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18.風刃


『――――ッ!!』


『白夜の処刑人』の肘関節を【棘の血晶(スパイク)】で踏み抜き、破壊。右腕から白三日月の片鎌が切り離される。蟷螂かまきりは声にならない悲鳴を上げ――少年もまた、別の苦痛に襲われた。


「うッ――!?」


 それは安堵。

 敵に明確な痛手を与えたことによる達成感が集中の流れを止め、一種の催眠――都合の良い近眼的状態にあった少年が正気に戻る。()()()()()()

 胸の傷が再び熱く存在を主張する。無視していた痛みを思い出す。中位の治癒薬ポーションでは致命傷を重傷程度に軽減することしかできず、体力(HP)バーも最大値が元の三割ほどまで減少していた。


 痛みによる一瞬の停止。その隙を逃さない蟷螂かまきりが鎌を押し返し、少年を強く突き放す。片腕となった処刑人は静かに起き上がった。

 碧色の複眼は怒りを宿し、その痛々しい姿に反して微塵も怯む気配がない。むしろ万全の状態より遙かに増した、圧倒的強者の風格。それに呼応するように、全身を覆う白い甲殻に異変が現れた。


 純白の全身鎧の所々に小さく開く、空気孔のような空洞。その孔と孔を繋ぐように天色あまいろのラインが浮かび上がる。澄んだ空のような線は淡く光り、蟷螂は夜の森に碧天となって現れた。


『白夜の処刑人』は残る片鎌をゆっくりと持ち上げ、刃先を少年へ。

 これは処刑宣告であると、睨む複眼が語った。




◇◆◇◆◇◆◇◆




――勝てない。


 はっきりとした意識を取り戻して、第二形態に入ったらしき敵を見て僕は真っ先にそう思った。

 そもそも片腕を破壊できた経緯すらろくに思い出せない。血を流しすぎたせいか、ずっと曖昧な自我と本能で戦っていた気がする。それでもありとあらゆる運が上振れた結果であることは間違いないだろう。アレは今の僕が渡り合える相手じゃない。


 でも、絶対に生きて帰りたい。


『――――』


 蟷螂が片鎌を掲げた――と認識した次の瞬間には、その白刃を()()()()()()()

 僕が一度致命傷を負った『見えない斬撃』、不可視の風刃だ。しかし一度体感した以上それを警戒しない道理はない。相変わらず挙動も刃も見えないが、僕の足下まで迫る()()()()を視界端で捉える。

 

「ぐッ――!」


 地に残された跡を頼りに大鎌を構え、斬撃を防ぐ。攻略法はこれで合っていたようだ。意外と迫る速度はそこまでじゃない。意識すれば十分対応できる速さだ。

 しかし蟷螂の姿は既に地上から消え、翅を広げて上空に。


 続く()()の風切り音。

 空に浮いた蟷螂が上下左右にあり得ない挙動で飛び回り、碧天の線を引きながら残像を残す。四方八方に残された過去の蟷螂たちが何をしたのか、僕は音で理解した。


「やばいッ――――!!」

 

 なりふり構わず敵に背を向けて全力で逃げ出した。

 直後、地が砕けるような轟音が背後で鳴り響く。ついさっきまで僕のいた地面は降り注ぐ斬撃に刻まれ、見るも無惨な傷跡を晒す。

 アレを連続で撃てるのは反則だろ。ただでさえ見えないのにあんな一瞬で何回も、多方向から迫る斬撃なんてたまったもんじゃない。しかも空から来るので地面に跡を残してくれない。


 音が止み、僕は振り返って再び敵を視界に。蟷螂はもはや着地すらせず滞空ホバリングを続けている。準備時間クールタイムがあるのかは知らないが、そう間を置かずに次が来ると考えた方が良いだろう。

 既に勝利は見えていない。けれど死ぬ気は微塵もない。僕に残された選択肢は逃亡か耐久だ。


 だが、このまま背を向けて走っても空を飛ぶ敵を振り切れる気がしない。攻撃を一カ所に引きつけて適切なタイミングで全力回避、これを繰り返しながらカズさんとグレンさんを信じて待つ。それが現状の最善手だろう。


 出来るか、僕に。

 不可視の風刃を避け続けて、生き残ることが。

 やるしかない。会いたい人が居るのなら。


『――――』


 二度目の分身。再び蟷螂の残像たちが広がっていく。

 続く風切り音の連鎖。僕は全力で地を蹴ってその場から離れる。目指すは木々のある方向だ。この巨木周辺の開けた地において、空飛ぶ敵にとって僕は格好の餌食だ。


 先程と全く同じように背後から破砕音が響く。降る斬撃に地面が悲鳴を上げ、一連の流れを繰り返すように再び僕は振り返り――咄嗟に身をひねる。

 直後、すぐ傍の地面に傷が刻まれ、避けきれなかった右足の腿が深く切れた。


「――ッ!! 【棘の血晶】…………!」


 振り返ったとき、微かに風切り音が聞こえた。それでも避けきれず、切断とまではいかないが腿を負傷。すかさず血晶で止血するが、残り三割だった体力バーは一気に短くなり赤の危険信号を示す。脚の痛みで身体を支え切れず、地面に膝をつく。

