26.毒沼樹海 その2
休憩の後、再度樹海に侵入することが決まった。
『スワームショット』には皆慣れてきたので、今度はもう少し奥の方まで進んで新怪物を探ることに。
特にグレンさんは新しい小盾を造りたいらしく、それっぽい素材を落としそうな怪物を求めているそう。
小剣の方は『白夜の処刑人』から獲った片鎌で新しく造ったらしい。
名を『宝月刀』といい、刀身が外側に緩く湾曲した刀だ。刃を向ける方向が違うだけで、刀身の形状は小さい鎌に近い。
カズさんの長槍は初期のものに強化を重ねた『鉄槍Ⅵ』。見た目や重心のバランスに彼なりの拘りがあり、新しい長槍を造るつもりはないらしい。
ちなみに『強化』とは、『武器に溜まった経験値』を素材にして鍛える技術だとか。使用を重ねることで溜まったそれを使い、強度や切れ味を上げるのだと伊吹さんが言っていた。
僕の『風月』も一応はフィールドボスの素材を使ったレア物なので、そろそろ新規製作はやめて強化にマニルを費やしても良い頃合いだ。
『武器の経験値』とやらを溜めるためにも、ここで怪物を沢山狩らねば。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『――――』
大量の羽音が聞こえる。
再び樹海に入った僕らを『スワームショット』の大群が出迎えた。
「――【韋駄天】!!」
「――【深手の赤刃】」
カズさんに続いてスキルを起動。『風月』の白刃が深紅に染まる。
三人は地や空を蹴って群れに突っ込んでいき、僕は木の根の上に立って構えた。
「ふっ――」
大鎌を薙ぎ、三匹の蜂を斬り散らす。断たれた虫の身体から不自然なほどに赤い液体が噴き出した。
問題はここからだ。血から棘や触手を生やそうにも、ほとんどの血は沼に落ちて面を保てなくなる。
――だから、血を広げるのは僕の身体だ。
僕は両断した蜂の死骸を掴み、自分の鎧に擦りつけた。血が出なくなったら他の死骸も使い、上半身に満遍なく怪物の血を滴らせる。
「うげっ!? イカレちまったのかユッキー!?」
「僕は正気です! 気にしないで下さい!!」
イカレでもヤケクソでもなく、これは対策だ。血溜まりが作れない状況で機動力もない僕が、他三人のレベリングスピードに追いつくための策。
僕は迫る蜂の群れに大鎌を構えて――。
「【蛸の血縛】」
血を塗った肩や肘から触手を生やす。鎧から伸びた数本の蛸足で蜂共を掴み、引き寄せて一閃。鎌の間合いに並べた五体の蜂を一振りで斬り裂いた。
死骸が沼に落ちるよりも速く、次の獲物に触手を伸ばして掴み、再び引き寄せて斬る。幸い向こうの方から間合いに寄ってきてくれるので、獲物に困ることはない。
これなら三人のスピードにも劣らず、効率良く蜂を狩れる。僕は「どうだ」と言わんばかりの目で紅丸さんを見るが――。
「――【流刀瞬撃】」
彼女の握る、大太刀の刃が群青の光を纏う。
刹那、静かに響く納刀の音。刃はいつの間にか鞘に納まり、遅れて無数の剣閃が蜂の群れに吹き荒れる。淡く細い跡だけを残して瞬殺が過ぎ去り、虫の残骸が雨の如く降り注ぐ。
僕らが相手していた『スワームショット』の群れがすべて、瞬きの内に掃討された。
「な、なんだ今の攻撃……一瞬で全部倒しちまった」
「……こんなスキル持ってたのか、丸姫」
僕らは驚きを隠せない。パーティーを組んでかれこれ三週間が経つが、紅丸さんがスキルを使うところは初めて見た。それに、僕は元から彼女と話す頻度が少なかったけど、グレンさんも聞かされてなかったのか。
「スキルを使えばこれくらい余裕。つまりアンタはまだ雑魚。調子に乗らないことね」
格の違いを強調するように、彼女はそう言い放った。
今になってスキルを披露してきた理由はそれか。そこまでして張り合って、無理に僕を下げようとしてくるのは何というか……少し、腹が立つ。
「……そんなに凄いスキルがあるなら、いつも使えばいいじゃないですか」
「条件があるに決まってるでしょ。好きなだけ使えるならもっとホイホイ使ってるわよ。そんなことも察せないとか、アンタ馬鹿?」
「…………すみません」
僕の小さな呟きは見逃されなかった。どこまでも人を見下す彼女の言い様に、喉から何かがせり上がってきたが堪えて流す。上りかけた血を謝罪で沈めた。
思ったことをそのまま口に出すな、僕は喧嘩がしたい訳じゃないだろう。僕が仮想で求めているのは人との繋がりだったはずだ。それをくだらない感情一つで壊して、現実と同じ過ちを繰り返すなんてありえない。
きっと、紅丸さんは少し不器用なだけだ。ぶつかり合わずに僕が無害だと証明し続け、かつパーティーメンバーとしての有用性も示せれば、いずれ彼女の態度も柔らかくなるはず。
「丸姫、いい加減その口の悪さを――」
「僕は大丈夫ですから、グレンさん。日が暮れる前に先に進みましょう」
今の時刻は午後三時。新エリアを進むなら探索は日没までに終えておきたい。『甲殻地帯』の木々は碧色に光る葉が夜の明かりになってくれたが、この沼地はすぐに暗くなりそうだ。
「…………気持ち悪い」
