2.戦闘指南
施設で一晩を明かした僕らプレイヤーは、モニター越しの案内やスタッフの人の助力を得て、ついに仮想世界へ――『ディストピア』へダイブした。
自キャラの外見は後からでも変更できるらしいので、キャラクリはプリセットから少しいじっただけで済ませた。黒髪黒目の細マッチョ、身長はリアルと変わらない。
何の変哲もない美形だが、元よりキャラクリに拘る性質ではない。気になったら後でじっくり作り直せばいい。
外見を決定をした直後、ムービー付きで流れる世界観の説明――いわゆるゲームの導入が始まった。
曰く、『ディストピア』は扇形の大陸を舞台に四つの国が存在し、それぞれが対立しているらしい。
四つの国とは、扇形の頂点、大陸北部にある魔王の国『魔領アルカ・マキナ』と、その下に並ぶ三つの人間の国だ。三国は東から順に『影宗国カムイ』、『大豊国タナトス』、『聖墓国デルドバーグ』となっている。
魔領と他三国の間は、死の山脈と呼ばれる山々で隔てられている。
この山脈には魔領出身の凶悪な獣たち――怪物が棲んでいて、魔王はそいつらを使役して山から降ろし、三国の領土を少しずつ侵しているらしい。
怪物は山脈付近だけでなく、遙か昔に山から流れた種が世界各地に生息している。だが魔王の影響が濃い分、凶暴さは死の山脈の怪物たちが上だ。
そして、僕らプレイヤーの所属は『大豊国タナトス』。
設定としては、人々を怪物から守る兵士――『対魔兵』として徴兵された新米だ。
プレイヤー……いや対魔兵の目標は、タナトスに蔓延る怪物を狩りながら己を強化し、いずれ死の山脈を越えて魔王を倒すこと。ひいては魔領一帯を支配し、他二国に対して優位を取ることだそうだ。
と、そこまでの説明が終わったところで、僕はようやくチュートリアル空間に――VRMMOの世界に降り立った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「――チッガアアアァァウッ!! 隙を無くせと言っておろうがこのアホ助! 大振りをするな大振りを! というか振るな! 伸ばせ! よりコンパクトに、よりエレガントに伸ばして刈るッ! それが出来ての大鎌使いじゃ! もう一度見ておれよ……こうじゃアッ!」
「すいません……」
教官がツバを飛ばして怒鳴る。
はち切れんばかりの筋肉に黒ずくめの軍服を纏う禿げ頭の男が、僕と同じ大きさ、同じ重さの大鎌を巧みに操り手本を見せる。『訓練用ゴブリン』と表示された怪物が、恐ろしい速度で首を飛ばされた。
「次ィ! やってみよッ!!」
「はいっ!」
復活した訓練用ゴブリンが迫る。
僕は先程の教官の動きを思い描きながら大鎌をゴブリンの首に伸ばし、刈り取った。まだぎこちない動きだが、少しずつ教官に近づいてきた。
「やるではないかッ! ヒヨッ子ですらないただの無力な卵がようやく、半人前の炒飯になったと言ったところかのう!!」
「成長してんのかそれ……」
「半炒飯が口答えをするなッ!!」
「はいっ!」
武器を自分の身体で操り、NPCと選択肢のない会話を繰り広げる。モニターもコントローラーも介することなく、ここにある全てが仮想で現実。
――僕は今、ゲームの世界に立っている。
まず身体。現実世界のように制限なく自由に動くし、見えるし、聴こえる。過去に一度ゴーグル型のVRゲームを体験したことがあるが、そのときの自由度とは天と地ほどの差があった。
例えばここ、『対魔兵訓練場』は初期武器選びと操作指導を兼ねた空間なのだが、とにかく設置物のクオリティが凄い。
足下の芝生は柔らかく、草の匂いがする。空間を仕切る石壁は触れば凹凸が分かるほどに作り込まれ、壁際に並ぶ武具は確かな鉄の重みを感じる。
そしてそれら全てが、現実世界のものと錯覚するほどに違和感が無いのだ。
次にNPC……訓練場では『教官』と呼ばれるオジサンたちが各武器種の扱い方を教えてくれるのだが、注目すべきはその会話。