 ()()()()()。確実に。

『見えない斬撃』を撃ち尽くしたように見せかけ、最後の一撃を止まった僕に当てにきた。『攻撃を誘導して寸前で回避』というアクションゲームの鉄板攻略が、この蟷螂には通じない。


 この脚じゃもう走れない。

 でも新しい傷口に生やした血晶なら一度だけ棘の派生・連鎖を行える余力がある。己の身体から出た血ならばそれが可能であると、先刻の意識が朦朧としてた戦いでの攻防で知った。


『――――』


 三度目の分身。残像がこれまでの倍以上の数で広がる。今回で僕を仕留める気だ。

 腿の傷から血晶を限界まで広げて防壁を生成。これが突破されたら、僕自らが大鎌で斬撃を防ぐしかない。

 やってやる。『見えない斬撃』だろうが何連撃だろうが、全部僕が捌いてやる。救援が来るまでここで耐え抜いてみせる。


 だって僕は言ったのだから。あの人にあの場所で、()()来ると。


 血晶の壁に斬撃が降り注ぐ。僕の命を糧に生えた棘の連山が表面から容赦なく削られる。数秒もしないうちに棘の壁は粉々に散り、僕の身体が晒された。空には碧天の光を帯びた蟷螂の残像たちがまだ残っている。

 

 どこを守ればいいかも分からないまま大鎌を構える。

 迫る風刃は軌跡すら見せず、ただ風切り音だけが僕に向かって――。



「――――――すまない、遅くなった」


 

 耳元で囁く男の声。

 次の瞬間、視界がブレて身体が横方向へ一気に引っ張られた――いや、担がれたのだ。僕を助けに来てくれた電光石火の男、グレンさんの手によって。

 遠くなった地面が風刃で抉られる。間一髪だが、間に合った。『ヘキノゲンジ』に連れ去られた僕を追って、この場所まで救援にきてくれたのだ。


「――っ! 怪我が酷いな、この棘は止血のためか。早く治癒薬ポーションを飲ませないと……和葉かずはさん! ユキオくんを頼む!!」


「分かった、無事かユッキー――――なんだそのトゲトゲ!? 生きてるよな!?」 


 遅れてカズさんの声も聞こえる。でも今はそんな場合じゃない。僕も大丈夫ではないけれど、あの蟷螂のことを二人に伝えないと。


「僕の心配なんかよりあの蟷螂が――――んぐッ!?」


中位ミドル治癒薬ポーションだ! 全回復するまで飲めよ!!」


 カズさんが僕の口にポーションの小瓶を突っ込み、同じ小瓶を三本ほど握らせる。しかし、重傷のせいか僕の最大体力値は大きく減少しているため、全快には中位治癒薬一本で事足りた。


「和葉さんはユキオくんと離れたところへ! 俺はあのカマキリの相手をする!!」


「…………プハッ、グレンさん! あの蟷螂は『見えない斬撃』を使ってきます! あなた一人じゃ――」


 言い切るより早く、蟷螂が動く。狙いは一番レベルの高いグレンさんのようで、彼の前方を覆うように蟷螂の残像が広がる。

 まずい、いくらグレンさんでも初見であの集中砲火を喰らえば――。


『――――』


 風が唸り声を上げる。

 迫る不可視の刃に、グレンさんはいつも通りに小剣と小盾バックラーを構えた。


「――――見えない斬撃、ね」


 瞬間、剣と盾がめまぐるしい速度で奔り回る。

 轟くのは風が爆ぜる音。剣で打ち合って盾で流して、見えないはずの斬撃を捌いていた。その場から一歩も退かず、足周りの地面だけが風刃の被害を受ける。


 時間が経ち蟷螂の残像が消えてもなお、彼の身体には切り傷一つ付いていなかった。


「『白夜の処刑人』……フィールドボス的なやつだね。あの右腕は君が?」


「そう、ですけど…………一体どうやって、あの見えない攻撃を」


 正直、救援が来ても逃げるのが精一杯だと思っていた。

 『白夜の処刑人』は強い。手の届かぬ空中で反則技を使い始めてからは更に強い。

 僕も一度致命傷を負い、その後もさらにもう一度死にかけた。初見であの攻撃を防ぎ切るなんてまず不可能だと思っていた。だから焦った。


「――――残像の配置と音でなんとなく。あとは勘だよ」


 しかし、そんな敵を前にしても、彼の背中は頼もしいままだった。



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