3. 蓮の過去と新しい友人
大事な話だからと、ライノアは場所を移し遮音の結界を張ってくれた。
しかも、何故か騎士団の寮ではなく、ライノアの家。ライノアは侯爵家の令息らしく、王都のタウンハウスから王宮に繋がる神殿に通っているのだとか。
それもあって、王太子はライノアに俺を丸投げしたらしい。――いや。リステアードは、俺の存在がただただ面倒だと思っただけだろう。
いくつもの宮がある王宮は、敷地がものすごく広くて、そこだけで都と呼んでもいいくらいだ。
だから、神殿も聖騎士団の寮も、訓練場も全て揃っているのにさ。
まあ、いいけどね。
侯爵邸の使用人たちも、俺を歓迎してくれているみたいだし。ライノアはリステアードとは違い、信頼できそうな感じがする。決して、俺の口が軽かった言い訳なんかじゃないから……うん!
とりあえず、今回の巻き込まれが二度目の召喚であること。前回は勇者として訓練を受け、魔王討伐に向かったこと。義妹が異世界転生をして、公爵令嬢になって今は幸せに暮らしていること。
自分は元の世界に帰ったが、妹を歩道橋から突き落とした心神喪失の母親と向き合って、義父と生活を送っていたことを話した。
ただね。魔王討伐に行ったのは事実だけど、目的は違った。だから魔王は倒していないのだ。しかも義妹と魔王は結婚目前で、友人たちが魔族だとは口が裂けても言えない。
この世界の魔王はよく分からないが、あの魔王と同じレベルなら人間に勝ち目はないし、その気になれば世界は簡単に滅ぶだろう。
だから、なんとなくこの世界の魔王は、魔王って名前のただの魔族なんじゃないかと思っている。これも、言えない話だけど。
「それで勇者殿は、あなたが自殺をしようとしたと勘違いを」
「たぶんね。しかも、そんなタイミングでこっちに召喚されちゃったからさ」
「あなたは、勇者にならなくても良いのですか?」
「は? だって、俺には魔力がないし。言語は、前回の召喚の影響がずっと残っているけど、剣を扱えるようになったのは、ただの努力の成果だからね」
「ただの努力……ですか?」
「うん。凄く強い友人がある意味師匠っていうか、いっぱい特訓してくれたんだ。だから、俺の剣術は悪くないと思うよ」
ライノアは半信半疑で俺を見る。
恐ろしい魔道具に対抗するには、己を鍛えるしかなかったんだ。つい、自分の腕があるか確認してしまう。
元の世界に戻ってからも、基礎訓練はずっと続けていた。さすがに、剣は銃刀法違反になっちゃうから、手に入れることすら無理だったけどね。
ある程度までしか筋肉がつかないのは、体質だから仕方ない。
「でしたら、まずは私と剣を交えてみませんか? それによって、騎士団での訓練参加の話を団長に通します」
「わかった、それでいい」
早速、場所を庭に移し、訓練用に刃を潰した模擬剣を借りた。
ずしりとした重さに、胸が高鳴る。向こうに召喚されたばかりの頃は、剣を握るのも嫌だったのに。変われば変わるものだ。
目を瞑って深呼吸すると、剣の師であり友人ロランの強く逞しい激励が聞こえてくるような気がした。
「準備はいいですか?」
「うん、大丈夫」
俺は、ライノアに向かって剣を構え、合図と共に地を蹴った。
◇◇◇
「……まさか、本当にここまで強いとは思いませんでした」
肩で息をしながら、ライノアは呟く。
「あー! 悔しいなぁ! こんなに腕が鈍ってるなんて、ちょっとショックだよっ」
ライノアに負けてしまった。
久しぶりの疲労困憊で、そのまま大の字に寝そべってしまう。もっといけると思ったのに……がっくりだ。
「いえ……現役の私が、学生のあなたに負ける方がまずいですから」
「それはそうか! あっ、俺のことはレンでいいよ。あなたって言われるのは変な感じだし。友達はそう呼んでるから」
「勇者殿は友達ではないのですか?」
ライノアは隣に座ると、目を細めて俺を見下ろした。
言われてみたら、お互い名字呼びだった。今は、誰からもレンと呼ばれていないことに気づく。
「渋崎はクラスメイトで、友達といえば多分そうなんだろうけど……。うーん、俺をレンと呼ぶのは異世界の、特別な友人ていうか」
「では、私もレンの特別だということですね」
「ん? なんかちょっと言い方があれな気がするけど……まあ、ここでは一番信頼できる人?」
「ふふ、そうですか。では、私のこともライノアと」
「え、副団長で侯爵令息を呼び捨ては、さすがにちょっと、ねえ?」
「構いません」
「えー、本当? あとで騎士団の人に怒られないかなぁ?」
「大丈夫です。レンは異世界からの召喚者であり、私が任された相手ですから。誰にも文句は言わせません」
ライノアの綺麗な微笑みに、ちょっとだけ照れてしまう。最初、冷たい人間じゃないかと警戒してしまったのが申し訳ないほど、ライノアは優しかった。
少し頑な感じは、根が真面目だからなんだろう。
「こっちの世界での、初の友人……てことでいいのかな?」
「光栄です」
「はは、ずいぶん真面目な返事だ。でも、ありがとな」
やっぱりちょっと照れ臭いけど、久しぶりに心から笑えた気がした。




