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lotus

作者: 坂本

部活が終わって誰もいないバスケ部の部室の中で、人生で初めてグーで殴られた。さすがにパーより痛かったし、口の中が鉄の味がした。鉄は食べたことも舐めたこともないけれど、これが鉄の味だとすぐに分かる。こんなに痛いんだから、パーよりグーの方が強いってことにした方がいいんじゃないか。チョキだって何度も石を刺したらいずれ石が割れて勝てるかもな。こりゃジャンケンのルール変わるななんてくだらないことは、一瞬考えたがすぐに消えていった。自分のことを見下げている大浦先輩の顔はさぞ怒ってるだろうと思ったら、よく分からない微妙な顔をしていた。優しい先輩のことだから、殴ってしまった罪悪感でも感じてるんだろうか。そんな人を怒らせたんだから、自分がしたことは相当悪いことなんだろう。先輩の後ろにいる華さんの顔は俯いていてよく見えなかった。でも見えなくて良かった。今の自分の顔だってどんな顔してるか分からないし見られたくない。


「いつもバスケしないで見てるだけみたいだけど、もしかして怪我?」

やかましい部活生たちの声が四方から聞こえるなか、空気のように透明なのにすーっと頭に入ってくる声に振り向くと、華さんがいた。大きくて丸い目に見られると、その空気感に何も考えられなくなって、息苦しくなって、「足が、・・・」と情けない声しか出なかった。

「そんなに毎日毎日暗い顔してる君には分からないかもしれないけどね、実は・・・」

と言いながら、華さんはグイッと顔を近づけてきて、

「怪我って治るんだよ?」

と、イタズラっぽく笑って言った。

「はい?」

「華だってこの前の試合で怪我したけどもう治った。」

自慢げな仕草を見せる目の前のこの人は、一体何が言いたいんだろうと、この時は理解が出来なかった。後になって励ましのつもりだったのかと思ったが、あんな励まし方があるかと納得は出来なかった。それからちょくちょく話しかけてくる綺麗な声の人は、丸田華という名前で、女子ハンドボール部の部長で、自分が所属している男子バスケ部の部長である大浦先輩の彼女だということを、周りの部員の話から理解した。同時に、これ以上関わりたくないと思った。面倒なことに巻き込まれるのは避けたい。

「でもほっとけないんだもん。重本君みたいな子。もうこの世に希望なんてありませんみたいな顔した子のこと、ほっとけないでしょ。」

「そんな顔してません。てか俺、大浦先輩に怒られるのだけはマジで勘弁なんですけど。」

「なんで怒られるの?」

「いや、変な勘違いされたりしたら、もしかしたら怒るかもしれないじゃないですか。」

「ふーん。じゃあ、その時は華が守ってあげるよ。」


それから、1度だけ大浦先輩に呼び出されたけど、華さんは本当に守ってくれた。というか、悪気はなかったんだろうし、特別な好意もなかった。本当にただ善意でのこと。それは大浦先輩にも伝わったみたいで、その時は怒られず許して貰えた。それなのに、いつから変わってしまったんだっけ。どちらから1歩踏み出して、どちらが受け入れたんだっけ。後ろめたさが消えたのは、怒られても別にいいやって思い始めたのはいつだっけ。人目を避けて会い、手を繋ぎ、唇を重ねることに慣れてしまうくらいには時が経っているのだろう。足の怪我だって、華さんの言う通り治ったのだ。それだけの間、先輩を裏切り続けたのだろう。デートも沢山した。いつも行き先の提案を却下してばかりで、事ある毎にこっちが「華さんはどうしたいんですか?」って聞くと、華さんはイタズラっぽく笑ってピースしていた。思い返せば初めて声をかけられた時から、他の人とは違う感情があったんだと思う。本当にそうか?裏切っていることになるのか?華さんは好きだと言ってくれた。イタズラっぽく笑いながら、先輩とは終わってもいいって言ってくれた。なら、裏切ったことにはならないんじゃないか?先輩の逆恨みではないのか?


どうして華さんは、先輩が殴るのを止めてくれなかったんだろう。


それからしばらく大浦先輩に何か言われていた気がするけど、あまり覚えていない。覚えているのは鉄の味と、部室から出ていく2人の背中だけだった。

これからどうすればいいんだろう。とりあえずバスケは辞めよう。そもそもセンスがなかったから試合は出れないだろうし。学校は行かないのはさすがにまずいか。進学したいし。華さんと同じ大学に。


翌日から、学校では周りに人が寄ってこなくなった。気にはなったけど、危害が加えられるわけではないから放っておいた。部活には行かなかった。


家から1番近いコンビニに華さんはいた。華さんはマスクをしていたけど、遠目に見てわかるくらい右目の下が腫れていた。その大きくて丸い目がこちらの姿を捉えた。慌てて目線を逸らすと、パタパタと小走りで駆け寄ってきてこちらの顔を覗き込んだ。また何も考えられなくなって、息苦しくなった。夕方6時を告げるチャイムがなっていた。

2人無言のままコンビニから歩き出し駅へ向かった。電車に乗り、3つ駅を通過して次の駅で降りる時には手を繋いでいた。改札をでて、向かいの商店街の脇道に入ると「lotus」というホテルがある。華さんは周りを気にする素振りもなく、堂々とそこに入った。手を引かれるようにあとに続いた。部屋を選び、エレベーターで登ってフロアにでる。1番手前の部屋。2人でよく来たことがある部屋だった。


