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咲良の物議

フローライト第六十七話

明希が家出してから一週間経ったが、明希はまだ帰ってこなかった。奏空が明希の実家に連絡してみたが、実家にはいないと言う。


(どこに行っちゃったんだろう・・・)


咲良は不安になったが、どうしようもできない。とりあえずはマンションに美園を連れて帰宅した。


ある日咲良が洗濯物を洗濯機から出して干そうとベランダに行こうとしてギョッとして立ち止まった。美園がベランダの柵のあたりに立っていたのだ。


「美園」と驚かさないように咲良は小声で呼んでから近づいた。ベランダの柵は子供が通れるような隙間はなかったが、何故か咲良の心臓はドクドクと鳴った。


「美園・・・」と咲良は美園を抱きしめた。落ちることはないと思うが、どうやってベランダの窓を開けてここまできたのだろう。


 


奏空が帰宅した夜に咲良は今日のことを言った。


「ベランダの窓が開いてたんじゃないの?」と奏空が美園を抱きながら言う。


「開いてないよ。ちゃんと確認してから行ったもの」


「そうか・・・」と奏空が考えるような顔をした。


「どっちにしても、今度からしっかり鍵も閉めるわ」と咲良は言った。


「そうだね」


そしてそれからは気をつけて、キッチンで食事の支度をしながらチラチラと美園を見ていたのに、ほんの一瞬だけ咲良が目を離したすきに、美園の姿が見えなくなった。


咲良は焦ってリビングを探したが美園はいない。ドアを開けたのだろうかと咲良は廊下に出て寝室に入った。美園が寝室のベッドの上にいる。


「美園?どうやって上ったの?」


ベッドの高さはわりとある。咲良はどうやって美園が上ったのか不思議だった。その日も夜にそのことを奏空に言うと「そうか・・・それはもう目が離せないね」と奏空も言う。


そして明希が家出して三週間が経った。それでも明希は戻ってないと言う。ただ時々利成とラインはしてると言うので咲良はホッとした。


奏空が利成に用事があると言うので、夜に利成のところに美園を連れて咲良も一緒に行った。


利成と奏空が仕事部屋に入ってしまって、美園もミルクを飲みながら寝てしまったので、咲良は手持ち無沙汰になりキッチンを片付けたりした。そんなに汚れてはなかったが、やはり明希がいないとそれなりには片付けが必要な感じだった。


浴室の方に行くと洗濯物が溢れていた。


(えー・・・これ、どうする気だろ・・・)


仕方ないので咲良は溢れている洗濯物をそのまま全部洗濯機に突っ込んだ。それから以前利成が足を悪くしていた時に使っていた部屋に入ってみた。特にその部屋は変わらず片付いていた。その部屋の隅にあるクローゼットが少し開いていたので、咲良は中に入ってそのクローゼットの扉を閉めようとして何気なく上の棚を見た。そこには雑誌のようなものが積まれている。何気なく手を伸ばして取ってみたらそれは週刊誌だった。


(あ・・・)と思う。それはかなり古い週刊誌で色褪せていた。でも表紙には利成の名前がある。


(これって・・・)


昔の利成の記事だった。噂になった女性遍歴まで載っている。他の雑誌もすべて利成の記事が載っているものだった。


(明希さん・・・)


明希がこれを捨てずに持っていたのはどうしてだろう・・・。何十年も我慢していたのは何故なんだろう?咲良にはわからなかった。自分ならそんな我慢などしない。


(明希さん、今どこにいるんだろう・・・)


実家でもなく三週間も隠れていられるのだろうか?ホテルを渡り歩いているとか?


