1. 二度目の召喚
──既視感。
今さらだけど、どうも俺は巻き込まれ体質らしい。
座り込む俺たちを、ぐるりと囲み込むようにして立ち尽くしている人々。白く高い天井に神々しい内装の広い部屋。たぶん、ここは教会か神殿の中だろう。思わず眩しさに顔を顰めたくなる。
ど派手な髪色と、彫りの深い顔立ちの面々に見下ろされ、自分たちが異世界に召喚されたのだと把握した。
前回はローブを纏った魔術師による召喚だったが、今回は聖職者による召喚らしい。
二度目ともなると、俺も慣れたもので動じない……なんて、大うそ! めっちゃ内心ではオロオロ焦りまくっているところだ。知った顔がないか、じっくり周囲を観察する。
ざわざわとする中、『聖女』や『勇者』といった言葉が耳に入る。そして
「……まさか、三人も召喚してしまうとは」
小さな声だが、ハッキリと聞こえた。絶対にイケメンだろう人物が発した低めの美声。
勇者と聖女を召喚したら、おまけの俺が付いてきてしまい戸惑っている……そんなところだろう。こういっちゃなんだが、俺が本物の勇者ではないことは、誰よりも自分がわかっている。
この召喚の目的が、異世界からの勇者と聖女なら――確実に、俺の横で目を見開き固まっている、クラスメイトの渋崎昴と星野栞が勇者と聖女のはず。
やっと元の世界で、新たな一歩を踏み出したところだったのに……。義父さんのことを考えると、申し訳なさでいっぱいになった。
持っていたリュックをギュッと胸に抱えこみ、こんなことになった経緯を思い返す――。
◇◇◇
不登校をやめ、高校に通いだして数日が経った頃だった。
正直、進級も卒業も危ういのではないかと思っていたが……。こういう時代のおかげか、進級は普通にしていたし、義父と担任との話し合いで、夏休みと冬休みに補講と試験を受け、基準に達したら卒業もできることになった。
不登校は自分の弱さが原因だったが、その後の事情が事情だけに、担任は俺に同情していろいろと動いてくれたらしい。
病気とはいえ、義妹を手にかけた実母の罪は消えないし、俺はその息子であるのに――。義父さんと先生には、本当に感謝しかない。
実は結構、複雑な立場なんだ俺。親のこととはいえ、この情報社会。世間からの白い目も、『犯罪者の息子』というレッテルも、直接言われなくても全部わかってる。
だけど、自分の人生にちゃんと向き合って進んでいくって決めたから。
約束したんだ。
強くなりたい。義妹に恥じない人間になりたい。そんな思いを胸に、補講帰りに歩道橋から景色を見ていた。
やっと、この道を歩くことができるようになったのは、亡くなったことになっている義妹のおかげだ。
向こうで元気にやっているだろうか?
いや、転生して元気にやっているとはわかっているんだ。わかっていても、ほんの少しだけ感傷的になって、鼻の奥がツンとした。
――後から考えれば、その表情を見て誤解されたんだろう。
「望月っ! 早まるな!」
「望月くんっ……!」
声の方を振り向けば、慌てたクラスメイトの二人が駆け寄ってくるところだった。
二人は美男美女で、学校の人気者。小学校は一緒だったが、高校で再会しても話す機会など無かった。
だから、まさか声をかけられるなんて思いもしなかったから、ポカンとしていた。
休日にも関わらず、制服の二人は部活帰りのようだ。登下校デートか、羨ましいな……なんて、のんきなことを考えたら、突然――駆け寄って来た二人の足元がピカッと光った。
「「――えっ!!?」」と戸惑う二人。
「は! うそ、だろっ!?」
見覚えのある光の元凶は、突如として現れたどデカい転移陣。
転移陣の中に落ちるように呑み込まれていくクラスメイトに向かって、俺は必死で手を伸ばしていた。
◇◇◇
「ようこそお越しくださいました。異世界の勇者様と聖女様、それから……コホンッ、皆様にはこの世界を救っていただきたく、召喚させていただきました」
あー、うん、たぶん俺が余分だったから。予定より一人多くちゃ、そりゃ戸惑うよね。
「召喚だと? ……ふざけるな、何が勇者だ!」
「そ、そうよ。これは誘拐だわ! 私たちを家に……元の世界にかえして!」
マンガやアニメで異世界転移ものが流行っているせいか、案外この二人は状況を理解しているらしい。
「必ずや、皆さまを元の世界にお返しする手立ては考えます! ですから、それまではどうか……我々を助けてください。決して、不自由のない生活は保証いたします」
あ、この人、返す術が無いまま呼んだって暴露してる。案の定、渋崎と星野は顔を強張らせた。
「だ、大丈夫です! 魔王を倒せれば、必ず道は開けますので」
「「「え、魔王?」」」
仙人のような真っ白髭をした、高尚な神官風の老人の言葉に、三人の深刻な声が重なった。
きっと、俺だけは考えていることが違うだろうが。
「まずは、皆さまの魔力やお持ちのスキルを測定し、それから詳しいお話をさせていただきます」
そう声を掛けてきたきたのは、明るい金髪に豪奢な衣装の青年。どう見ても王子だろう人物。颯爽と俺たちの前まで来ると、星野さんに向かってエスコートの手を差し出した。
星野さんは完全に王子に見惚れている。
彼氏としては複雑だろうなと、同情するように渋崎を見れば、なぜか俺を凝視していた。
星野さんが立ち上がり、王子と一緒に歩き出すと、老人が俺たちもついて行くようにと促す。
歩き始めると、またも渋崎は何か言いたげに俺を見ている。
「え、なに?」
「いや……巻き込んですまない」
「あー、気にしなくていいよ。どうせ俺には魔力無いのは分かってるから。適当に考えるから大丈夫」
小さな声で気にするなと伝えれば、渋崎は驚いたような顔をする。
「もしかして、さっき……俺が飛び降りるとでも思った?」
「……ああ。自殺するんじゃないかと思った」
「心配かけちゃったんだな。悪い、ちょっと感傷に浸っていただけだから」
クスッと笑うと、渋崎は怪訝そうに俺を見る。
「それよりも、これからどうなるかな?」
「……そうだな」
会話も続かなくなり、足音だけが響く。俺たちの他に、白い騎士服を見に纏った護衛たちが後ろをついてくる。
目的の場所までの道のりが、とても長く感じた。




