな」

姿を現したヴェインが紅茶とお菓子を指して言った。

「媚薬入りだ」

「あら。恐ろしいわね」

「ついてきてよかった。こんなことを企むやつの花嫁になろうとしていたのか?」


拗ねた顔でヴェインがライハを見た。婚姻の申し込みの時のことね、とライハは意味ありげに微笑んだ。

「私の旦那様は意外と嫉妬深い方なのかしら」

「当然だ。この媚薬はただの媚薬ではない。子を産めなくする薬が入っている。ルトヴァルトの王族の血を絶やしたいとしか思えない」


「そんな……ヴェインが気づいてくれてよかった」

「これはオレが預かっておく。一応浄化はしたがライハは触れないように」

「ありがとう。そう言えば、ルトヴァルトの料理長が持たせてくれたお菓子があったわ。それを食べましょう」


「嬉しいなあ。彼が作るお菓子どれも美味しいから。ルトヴァルトの民は王都みたいに澱んでいる場所ではミントを食べると良いよ。ミント入りのお菓子はある?」


「ちょうどミントクッキーを貰ったの。食べたことがないから不安だったけど、せっかくだから食べてみましょう」

「紅茶はオレが淹れるね」

美味しそうな紅茶の香りがミントと混ざって意識がスッとする。


「ああ、思考を鈍くして感情を昂らせるお香が焚いてあったのか。即効性だな」

ヴェインは香炉を空間収納に仕舞い込んだ。

「ライハ、部屋を換気しよう。このままだと良くない」


二人で窓を開けて、風を内側から外へ送る。空気が入れ替わると、途端に目が覚めたような感覚になった。確かにいつもより冷静でなかったのかもしれない。


そこへ足音が近づいてきた。

「僕の花嫁。僕だよ。君の愛しの僕が来てあげたよ」

扉を開け放つなりご機嫌な様子でそう言った王太子。ライハとヴェインの冷めた視線が彼を襲う。ヴェインは姿を消していた。


「あれ?体が熱いとか、誰でもいいとか、ない感じ?」

「もしや王太子殿下であらせられますか。私ライハ・ルトヴァルトと申します。この度いただいた婚姻の」

「君かわいいね。連れて歩きたいな。僕の子を産ませてやってもいいよ。ま、僕に愛されたかったら努力する必要があるけどね」


侮辱的なことばかり言いながら近づいてくる王太子にライハは苛立った。ライハよりも早くヴェインが動いた。王太子の眉間に指を当てると、王太子は膝から崩れて気絶してしまった。


「あ、怒りで加減間違えた」

「ここのベッドに意味ありげに寝かせておきましょうか」

「そうだね。夢だと思ってくれるかも?」

「永遠に夢の世界を味あわせてやろうかな」

「そうするとどうなっちゃうの?」

「彼は幸せだと思うよ。夢の中なら彼の望みは全て叶うから」

「じゃあ、そうしてさしあげましょうか」

「そうだね」


ライハはコリンナを呼んだ。

「王太子殿下がお疲れだと仰って眠ってしまわれたの。私、このままでは休めないから違う部屋を用意して欲しいのだけれど、可能かしら。趣味の楽器を演奏したいから起こしてしまわないようになるべく遠い所が良いのだけれど」

「承知しました。確認してまいります」


コリンナは王妃に報告した。

「まあ!図々しい。そうね。北の塔に部屋をご用意して差し上げたらどうかしら」

「承知しました。お掃除はどうしましょう。行き届いていないのですが」


「あなたは気にしなくて良いわ。案内するだけで良いの」

王妃は微笑んだ。

「申し訳ございません。出過ぎた真似を」

「良いのよ。さあ、行って」


何の説明もないままコリンナは北の塔へとライハを案内した。

「まあ!素敵!ありがとう」

花が綻ぶように笑いかけるライハに少しだけ罪悪感が持ったコリンナだったが、王妃に逆らうと給料が無くなってしまう。指示通り何も伝えずにその場を辞した。


「ヴェイン、掃除しましょうか」

「そうだね。外観はそのままにして中だけピカピカにしようか」

「じゃあ、競争よ。どちらがより素敵なお部屋にするかどうか」

「『素敵』の判断が難しい気もするけど、まあいいよ」

「じゃあ、始め!」


二人は凄い勢いで魔法をかけ始めた。繊細な魔法も操るヴェインと大雑把な魔法使いライハ。

「「あ」」

ライハが一階部分を破壊してしまい、誰も出入りできない塔になってしまった。


「ライハはここに座って、お茶でも飲んでて」

「はーい」

ヴェインのおかげで塔の中は二人が来る前よりずっと快適になった。まだ肌寒い日もある春の日でも快適に過ごせるよう空調も整っている。


落ち着いた色合いで座り心地の良い椅子、揃いのテーブル。それぞれの寝室には寝心地の良さそうなベッド。ふかふかの寝具。洗面所も二つ用意されている。お湯は何処かから転移させるとヴェインが言っていた。