「大浦先輩ですか?その目。」

部屋に入りソファに座って靴下を脱いでいる華さんに向かって、ようやく言葉が口から出た。同時にしっかり呼吸が出来たみたいで、ようやく息苦しさが少し和らいだ。

「うん。まあね。意外と容赦なかったよ。あたしにもちゃんとグーだった。」

「まあ、当然ですよね。」

「男の子は女の子に優しくしないといけないって習わなかったのかな?」

「2人とも同罪ってことでしょ。俺がグーなら華さんもグーです。」

そう言いながら、ソファではなくキングサイズのベッドに腰掛けた。用途不明の枕がいっぱいあったのでひとつを抱き枕代わりに抱いた。隣に座らなかったことに、華さんはすこしムッとしていた。何か言いたそうだったが、すぐに俯いて何も言わなかった。

沈黙が数十秒流れたあと、

「守ってあげられなくてごめんね。」

いつもの透き通る声で、しかし消え入りそうな小さな声で華さんはそう言った。もうマスクは外していたのに、すごく小さな声に聞こえた。華さんがこっちを見てるわけではないが、また少し息苦しくなってきた。

「守ってあげるって言ったのに、あの時見てるだけで何も出来なくて。本当にごめん。」

「あの、いや・・・。はい。」

久しぶりに情けない声がした。

「どうしたい?」

俯いたままそう聞かれた。いつもと逆だなとふと思った。

「いや、もうこれ以上は。誰のためにもならないことはしない方がいいと思います。」

「そりゃそうだ。」

お互い目は合わせずに、まるで他の誰かに言い訳するように会話している。

「華さんはどうしたいんですか?」

ちらっと華さんの顔を見たが、いつものように笑ってはいなかった。

「・・・華最低だと思う。」

「なにが最低なんですか?」

「今の関係を続けたい。しげ君との関係を終わらせたくない。」

「えっと、じゃあ大浦先輩はどうするんですか?」

別れると言って欲しかったんだと思う。が、華さんは、

「分からない。」

また消え入りそうな声だった。

分からないのはこっちだ。どう考えても大浦先輩の方が良いに決まっている。人望もあるし優しい、頼りになる部長。ルックスも勉強もバスケも、どれをとっても先輩に勝てるところなんてない。それなのに、どうして自分との関係を終わらせたくないんだろう。グーで殴られたからか?てか、分からないってなんだ?無責任過ぎないか?

「違う違う!彼に別れたいって言ったら顔殴られたから。無理やり別れてしげ君と一緒になると、しげ君また殴られるかもしれないから。だから。」

相当不服そうな顔をしていたのだろうか。華さんがこちらを見て慌てて説明してくれた。そうだったのか。別れたいって言ってくれたのかと、それが聞けて良かったと思う自分がいた。

「だからって、大浦先輩と付き合ったまま俺との関係も続けるって、それこそ次バレたら多分殺されますよ?」

少し嬉しくなったのを隠しながら、また俯いてしまった華さんを責めるようにそう言った。実際そうだ。あんなに腫れるまで殴った人に次バレたら、本当に殺されかねない。たかが高校生の恋愛ごっこで命懸けなんて馬鹿な話はない。それに華さんだって危ない。

「俺、華さんを守れるほど強くないですよ。」

今度は自分を責めるようにそう言った。大浦先輩から華さんを守ってあげられれば万事解決なのだ。だけど、現状こっちは華さんに守ってもらわないといけないくらいなのだ。丸めて捨てられた紙くずよりも脆弱で無価値な自分に嫌気がさす。


どれくらい無言が続いただろう。息が出来てるのかも分からないくらい重い空気。沈黙を破ったのは華さんだった。

「シャワー浴びてくる。あ、一緒に浴びる?」

「え、あ、いや。俺は後で浴びます。」

そう、とだけ言って華さんは行ってしまった。1人取り残されてしまい、あれこれ考えを巡らせようとしたが、向こうからシャワーの音が聞こえてきて、また何も考えられなくなった。

30分くらい経って、華さんがシャワーから出てきた音がした。ドライヤーで髪を乾かしているみたいなので、その間にシャワーに行けば話さなくて済むと思い、コソコソと後ろを通ろうとしたその時、体が一気に冷たくなるのを感じた。華さんは何も着ていないどころか、バスタオルを体に巻くことすらしていなかった。その全身にはいくつもの痣が黒黒としていて、シャワーで温まった肌の色に混ざり異様な存在感を放っていた。

「ねー。こんなになるまで殴らなくてもいいのにね。あ、もちろん全部グーね。」

こちらの視線に気がついたのか、華さんらしくない決まりの悪そうな、無理やり作った笑顔で、鏡越しにこちらを見て言った。視界が揺れる感覚に襲われ吐きそうだった。守られていた。こんなになるまで。痣を見せたかったのか?だからシャワーを浴びたのか?どうだっていいそんなこと。華さんはちゃんと守ってくれていたのに、それに気づかず無責任だとか思っていた自分が浅はかさを恥じた。華さんを守らなきゃ。今度は自分の番なのだ。でもどうやって?


分からないまま、不安を押し殺すように、縋るように、華さんを後ろから抱きしめた。華さんの体温を感じる。肩越しに鏡を見ると、何も着ていない華さんがイタズラっぽく笑ってピースしていた。

「ねえ、この後どうしたい?」

ここまで物語を読んでいただき感謝申し上げます。私自身初めての執筆のため、至らぬ点や不明な点が多くあると思います。ご指摘を真摯に受け止め、今後の活動の糧とさせていただきたいとおもいます。

私の方では、この物語は一応ここで終わりとしております。この後の展開も一通り考えましたが、ここで終わらせることでより多くの可能性がこの作品に見いだせると思いました。ですので、他のところでもっと膨らませたいと考えましたが、技術不足と集中力不足で断念しました。いつかより良い作品にグレードアップできる日が来るといいなと思います。

最後までお付き合いいただいたこと、重ねて感謝申し上げます。

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