「……なんじゃアホ助、人の事をジロジロと」
「いえ、やはり教官のように動くのは難しいなと」
「足じゃ。貴様は鎌を操るのに手一杯で、足の動きが疎かになっておる。それでは本末転倒、スープを考えずにラーメンを作るようなモノ。迫るにも足、踏ん張るにも足、とにかく足の位置を意識せよ」
このように、見つめるだけで反応してくる上に、返ってくる言葉は常に自然。つまり、人間的過ぎるのだ。先程までアホ助だのチャーハンだの怒鳴り散らかしていた教官も、少し持ち上げてみれば理知的な助言が返ってくる。
というかラーメンってこの世界にあるのか。世界観は幻想的なものと聞いていたが、割と何でもありなのだろうか。
「……ラーメン好きなんですか?」
「指導に関係ない言葉を喋るな炒飯小僧が! 半人前の対魔兵がワシとラーメンを語れると思うなよ!!」
「すみません……」
短気が短所。すぐに怒鳴るのがこの教官の残念なところだ。
しかしまあ、質問にはちゃんと答えてくれるし、僕は怒鳴られ慣れているのでなんら不都合は無い。
無いのだが……
「あの人また怒られてる……よっぽど下手なのかな」
「俺アドバイスしてこようかな……武器違うけど」
「ほっといてあげなよ。どんなに肉体の性能が良くても、ゲーマーと運動は相容れぬ関係なんだよ……」
同情の視線が突き刺さる。
同じ訓練場――おそらく同一の空間が大量にある――に百人ほどプレイヤーが居て空間を共有しているのだが、僕の教官の声が無駄にデカいせいで色々と情けないことになっているのだ。
「誤解なんだけどな、多分……」
僕の教官だけ厳しいのはおそらく、チュートリアルの段階が違うからだ。
この世界に来て一番初めの、装備画面の操作方法など初歩的なことを教えてくれた教官はとても優しかった。
そこからある程度動作を確認した後、フィールドに出て本格的にゲームを始めるか、一段階上の『チュートリアル・中級』に進むか選べるのだが、僕は後者を選択した。
初期武器に決めた『大鎌』の扱いが予想以上に難しかったため、更なる指導を受けておきたかったのだ。
『使用率が低そう』『玄人っぽくてカッコイイ』という逆張りで大鎌を武器にした以上、フィールドで情けない姿を晒すわけにはいかない。
結果、『中級』のムッとした教官の認可を貰い、今はさらに一段上の『チュートリアル・上級』でラーメン好きの鬼教官にしごかれている。
「だから僕が下手とかじゃない、はず……!」
「ブツクサ何言うとるかアホ助がァ!!!」
「すみません……」
鎌と気持ちを持ち直し、再び訓練用ゴブリンの相手をする。
さらに三十分ほど経過して『訓練用ハイオーク』を撃破した後、全てのチュートリアルが終了した。
僕は『炒飯大盛り』の称号を貰った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
――初期復活地点『豊花の街』の辺り一帯を囲む草原。その一角で、僕はチュートリアルの復習兼レベリングを行っていた。
『ビヒイイィィンッ!!』
蹄で地面を鳴らす音が徐々に迫る。
こちら目掛けて疾走するのは『ガイアホース・lv9』。
馬の身に鎧の如き岩石を纏い……その代償として、馬本来の持ち味であるスピードが激減してしまった悲しき怪物だ。
「獣型は首刈りできないから……【深手の赤刃】」
覚えたてのスキルを起動。
構えた大鎌の刃が深紅に染まり――直線の突進を躱しながら、すれ違いざまに一閃。ガイアホースの胴に傷が出来た。【深手の赤刃】で作った傷は出血と継続ダメージを与え、岩馬の足下に血が溜まっていく。
『ビヒィィッ――』
「【棘の血晶】」
覚えたてのスキル・その二を唱える。
地面の血溜まりから赤い棘が突き出る。突進状態に入っていたガイアホースは、足下から生えた棘に引っかかり勢いよく転倒した。