「一階はどうする?」

「そうね。でも、特に困らないわよね」

「そうなんだよね」

「じゃあ、そのままで」

「そうだね」


大改装で疲れた二人は空間収納庫から食料を出して空腹を満たし、何処かから転移させたお湯を張った湯船でそれぞれ身を清め、それぞれ快適な寝具で身体を休めた。


その頃王宮は大騒ぎだった。王族用の常に湯が張ってある大浴場のお湯が消えた。行方不明になった王太子が、ライハが居るはずの部屋でスヤスヤと眠っているのを発見された。その上起きる気配がない。本人はデレデレとした様子で寝言をたまに言うので、眠っているのは間違いない。


そして王太子に何が起きたのか知っているかもしれないルトヴァルトの二人がいない。探していないのは北の塔だけだが、入り口が壊れていて入れない。フォールティルの王宮には浮遊や転移の魔法を使える者はおらず、一番近い窓に届く程長い梯子もなく、二人の安否を確認することができなかった。


王妃は自分が指示したことは黙っていた。コリンナは王妃が黙っているので何も言い出せなかった。最初は楽観視していた王宮の者も、起きる気配のない王太子が三日目を迎えた辺りで流石におかしい、と国の魔塔に連絡をとった。


魔塔は各国の優秀な魔法使いがギルドのように利用している場所で、どの国よりも優遇されるフォールティルの魔塔は人気があった。


王族からの依頼には応える必要があったがそれは保険のようなもの。魔法に造詣の深くないフォールティルの王族からの依頼はほぼなく、しがらみを嫌う優秀な魔法使いが多数集まっていた。高額な仕事料も魅力的。他国への見栄。


「あー、精霊の魔法だと思います」

王宮に呼ばれた魔法使いは苦々しい表情で王に告げた。

「王太子殿下は幸せな夢の中にいるようです。このままでも死ぬことはありません。ただ起きないだけで。まさかとは思いますが、ルトヴァルトの王族に何かしませんでした?」


「え。ルトヴァルトが何か」

「あの王国は風の精霊が守護している国と言われています。あの国の王族に害をなすと精霊の怒りを買って大変なことになると聞いています。他の精霊にも嫌われてしまうとか。特に継承者と呼ばれる姫を害すると王族の首がすげ変わると伝えられています」


「本当か?」

「さあ?文献で読んだだけですので真偽不明です。大体そういう場合は真実であることが多いのでお勧めしませんが」

「分かった。もう下がってよい」

「お役に立てず申し訳ございません」


魔法使いは王の前ではそう言ったものの、魔塔に戻るなり、

「この国は終わりだ。ルトヴァルトの王族に何かしたらしい」

と伝えた。


それを聞いた他の魔法使いは、

「それは最悪だ。とばっちりでここの王族に助けを求められる前に別の魔塔へ行こう!」

と王都の飲み屋で相談してしまった。


魔塔の魔法使いの話を聞いた市井の人々は、

「王族が何かしたらしく、この国が終わるらしい」と騒ぎになった。夜逃げをする人々が続出。王都に隣接する他領や四方にある隣国へと引っ越して行った。


閑散とした王都には、すぐには引っ越せない人々が残っていた。王宮に家族が勤めている人々だ。彼らは旅支度のまま王宮へ訪ねてきた。


大挙して現れた家族の対応をした者は次々に帰り支度を整え、それを見て異変に気付いた者も荷物をまとめ始めた。王宮内の執務室には宰相のように帰るに帰れない人々だけが残された。当然王族も。そこへルトヴァルトの軍を連れたアマーリエが到着した。


ライハを側妃として差し出せ、という国王の命令を知って、何を馬鹿げたことをとその足で王宮に駆けつけた。道中、国から逃げ出す数多の民の波とぶつかり、到着が遅れてしまった。


「お兄様、何をしたのですか?」

アマーリエは兄に会うなり怖い顔で詰め寄った。

「ルトヴァルトを敗戦国呼ばわりしてライハ様に失礼なことをしたようですね。この国がどうなっても知りませんよ?そもそも突然ルトヴァルトに宣戦布告なんて、命が幾つあっても足りませんよ。この国の騎士団なんて一人も生き残れません。ルトヴァルトの戦力をご存じないのですか?いつもお兄様は私の邪魔しかしないんですから、何もしない方が良いものを!」


