4. おかしな二人
結局、俺は聖騎士団の寮に入れてもらえないまま、侯爵家のタウンハウスでずっとお世話になっている。
それも、かなり手厚いおもてなしで、至れり尽くせりの生活だ。
ライノアが通常訓練に参加する日は一緒に登城して、聖騎士団の訓練に参加させてもらっている。といっても、俺は訓練場に直行だけど。
副団長には、訓練以外にもたくさん仕事があるそうだ。
聖騎士団には第一と第二部隊があって、本来なら貴族のライノアは第一部隊なのだが、魔力の無い俺のために平民出身者が多い第二に手をまわしてくれた。
まあ、ライノアは指導する立場なので、どちらにも同じくらい顔を出すそうだが。
そう考えれば、俺が勝てなかったのも当たり前かもしれない……てか、勝ったらマズいだろ。
星野さんと渋崎は、聖女と勇者として力をうまく使い熟せるように、あの場にはいなかった魔術師を呼んで、訓練に励んでいるそうだ。
あれから二人には会う機会が無いが、ライノアからの話では、俺がどうしているか気にかけてくれているらしい。特に、渋崎が。
そんな仲ではなかった筈だが、勇者に選ばれるくらいだから、責任感の強い良いやつなんだろう。無責任だった偽勇者の俺とは全く違う。
「なあ、レンの国って騎士が居ないって本当?」
「そうだけど?」
「だったら、何でそんなに強いんだよ! 勇者様はわかるけどさっ」
俺に打ち上げられた木剣を拾って戻って来た、今日の訓練相手がブーブー言う。
「まあ、剣術はないけど剣道とかはあったから」
て、ことにしている。
中学時代に剣道を熱心にやっていたとすれば、中学が違う渋崎にも疑われないかなと。多少無理があるが仕方ない。ライノアにも相談して、口裏を合わせもらってある。
前回の召喚については、これから先もライノア以外に言うつもりがないと話せば、ライノアは顔を綻ばせ嬉しそうにした。こんな事でと思ったが、ライノアの立場的に、気楽に腹を割って話せる友人とかがいないのかもしれない。
とはいえ、不意打ちの表情はあまりにも美しくて、ドキッとさせられる。凍てつくような、冷ややかな笑顔なら慣れているから平気なんだけど。ライノアを知れば、ノアみたいな表情は絶対にしなさそうだ。
ライノアが普段見せない柔らかい表情を見られるのは、友人になった役得として胸にしまっておく。
「これで魔力があったら、レンが勇者でもおかしくないよ」
「だよなー」と、いつの間にか周囲に人が集まっていた。平民で年齢も近いせいか、会話はすっかり砕けている。
「え、俺に勇者なんて無理無理。器が違うよ。でも、魔王討伐に行く時は、微力でも一緒に行きたいからさ」
この国について調べると、あっちの世界となんだか似ているような気がした。
だが、ルーフェルブ王国について尋ねても、ライノアは知らないようだった。学園にいた時に、もっと他の国についても勉強しておくべきだった。……そんな余裕なんて無かったけどさ。
魔王討伐について行けば、魔王の正体がわかるかもしれない。どうなるかは、行ってみないとわからないけど。
「うわー、健気!」
「レンて、やっぱ良いやつだな」
「ねね、彼女とか彼氏はいないの?」
……ん、彼氏? 聞き間違いかな?
「彼女なんていないよ。あー、少し前に失恋したばっかりだから、しばらく恋愛はいいかな」
正直な気持ちだった。
なんせ惚れてしまった令嬢は、転生した義妹だったのだ。最初の頃は、彼女が義妹だったら良かったのに……と思ったこともあったけれど、まさか本当にそうだったとは。
彼女には、最強のパートナーがいて勝ち目なんてなかったし、義妹だと知れば、その想いに蓋をするのは当然だった。もともと血は繋がってなかったけど、彼女はやっぱり守りたい妹なんだ。
「それって、もしかして聖女様?」
横道にそれた意識が急に引き戻された。彼らは俺の恋バナで、勝手に盛り上がっているらしい。
「ライバルは勇者様とか?」
「いや、もしかして逆?」
「……へ? ち、違うし意味がわからない! 二人は付き合ってたかもだけど、俺には全く関係ないことだから! 好きだったのは別の人だよ!」
つい、大声で否定してしまう。
すると、正面でわいわい騒いでいた騎士団員たちがピシリと固まった。
背後から不穏な空気が流れて来た。恐る恐る振り返る。
「レンに好きな方がいたとは初耳ですね」
「……俺たちは全く関係ないなんて。一緒に召喚された仲間なのに。寂しいな、蓮」
珍しいことに、渋崎とライノアが並んで立っていた。はしゃいでいたのを咎めているのか、二人の目が怖い。
「ひ、久しぶりだな渋崎! ライノアもおかえり! あー……騒いじゃってごめん」
とりあえず謝る。
たむろしていた騎士団員は一斉に頭を下げると、各自の訓練に散って行った。
「さっきの面白そうな話、俺も聞きたいんだけど」と渋崎。
「私も興味がありますね」とライノア。
おかしい、ライノアがノアに見えてくる。
「えー、二人とも悪趣味じゃない? 俺の失恋の傷を抉るつもりなのかよ……。渋崎も知らない人だし、星野さんじゃないから安心してほしい」
「クラスメイトの誰かと内緒で付き合っていたのか?」
「いや、付き合ってないよ。学校はずっと休んでいたし」
「……だよな」
「知らない人だよ」ともう一度伝える。
「その人には、ちゃんと相思相愛の相手がいたから。でも、最後に告白はしたつもりだよ。気づいたかは分からないけどね」
「どんな方ですか?」とライノア。
「ん? とびきり美人で可愛くて強い人。俺じゃとても敵わないくらいにね」
本当、敵わない。
二人でした会話を思い出すと、毎度涙腺が緩んで来てしまう。さすがに泣きはしないけど、こんな顔を見られるのはバツが悪かった。
チラッと渋崎を見ると、不服そうな表情だ。男のくせに情けないとか思われてしまったのかもしれない。
ライノアは思案顔だ。なぜ?
「はは、でも最高に良い思い出かな。当たって砕けなかったのは幸いだったよ」
誤魔化すように軽口をたたく。
ライノアは、向こうの世界の話だと気づいているようで、もう何も言ってこなかった。
渋崎の方は首を傾げながら「中学の頃の話か?」とボソボソ呟いているが、それ以上は突っ込んではこない。
「てゆうか、どうして勇者様がここに?」と、揶揄うように渋崎を勇者と呼んでみた。
「勇者って呼ぶな。昴でいい。俺も蓮て呼ばせてもらうから」
「うん、わかった。で、どうしたの?」
「蓮の剣の腕前が凄いって話をな、アダルハードに聞いたんだ」
昴は、俺を観察するようにジッと見つめていた。