パーティーが足を進め始める中、紅丸さんが小さく呟いた気がするが、僕は聞こえなかったことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆
『毒沼樹海』にあるマングローブの森。大量の毒蜂たちが出迎えてくれたそのエリアには、一見乱立してるように見える木々の中にも道がある。
木と木が一定の間隔を保つラインを進んでいくと、毒蜂に次いで、更なる『厄介さ』が僕らを待ち構えていた。
「――チッ、ようやく蜂共がいなくなったと思ったら、今度は蛾かよ!」
樹海の奥地へ進んだ僕らに降りかかってきたのは、ドクロの紋様をした翅を持つ大量の蛾。
『スカルモス・lv24』――そう表示された小さな怪物は一匹一匹が手のひらほどの大きさを持っていた。
彼らは枝葉の覆う上空から現れ、僕らの身体に付着しては爆散し『麻痺』をもたらす粉をばら撒く。全身が動けなくなるほどの『麻痺』ではないが、粉の降りかかった部位は動きがひどく緩慢になった。
装甲のある箇所なら防げるが、布一枚の関節部分や肌むき出しの顔からどうしても粉が染みてしまう。せめて頭防具を――着け心地の悪さで敬遠していた『黒編み』でも被ればマシだったかもしれない。
麻痺の持続時間は三秒ほどだが、『スカルモス』は数が多い上に小さいので取り逃しやすく、鈍くなった身体に追撃されて麻痺が連鎖することもあった。
「戦いにくいな……! 丸姫、あのスキルは!?」
「あと二十秒くらいよ! 言われなくても使うから黙ってて!!」
上空は『スカルモス』で埋め尽くされているため、今回は他の三人も地上戦を強いられている。
蜂を一掃した紅丸さんのあのスキルは、どうやら冷却時間があるらしく、まだ使えないようだ。
怪物の種類に関わらず出血させてきた僕の【深手の赤刃】は、薄っぺらい『スカルモス』にもその謎の効力を発揮したが、サイズの問題なのか、さすがに超少量の血しか出なかった。
僕がどうやって棘や触手を生やそうか考え始めた頃、グレンさんが叫んだ。
「――後ろから何かが来てるっ! みんな避けて!!」
突然の警告。
続いて、水を跳ねる音がした。やけに聞き覚えのある音だ。
まるで、雨水の張った道路を走る自動車のような――。
『ホイールバグ・lv26』
それは車輪だった。飛沫を上げて毒沼を駆ける巨大な黒タイヤ。もの凄い速さで回転してるであろうそれが、僕らの辿った道から猛スピードで迫る。
だが軌道は一直線、ここから少し横に避ければ――。
「――っ! やっばい……!!」
逃げようとした僕の右脚に『スカルモス』が降りかかり、爆散。毒の粉が装甲のない布部分から膝裏に染みて『麻痺』を起こす。沼から引き抜こうとした右脚の力が抜け、バランスが崩れる。
黒タイヤはすぐそこだ。僕は回避を諦めて防御態勢で衝撃に備えた。
「ぐ――ッ!!」
黒タイヤに突き飛ばされる。ギリギリ想定内の衝撃だ。身体は後ろに大きく弾かれたが、ヘビーアーマーを着ている甲斐もあり、画面端の体力バーはさほど減っていない。
ただ、場所が問題だった。衝撃を踏ん張って耐えた僕の足は、沼のぬかるみで滑ってしまう。
僕は思いっきり転倒して、頭から毒沼に突っ込んだ。
――鼻や口、顔の穴という穴から液体が入る。急いで水中から顔を上げるが、もう遅かった。
「うぷっ――、お、おえぇぇ」
ただひたすらに気持ちが悪い。
腹から喉へ、温い何かがかけ上がり、溢れ出す。吐き気で涙が滲んだ眼前、毒々しい水に茶色が混ざる。緑だった体力バーは紫に染まり、徐々にその長さを削り始めた。目と口からあらゆるモノを垂れ流しながら、警戒を思い出して奴を見る。
『キチ、チチチチチチ……』
黒タイヤ――『ホイールバグ』はダンゴムシ型の怪物だった。今は丸まった体勢を解き、多足が生えた気色の悪い腹を見せて、僕に覆い被さろうとしている。
舌打ちのような、水っぽい音を立てる顎がよく見えた。粘っこい液体を纏う牙が口内で蠢いている。
「……や、るんだ…………」
立たないといけないのに、この虫に大鎌を突き立てないといけないのに、腕も脚も動かない。
きっと麻痺を喰らったんだ。ゲロ吐いて蹲っていた僕に『スカルモス』が降りかかったのだろう。
「ぼくが、やるんだ…………!」
目の前の恐怖よりも、後悔と焦りが先に来た。
また、僕が一番最初に攻撃を喰らってしまった。また、僕が足を引っ張ってしまった。これ以上助けてもらうのはダメだ。足手まといは嫌だ。
自分を狙ってきた敵くらい、自分の力で倒さないと――。
『キィ――――』
しかし、間に合わない。
僕が大鎌を振るう前に、優しい刃が無慈悲に敵を斬り裂いた。具体的には、僕の窮地を察したグレンさんが上から『ホイールバグ』の腹を縦に斬った。
「大丈夫かい!? 沼の水を飲んだように見えたけど――」
「解毒剤と治癒薬だ! とりあえず全部飲んで――」
吐き気がぶり返した僕に、カズさんとグレンさんが寄ってくる。
惨めだった。一人だけ被弾して、すっ転んでゲロ吐いて、肝心の敵すら倒してもらって介抱される。情けないことこの上ない。
紅丸さんは何も言わなかった。僕は下を向いているので、いま彼女がどんな顔をしているか分からなかった。
それを確認する勇気も、なかった。