王は項垂れた。

「ライハ様はどこです?」

「北の塔に」

「幽閉したんですか?」

「いや、わしじゃない。一階が壊れていて上階に行けなくて、その……」

「分かりました。私が参ります」


アマーリエは連れていた騎士団に王族を拘束させた。城の前に集まっていた家族たちには説明をして城内で過ごしてもらうよう手配をした。


「姫様ー!」

塔の下でアマーリエが叫ぶと、窓からライハとヴェインが揃って顔を出した。

「一階を直してくださいませ」

「はーい」

二人は上階から降りてきて、一階を直して通れるようにした。


アマーリエが王都の状況を説明すると、二人はケラケラと笑った。

「今時媚薬だなんて、ねえ」

ヴェインがそう言うと、アマーリエは見たこともないような恐ろしい顔をした。震え上がったライハは思わずヴェインに抱きついた。


アマーリエは再び兄に怒鳴り込んだ。

「お兄様、媚薬ってもしかして王家の媚薬をお使いになられたのでは?」

「わしは知らん!」

見たこともないほど怒った顔のアマーリエに恐れをなした王は首を横に振り続けた。


隣でそれを聞いていた王妃は青褪めた。王太子に面倒だから媚薬でも盛って既成事実を作ってしまえと唆したのは彼女。その結果が寝たきりの王太子と怒り狂った義妹。自分さえ黙っていれば露見しないだろうと口を閉じた。


恐ろしいアマーリエから離れたいと思ったライハは提案した。

「ねえ、ヴェイン、王都に遊びに行きましょうよ」

「お、いいねえ。何か甘いものでも食べたいな」

「アマーリエが怖かったし、気分転換がしたいのよね」


二人がたまたま通った場所には王宮に勤めている人とその家族がいた。

「何かの催し物?」

近くにいた人によると、この国はもうお終いだと言われていて、王都から人がいなくなったとのこと。


残りは自分たちだけだが、アマーリエに指示されてここに待機している。しかし今頃からどこへ行けば良いやら、と相談していたそうだ。きっとどこも王都民で溢れかえっているだろう。出遅れた我々は……と憂い顔。


「ルトヴァルトへいらっしゃいよ。書類仕事でよければ紹介できるわ。他にも色々あると思うからどうにかできると思うの。私はライハ・ルトヴァルト、ルトヴァルトの女王よ。ちょうど婚姻の儀も近々行われるし、街はお祭り騒ぎになるだろうから一緒に行きましょうよ。きっと楽しいわよ。こちらの彼が私の夫で精霊王のヴェイン。彼が全員連れて行ってくれるわ」


喜びの声が広間に満ちた。

「じゃあ早速行きましょう!もうこれで全員ですか?」

ヴェインの問いかけに大丈夫だと口々に声があがる。待ってほしいと言う声は一つもなかった。

「では目を閉じて。良いですか?行きますよー!はい!着きました」


ホントに?


と思ったが目を開けると全員草原に立っていた。


うわー!


と歓声が上がった。


「すごい」

「夢みたい」

「気持ちの良い場所ね」


口々に感想を言い合う。

「ではまず王城で手続きをしてから暮らしてください。家が必要な人はヴェインが作ってくれますよ。順番にはなりますけど」


得意げに先頭を歩くライハ。そんなライハを嬉しそうに眺めるヴェイン。ゾロゾロと後をついて歩く人々、約百名。その中には家族と微笑み合うコリンナもいた。


手続きが下手なルトヴァルトの人々を見かねて、王宮に勤務していた者たちが手伝い始めた。あっという間に物事が進む。テキパキとヴェインに指示を出す強者も現れて、短期間のうちに新たな街ができた。


国境を越えてルトヴァルトに来た人々も受け入れて、新しい街はどんどん発展していった。つい先日、ヴェイン待望のスイーツの店が開店した。


二人で精霊の国に遊びに行った時にヴェインから話を聞いた面々も遊びに来るようになり、精霊と人との交流が増えた結果、精霊との縁を結ぶ住人が増えた。


数年後のライハ懐妊の知らせは世界中を駆け巡った。知らせを受け取った他の精霊からも祝いや加護が届き、ルトヴァルトは最盛期を迎えた。


アマーリエはフォールティル王国の王都があった場所をヴェインに頼んで更地にしてもらった。ヴェインに付いてきたライハはご機嫌に街を破壊した。そこへ療養施設を建て、目覚めないままの王太子や元国王夫妻を収容した。


起こそうとしても夢の世界に戻ってしまう王太子。夢の世界に魅入られてしまったようだ。その姿を見た王妃は自分も夢の世界へ行きたいと言い出し、王太子と同じく夢の世界の住人となった。


残された王は、献身的に二人のケアをして過ごしている。彼の傍らには元侍女だという女性がいる。彼女の手伝いがあるからケアができているのだとか。


ライハの出産は難産だった。慌てたヴェインが森の精霊王、炎の精霊王、山の精霊王を呼び出して大騒ぎをした。そのおかげか無事女の子を産んだ。


生まれてすぐ四人の精霊王から祝福と加護を授かった女の子は成長するにつれ、ルトヴァルトに更なる幸運をもたらした。


美味しくて栄養たっぷりな穀物の発見、豊かな鉱山の発見、新たな鉱石の加工技術の開発、温泉の噴出、などなど。


精霊と人が共存する国『ルドヴァルド』の始まりである。






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