2. 予想通りの魔力測定
長い渡り廊下を抜けると、神殿風の建物からガラリと空気感が変わり、宮殿のような華やかな建物の内部へと入って行く。
こことは違う世界かもしれないが、王宮と呼ばれた場所には何度も足を運んだことがある。時代や国が違えば、当然違ってくるだろうが、どことなく醸し出される雰囲気は似ているような気がした。
「こちらで測定いたします」
部屋の前には甲冑を着た騎士が左右に立ち、入る者を制限していることわかる。促されるまま扉の中に入ると、大きな水晶でできた測定器らしき物が部屋の中心部に、ドドンとあった。
……でかいな。
以前使ったことのある測定器は、もっとコンパクトだったと思い出す。どちらが優秀かはまだ分からないが。
「その前に」と、金髪の青年が口を開く。ここでお互いの自己紹介をすることになった。
やはり、星野さんをエスコートしたのは、この国の王子……それも王太子だった。やたらと長い名前だったが、星野さんにリステアードと呼んでほしいと言っている。
たぶん、俺のことなんて眼中にないだろうが、覚えられないのでリステアードとだけ心の中で呼ぶ。とりあえず、何かあれば『殿下』とだけ呼んでおけば間違いないはず。
髭の老人は大神官のインガル。
その背後に立つ白い騎士服の数名は、神殿に仕える聖騎士らしい。
三十代くらいの貫禄ある聖騎士が、団長であるアダルハード。
最初に聞こえた美声は、副団長ライノアのものだと判明した。声からも感じたが、ものすごいイケメンで、絹のような銀髪に涼しげな目元。団長の斜め後ろに控えめ立つ姿に、ある人物を思い出し、俺はぶるりとした。
この人、絶対に怒ると怖い人だ。
俺のかつての記憶が、警戒しろと言っている。だから、つい……ライノアからの視線を避けるように、目を逸らしてしまった。
そして始まった、魔力測定。
「シオリ・ホシノ様の属性は、光と水。訓練次第では、風も使えるはずです。その他のスキルは、治癒・浄化。称号は聖女で、間違いありません」
インガルの報告に星野さんは驚き、リステアードは満足そうに頷いた。
「スバル・シブサキ様は……おお! 光属性に加えて、火、風、水、土の四属性も! 紛うことなき勇者様にあらせられます」
聖騎士団から感嘆の声が上がる。
「では、レン・モチヅキ様」
呼ばれて俺は、測定器にペタリと手を乗せる。
「えー………、ん? いや、まさか」とインガルは測定器を覗きこむ。
「……合ってますよ。結果」と、俺はインガルに小声で伝える。
予想通り俺には魔力は全く無く、無反応の測定器。
「俺は二人の近くに居ただけだから」
そう、巻き込まれただけ。今回は、勇者役でも何でもないのだ。
微妙な空気が部屋の中を支配する。渋崎、同情するような目を向けないほしい。俺は大丈夫、二度目だし。
「まあ、分かっていたしね。だからといって、俺は元の世界に帰してもらえないのしょう?」
「はい……大変申し訳ありませんが」とインガルは言う。
「俺たちが帰してもらうもらう時に、望月も一緒に帰ればいい!」
「そ、そうよ! 勝手に召喚したんだもの、責任は最後までとってくれますよね?」
星野さんが言えば、さっきまで冷ややかに俺を見ていた王太子はニコリと頷く。……おい。
「そうだな……では、レン殿はライノア副団長が責任を持って面倒を見るように」
「はい」と、ライノアは返事する。
――え!?
「聖女シオリと勇者スバルには、これから詳しい話をしたい。部屋を変えよう」
と、またしても星野さんの手を握り、王太子はさっさと部屋を出て行ってしまう。渋崎は、後ろ髪を引かれるように何度もこっちを振り返るが、団長に促され部屋をあとにした。
ポツンと取り残されたのは、俺と副団長ライノア。
「えっと……なんか、すいません」
思わず、ライノアに謝ってしまう。
「いえ、こちらの不手際が原因ですので。私の屋敷で暮らしていただくことになりますが、よろしいでしょうか?」
「えっ!? いや、それはちょっと申し訳ないのでっ。あ、そうだ、騎士団には寮とかありませんか? 部屋が余っていたら、そこに住まわせてもらえれば十分です」
出来ることなら、この人とあまり深く関わりたくない。
「ついでに、騎士団の訓練に参加させてもらいたいのですが」
「……騎士にでもなりたのですか?」
急に温度が下がった視線が、俺の全身をなぞるように動く。
確かに魔力も無いし、どう見ても聖騎士の人より小柄だけどさ。これでも以前に比べたら、かなり逞しくなっているんだ。
「騎士っていうか、何かあった時に……少しは俺も二人の役に立ちたいからさ」
「……剣を扱ったことは?」
「あるよ」
即答する。
「なるほど。では、勇者殿も」
「いや、渋崎は無いと思う。だから、俺が剣を使えることは内緒にしてほしい」
ライノアは目を見開く。
「もしも、ご自分の命を粗末にしたいが為なら、私は許しません」
「は!? 命を粗末?」
意味が解らない。なんか渋崎たちといい、自殺願望があるように俺は見えるのだろうか?
と、そう考えてハッとする。
「あっ、もしかして渋崎との会話、聞こえちゃってたとか?」
「……はい」
「だったら、それ誤解だから! 俺の妹が亡くなった場所で、物思いにふけっていただけで、自殺なんてするつもりなんてないからっ」
今度は居た堪れない表情になるライノア。
銀髪でクールな奴かと思ったら、全然違うみたいで焦ってくる。
「いや、その……確かに妹はあっちの世界では亡くなったけど、今は別の世界で元気にやってるから大丈夫!」
「あなたは……一体、何者ですか?」
「え」
どうやら俺は喋り過ぎてしまったらしい。きっとライノアの外見が、俺の口を割らせている原因だ。
ライノアとよく似た、魔王の片腕。策士で誰よりも信頼できるが、めちゃくちゃ怖い魔族の友人ノア。凍えるような視線は、トラウマに近いのだからしょうがない。
「あのさ……。誰にも言わない?」
背の高いライノアを上目遣いで見つめる。
コクッと唾を呑んだライノアは、静かに頷いた。




