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10. 賑やかな再会

 叫んだ瞬間、背中のリュックから強い閃光が放たれた。

 裂けたリュックの隙間から、ポトリと一冊の本が落ちる。


「久しいな、レン」


 プカプカと浮かぶのは、彫刻のように美しい顔に、瞳の中心が赤く艶やかな黒紫の髪をした男。信じられなかった。

 

 ……っ、来てくれた……!


 魔王に見下ろされた俺の腕の中には、背に魔剣が刺さったライノアの姿。魔王は魔剣を冷ややかに睨むと、周囲の空気がずしりと重くなる。魔王の静かな怒り。恐怖で俺以外は誰も動けなくなった。


「魔王……お願い、ライノアを助けてください」


 涙でぐしゃぐしゃになった俺に、魔王カルロスはフッと笑みを浮かべた。


()()の願いだ、叶えよう」


 魔王がパチリと指を鳴らし、魔剣を一瞬で消し去った。残されたライノアの魔力だけが、体内に戻っていく。傷は跡形もなく塞がり、真っ白になっていた顔に血色が戻っていく。


「良かった……ありがとう、魔王」


 俺は、まだ目を開けないライノアの体を、ぎゅうっと抱きしめた。


「うむ。それより、まだ残っていたとはな」と、魔王はバスチアンの動きを視線だけで封じる。


『なぜ、貴様がこっちの世界に……』

「お前が知る必要などない」


 魔王がまたパチリと指を鳴らせば、バスチアンの肉体は消え、コロンと核だけが転がり落ちた。あっけない最後。それと同時に、バスチアンが召喚した死霊や魔獣も消えていく。

 広い城内に残っているのは、俺たちだけだ。

 本物の魔王の存在に、リステアードをはじめ、昴も星野さんも放心状態だ。


「魔王はどうしてここに?」

「……レンが呼んだのだろう」

「いや、呼んだからって来れませんよね?」

「………。説明はノアから聞け」


 パチリと魔王の指が鳴ると、懐かしい面々が一斉に現れた。


「うそ……」


「我が主よ、これはどういうことでしょうか?」と、周囲を一瞥し、眉間に皺をよせて魔王を睨むノア。

 相変わらず、どっちが魔王かわからない雰囲気だ。


「ちょっと魔王様、急に消えないでよ……って、あれ、レン? うわ、久しぶりー!」とキーラン。

 お菓子を食べていたのか、両手にクッキーを持っている。


「おお!? ここは一体? ん、まさかレンか! 久しぶりだな! その髪はどうした?」と、剣の手入れ中だったようなロラン。気になったのは、プリンじゃなくなった俺の髪色らしい。


「ちょっとカルロス、急に居なくならないでくださ……え、義兄(にい)さん?」とベアトリーチェ嬢姿の義妹。

 また会えるなんて信じられなかった。


「もぉ、日向まで……。なんだよこれ……」


 もう、嬉し涙が止まらない。


「レン様、こちらを」と、ティーポットを片手に持ったままのジゼルさんが、ハンカチを渡してくれた。この人のペースは崩れないな……と、ほっこりしてしまう。


 いつものパターンで、それぞれの場所から勝手に転移させたらしい。うん、俺もよくやられたな……。

 たまたまなのか、魔王以外はみんな人間の姿をしていた。いや、ベアトリーチェ嬢とジゼルさんは元から人間だけど。

 

 ゴホン!と咳払いが聞こえた。


「……感動の再会中かもしれないが。レン、説明をしてほしい」


 この圧倒されそうなメンバーを目にしても、動じないリステアードは、さすが王太子だ。

 背後で昴と星野さんもコクコクと頷いている。

 

 魔王は廃墟みたいな城を、またも一瞬で美しい王宮のような部屋に変えてしまう。規格外な魔法に、唖然とする三人。

 ジゼルさんとノアがお茶の用意を始め、まだ目覚めないライノアを、ロランが担いでソファーに寝かせてくれた。


 全員が席につく。


 とりあえず俺は昴たちに、嘘というか隠していたことを謝り、日向と魔王、その愉快な(?)仲間たちを紹介した。彼らが別の世界の住人であることも、さっきのバスチアンの策略で、俺が微妙な勇者役をしていたことも話した。


 そして日向たちには、勇者と聖女の召喚からの、俺の巻き込まれについての説明と、クラスメイトの二人と王太子、未だに目を覚さないライノアを紹介した。


「魔王に質問します。あなたは、こちらの世界をどうするつもりですか?」


 昴は、真剣に魔王を見て言った。

 魔王を倒すための勇者だから、気になるところだろう。残りの二人の視線も、魔王に釘付けだ。

 いや、星野さんの目つきはちょった違うかな……消されちゃうから止めてね。


「どうもしない。レンが呼んだから来ただけだ。すぐに帰る」


 心底どうでもよさそうな魔王に、こっちの面々は固まる。仕方ないよ、魔王は日向というかベアトリーチェ嬢にしか興味ないからね。


「あの……でもどうやって、こっちの世界に?」と、俺が一番気になることを尋ねた。

 チラッとノアを見る。魔王は説明をノアに丸投げするつもりだ。


「あー! それはオレが説明しまっす」

 

 はいはーい、と明るいテンションでキーランは立ち上がる。


「先ずは仮説だけど、ここの世界は他の世界に繋がりやすいんじゃないかな。異世界召喚を、何度も人間が成功させているみたいだし。バスチアンが自分の核を隠せたってことは、繋げる方法さえ解明できれば、そこまで魔力は必要ないのかも」


 バスチアンが自身をコピーした、核となる魔石。

 魔法に長けたキーランは、全部の核が処分できたことを確認していた。

 それが、まさか異世界にまで隠していたとは、想像もしなかったらしい。というか、本体が消滅したので、コピーにはそこまでの力は残ってないと踏んでいたそうだ。


「で、今回の召喚の成功と、オレたちの世界に繋がった理由は、コレ」


 キーランはあの本を手に持っていた。もともとは、バスチアンが作った魔道具の本だ。


「異世界における魔道具の補修、ちゃんと成功してたね」と、キーランは俺にウインクした。


「うん。キーランから貰った魔石で修復はできたけど。それが関係しているのか?」

「うん、ちょっとだけ手を加えて、オレの力が繋がりやすいようにしておいたから。ヒナの時よりも簡単になるようにね。オレ眷属だし、当然主人である魔王様も繋がりやすくなったってこと。だって、ヒナの結婚式にはレンも参加したいでしょ?」


 え?


「ちょっと、キーラン!」と、ベアトリーチェ嬢の日向が頬を染める。

「あ、まだ内緒のやつだった」とキーランはテヘッと笑って誤魔化す。


 うん、誤魔化されないからな。


 だから、さっき魔王は俺を「義兄」と呼んだのか。二人はいつかは結婚すると思っていたし、もちろん嬉しい。だけど、せめて心の準備はさせてくれ。


「でね。(これ)を作ったバスチアンがこっちに居たせいかな? この本があったレンたちの世界と、より繋がりやすくなった」


 この世界には異物だったバスチアンの核が、中継機的な役割をしたってことかな?


「じゃあ、つまり昴と星野さんの召喚は、近くで魔道具()を持っていた俺が居たから成功した?」

「うん、たぶんそう」

「え゛」

 

 お願いだから、一斉にこっちを見ないで。

 召喚したのはリステアードと神殿だからな!




 

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