雑誌を元に戻してクローゼットを閉めた。部屋を出てリビングに戻ると、奏空がソファに座って足元にはタオルケットの上に寝かされている美園がいた。


「もう終わったの?」と咲良が聞くと「ん、まあね」と奏空が言う。


「洗濯物酷かったから洗濯機に突っ込んだよ」


「洗濯物?そんなもの放っておけばいいのに」


「でも、何かね・・・」


「じゃあ、後は利成さんにやらせなよ・・・美園、寝ちゃったね」


「うん・・・どうする?帰る?」


「美園、起きちゃうか・・・」


「んー・・・まあ、起きてもいいけどね。とりあえず利成に洗濯のこと言ってくる」


「オッケー。気をつけてね」と奏空が言う。


「・・・・・・」


奏空の言葉には答えずにそのまま二階への階段を上がった。


”気をつけてね”って・・・。


利成の仕事部屋をノックすると、利成の声がすぐ「はい」と聞こえた。


「洗濯してるんだけど・・・できたら干すか、乾燥機に入れておいて」と咲良はドアを開けて言った。


「洗濯?俺のってこと?」


「そうだよ。かなり溜まってたよ」


「そうか、やってくれたんだ」


「うん、明希さん、まだ帰るって連絡ないの?」


「帰るっていうのはないよ。でも時々は連絡きてるよ」


「そう・・・」


咲良はうつむいた。明希が今どこでどうしているのか・・・いつも気になっていた。


「明希の居場所、大体見当ついてるから咲良はほんとに気にしなくていいんだよ」


「見当って?どこにいるか利成は知ってるの?」


咲良は驚いて聞いた。


「・・・知ってるわけじゃないよ。多分そこかなって程度」


「どこなの?」


「昔、俺がバンド組んでたの知ってる?」


「若い頃組んでたのは知ってるよ」


「その時の奴で明希と親しかった奴がいてね」


「そうなの?でもまさかそれ男性じゃないよね?」


「いや、男だよ」


「え?じゃあ、違うよ。明希さんはそんなことしないでしょ」


「そうだね・・・咲良から見れば明希はそう見えるだろうね」


「利成から見てもそうでしょ?明希さんは・・・」


そこまで言って、奏空から聞いた明希の元カレの話を思い出した。


「・・・俺は今は明希に任せてるからね。ここに戻るも戻らないも、明希が決めればいいことだよ」


「そんなのおかしいよ。いるところの見当ついてるなら、迎えに行くべきだよ。明希さんだってわざとだよ。利成に来て欲しいんだよ」


「そうだねぇ・・・どうかな?」


「そうだよ。どこなの?その人のところは」


「聞いてどうするの?」


「私が迎えに行くよ」


そう言ったら利成がきょとんとした顔をした。それから「咲良が?」と「アハハ・・・」と笑い出した。


「また?!笑い事じゃないから。私にも責任があるんだし、私が行くから場所教えて」


「連絡先なら知ってるよ。今も仕事で関わってるからね」


「じゃあ、連絡先教えて。聞くだけ聞いてみる」


「そう?じゃあ、教えるから俺のそばまで来て」


「・・・何で?」


「何でも」


「そこから教えてよ。ラインにでも送って」


「ここに来てくれなきゃ送らないよ」と利成は冷静な表情だ。


咲良は仕方なく利成のそばまで行った。そして「じゃあ、送っておいてね」と部屋から出ようとドアの方に視線を向けた途端、腕をつかまれあっという間に床に押し倒された。それから無理矢理唇を重ねてくる利成に、咲良はそのまま動けなくなった。


「咲良って正直で好きだよ」と利成が言う。


「やめてよ。私、本当に明希さんに・・・」言いかけるとまた唇を重ねられた。利成の手が咲良の胸をまさぐる。


「ちょっと!真面目にやめてよ」と咲良は焦った。階下に奏空がいるのに。


「明希に何て言う気?」


「利成が帰って来て欲しいって言ってるって伝えるよ」


「そう・・・でも、明希は信じないだろうね」


「そんなことない」


「残念だけど、咲良より明希の方が俺のこと知ってるからね」


「・・・・・・」


「でも、咲良の身体はいつも俺のこと欲しがってるでしょ?」


そう言われてズボンのボタンを外されてチャックを下ろされる。


「私・・・わかんないよ。利成と明希さんってどうなってるの?」


「さあ・・・俺は明希のことを大事に思ってるよ。一緒にいて欲しいと思ってる・・・」


「じゃあ、今すぐ迎えに・・・」


利成の手が下着の中に入ってきて咲良の身体がビクッとけいれんした。


「でも、咲良も一緒にいて欲しいと思ってる・・・」


「変なこと言わないで・・・」


その時利成のスマホが鳴った。利成が咲良から身体を離して、机の上にあるスマホに手を伸ばした。


「はい?・・・・・・・」


利成が返事だけして後はずっと黙っている。


「いいよ、オッケー」と利成が通話を切った。


「残念だけど、奏空がもう降りてこいって」と利成が言った。


「え?今の奏空?」


「そうだよ」


 


咲良がズボンを直して階下に降りると、「だから気を付けてって言ったのに」と奏空が言った。


「何もないよ」と咲良は良く寝ている美園の顔を見つめた。


「何だか咲良と利成さんと明希で絡まっちゃってるみたいだね。しかも利成さん、わざと絡めてるから質が悪い」


「わざと?」


「そうだよ。わざと。楽しんでるみたいだけど、ほんとに明希に捨てられるよ、そのうちに」


「わざと絡めるって・・・意味がわからない。それに利成ったら明希さんの行先見当ついてるって・・・だったら迎えに行きなよって言ったんだよ」


「んー・・・明希がついに切れちゃったからなぁ・・・厳しいところだね」


「私が行くから。奏空が知ってるなら教えて」


「俺も知らないよ。利成さんだけだと思うよ」


「・・・・・・」


結局その明希がいるかもしれないという場所の連絡先はわからず、奏空が「もう気にしないでいなよ」と言う。そうなのかもしれない。これは自分のことではなく、利成と明希の夫婦だけの問題なのかもしれない。


そして次の週、咲良は明希が利成のところに戻って来たということを奏空から聞いたのだった。

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