すぐさま駆け寄り、晒された弱点――岩のない腹部分に大鎌を振り下ろす。妙にリアルな血飛沫を噴いて、ガイアホースは動かなくなった。
「……あぁ、採取しないと死体が消えないんだった……コレ、苦手な人多いだろうなぁ」
腰のナイフを取り出し、ガイアホースが纏う岩石の一部を剥ぎ取る。すると死体は光の欠片となって散り、『鎧馬の岩皮』が手持ち一覧に入った。
「今は……午後二時か。あっという間だなぁ」
呼び出した光の板――『メニュー画面』から、現実世界と同期している時計を見た。
ゲーム開始から既に二時間が経過し、さらに奥の森エリアへ行くプレイヤーも出始めてきた頃だ。僕は未だレベル8、次の狩場である『小鬼の森・推奨lv13』へ行くには経験値が足りない。
正直出遅れているが、戦闘が楽しいのでそれでもいいと思っている自分がいる。
ゲームに関しては割と負けず嫌いの自負がある僕だけど、急ぐことがもったいないと思える程に、この『ディストピア』は全てが新鮮で――。
「――これ、四日で終わるのかぁ……正式リリースいつかなぁ……」
などと、ゲーム開始二時間後にも関わらず、既に別れを惜しんでいる。
すると。
「――ごめーん! そこの大鎌の人、ちょっと危ないかも!」
聞き覚えのない声と、見覚えのあるシルエットが一つ。
森がある方を向けば、石斧を持ったゴブリンがこちらに疾走してきていた。
『ギシャアアッ!』
必死の形相で逃げるように走っていたそいつは、僕に気付くと「ニタァ」と分かりやすい笑みを浮かべる。逃走が蹂躙に変わった瞬間だった。
僕がゴブリンに視線を集中させると、小鬼の頭上に『表示』が浮かび上がる。
『ゴブリン・lv11』
なるほど、「格下を見つけた」と。
誰かから逃げていたようだが既にそのことは頭にないのか、ゴブリンは僕に一直線だ。
「レベル差はあるけど……」
僕には教官を質問詰めにして得た知識がある。人型怪物はむしろ望むところだ。
『ギギィッ!!』
手前まで迫ると、ゴブリンは不規則に周りを飛び跳ねた。
焦らず目で追い、先にゴブリンに石斧を振らせて柄で流す。これで一行動分僕に利がある。すかさず鎌を回し、刃で首を掻き斬った。
「……よし!」
戦利品は無いらしく、死体は残らずに散っていった。
人型はどの武器でも、攻撃を首に完全被打させれば一撃で倒せる。教官に教わった知識の一つだ。
ついでに言うなら、経験値をより多く、たまに武器を落とすのが人型怪物。素材をより多く落とし、経験値は少なめなのが獣型怪物らしい。
と、復習してる内に足音が駆け寄ってきた。
「いやぁごめんねー! 森で狩ってたんだけど、一匹取り逃がしちゃって」
「いえ全然。ちょうど探してたんです、人型」
ゴブリンはどうやらこのプレイヤーに追われていたらしい。
声も見た目も成人男性、装備は小剣小盾、レベルは13。プレイヤー名は……グレンさん。
「やけに慣れた動きだね? 人型の特性も知ってるし……ひょっとして君、ラーメン好きの鬼教官とか知ってる?」
「……! 知ってます。『炒飯大盛り』の称号を貰いましたよ」
「やっぱり! ちなみに俺は『鶏白湯』ね!」
同志を見つけた。彼もどうやら『上級』の叱責を耐え抜いてきたプレイヤーのようだ。
ただ少し……この人ちょっと強くないか? レベル13って……。
同じ上級チュートリアルを受けた以上、レベリングの開始時間はほとんど変わらないはずなのに。
そう思うと、『鶏白湯』も『炒飯』より上位の存在に見えて悔しくなってきた。
「じゃ、俺はまた森に潜ってくるよ。邪魔して悪かったね……また機会があれば一緒に遊ぼうぜ、炒飯くん」
「はい、僕も頑張って追いつきます。鶏白湯先輩」
「先輩はやめてくれよ」
そう言うと、先輩は森に向かって走り始めた。
凄い早さで遠くなる背中を見送りながら、僕も早めに森に入ろうかと考える。
できれば四日間で追いつきたい、あの背中に。
炒飯のプライドをかけて。