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11. 伝えたいこと

 キーランはざっくりと説明を終えると、ソファーで眠っているライノアに近づき、興味深そうに顔を覗き込んだ。


 他の面々は、貴族のお茶会歓談タイムみたいになっていた。

 リステアードと昴は、特に訊きたいことが多いのか、熱心にロランとノアに話しかけている。きっと、魔王では埒が明かなかったのかも。

 この分だと、外のことなど完全に忘れてしまっているのだろう。

 まあ、アダルハード団長には申し訳なく思うけど、ここは魔王が時間止めて作った次元だから、大丈夫なはずだ。


 俺もキーランの横に行くと、まだ起きないライノアを見つめた。早く目を開けて笑ってほしい。


「ねえねえ。このライノアって人、レンにとって何?」

「何って……うーん。俺がね、こっちの世界でめちゃくちゃお世話になってて、すごく大切な……人かな」


 俺は、ライノアをただの友人とは言えなかった。ライノアに対する、自分の気持ちに気がついてしまったから。


「ふぅ〜ん、大切な人ねぇ。なんか、名前もだけどノアにちょっと似てるよね?」

「だよな。あ、でもそれ見た目だけだからな! ライノアはめちゃくちゃ優しくて、あったか……い」


 背後に刺さるような冷気を感じた。

 しまった!と思った時には、もう手遅れだった。


「ほう。それでは私は、優しくなく冷たいと?」


 凍てついた視線しか記憶にないのですが?


「……えっと。ノアって、俺に優しかったっけ?」

「はぁ。レンは、私をわかっていないようなので、これはしっかり話し合わないとですね」


 ズイッと、ノアの綺麗な顔が近づいた瞬間――俺は後ろから強い力で引かれた。バランスを崩し、トスンッとソファーに座ってしまう。


「レンに近づかないでください」


 背中に感じた体温と、聞き慣れた声。静かな口調だが警戒感が滲み出ている。


「ライノア!」


 上半身を起こしたライノアが、後ろから腕をまわし俺をがっしりと抱えていた。

 よかった。もう大丈夫だとわかっていたが、それでも心配だった。


「……レン、無事で良かったです」

「それは……こっちのセリフだから」

「ここはどこですか? それから、この方々は?」


 似ている二人が無表情で無言のまま見つめ合う。

 そこへ、ライノアが起きたことに気づいた、日向がやって来た。

 

「はじめまして、ライノア様。義兄(あに)のレンが大変お世話になっております。私は、ベアトリーチェ・ドルレアンと申します。以前はヒナタと呼ばれておりました」

 

 義妹は美しい貴族の礼をとる。

 ライノアは目を見開くと、俺から離れて立ち上がった。この場にいるのが誰なのか、すぐに理解したみたいだ。


「ご丁寧にありがとうございます。私は、ライノア・フォン・シュタインと申します。こちらの都合でレンを召喚し、危険なめにあわせてしまいました事、深くお詫び申し上げます」

「日向、違うから! ライノアは俺をずっと守ってくれていたんだ!」

「……落ち着いてくださいませ。それは充分にわかっています。私、少しだけライノア様とお話がしたいのですけど」


 日向がそう言うと、ノアにガシッと肩をつかまれた。


「レンはあちらで私と、先程の話の続きをしましょうか。誤解は()()()()()解くべきですから」

「えっと、遠慮したいのですが……」

「もちろん却下です」


 そして、俺は賑やかなテーブル席へとノアに拉致された。




 ◇◇◇




 それから暫く経ち、各々の話に区切りがつくと、お別れの時間となった。


 キーラン曰く、一度繋がった世界だから、魔王とキーランであれば行き来が可能だと。

 つまり、また会えるってことだ。嬉しい!


 会話を弾ませていたリステアードとノアは、気が合ったようだ。二人の間にあった書面が何かは、気になるところだが。


 バスチアンの件は、勇者スバルと聖女シオリによって討伐が成功したと、その場に立ち会ったリステアードが証人として報告するそうだ。()()()()()は、封印ではなく消滅したと処理するらしい。


 色々と桁違いな本物の魔王と出会ったことで、リステアードは魔王に対する考えが変わったみたいだ。話の通じる魔王もいるのだと――いや、この魔王に関しては、敵にまわさない方が得策だと考えたのだろう。他の魔王が存在するかは知らないが。


 ちなみに、この部屋を解除すると同時に、廃城は魔王が消すそうだ。バスチアンの痕跡は一切残さないように。

 

 元の世界に戻る方法は、キーランが手を貸してくれることになったので、どうにか帰れそうだ。ただ、神殿が関わっているので、少し時間がかかってしまうらしいが。

 素直に喜ぶ昴と星野さんを横目に、俺は――。


 いいや。

 

 俺は()()()()()()()()()()のだから、二人のように喜ばなければ。

 胸の奥に灯ったばかりの、小さな気持ちに蓋をした。これ以上、大きくならないように。


「義兄さん、ちょっといいですか」と、声をかけてきた日向が、遮音結界を張る。


「え? あ、うん」

「私、ずっと謝りたくて」

「何を?」


 まさか、前にした告白のことだろうか……?

 それだったら、忘れてほしい。だって、もう会えないと思っていたから言ったんだ。

 

「私が本当に言わなければいけないことを、伝えていませんでした」

「え?」

「私、伯父を支えてほしいと頼んだことを、今は後悔しています」

「それは……どうして?」


 日向の気持ちが解らなくなる。


「赦しを求めなかった義兄さんは、きっと無意識に……両親を支え、自分を犠牲にすることで、納得しようとするんじゃないかって。あの時は、それに気づきませんでした。ごめんなさい」

「そんなことないから! 頑張るって決めたのは自分だし、俺は息子だから当然のことだよ」

「ええ、わかっています。だからこそ、私は義兄さんに言うべきだった」

「え、何を?」


 首を傾げる俺の目を、日向は真っ直ぐに見つめてくる。


「義兄さん、あなたは幸せになっていいのです。誰かのためではなく、自分自身ために生きてください。それが、日向(わたし)の望みです」


 日向がベアトリーチェ嬢として幸せなら、それだけで良かったんだ。全ての過去を受け入れ、背負って生きることが当然だと。強く生きないととは思っていたが――俺自身が幸せになるなんて、考えてもいなかったし、考えようともしなかった。


「俺の……幸せ?」

「はい。魔力を持たない義兄さんが、私たちの世界を繋げてしまうほどの強い想いで、魔王(カルロス)を呼んだのです。それ程に、大切な方がいるのでしょう? ()()()()()()()()()()()、ちゃんと幸せを掴んでくださいね」


 日向はもの凄く綺麗な笑みを浮かべ、俺に向けて完璧なカーテシーを披露した。



 

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