9月6日(金)-7
圭は「なるほど」と言い、大きくため息をついた。
「もう、どうしようもないわけだ。こいつが嫌なら、この村を出るしかないっていう」
「そんな大掛かりな話なのかい?」
「こいつが村を守ってるんだろ? 中に何を入れているかは知らないけどさ。こいつにとって、この村の長は自分であり、守るからこそ敬えと言っているんだ」
「土地神様みたいだね」
「こいつはそう思ってるだろうさ。ただ、思い通りにしようとしてるあたり、質が悪い」
圭は吐き捨てるように言い放つ。
「それで、どうしたらいい訳? こいつは梃子でも動かないだろうし、動かしたら感情に任せて村に何するか分からない」
「空美さんが、いやなら出ていくしかないってこと?」
「それしかない。だって、こいつは単なる人形じゃない。村の守り神だって言いたいんだろ?」
圭は手をひらひらと振る。総司は黙っている。何も言えない、が正しいのかもしれないが。
「あ、でも。気になりだしたのって、ここ数か月なんですよね? 空美さんも、最初からこの人形が怖かったわけじゃないんでしょう?」
私の言葉に、圭は「あ」と声を出す。
「そうか。ただ守ってるだけなら、別に問題はない。それこそ踊ろうが飛ぼうが、どうだっていい」
それはそれで怖いけれども。
「問題は、数か月前から突然気になりだしたんだよな。出て行かせたいのならば、最初に来た時から脅しにかかればいいだろうし」
圭はそう言い、総司に向き直る。「数か月前、何があった?」
「数か月前……空美が、気になると言い出したあたりですよね。私も一応気にかけたのですが、特にこれ、ということも……」
総司はそう言い、申し訳なさそうに付け加える。「覚えていない、というのが正直な話です」
「じゃあ、特に大きい話じゃないのか? いや、でも」
圭はそう言って、考え込む。
「この家で何かなくても、村ではどうなんですか? たとえば、ええと、祭りがあったとか」
私が口を開く。人形が村全体を守っているのならば、村の出来事だっていいじゃないか。
「いえ、それも特に思い出せません。お祭りは、10月にありますし」
違ったか。素人考えは、やはりうまくいかないもんだな。
「念のために聞くんだけど。こいつに何を封じてるか、教えてもらえるのか?」
圭の問いに、総司は「それは」と口を開いた。
「私にも、よく分からなくて。村を守るものが入っているから、とだけ聞いたことあるのですけれど、それ以上は特に聞いていません」
「古文書とかっていう、便利なものもないよな?」
「ありません。すいません」
「あと、あんた自身はどうなんだ? こいつ、何とかしたいの?」
圭に問われ、総司ははっとしたような表情を見せる。
祈祷師などを妻が呼ぶのを、あまりいい顔しなかったのだ。何ともしたくないのかもしれない。
「最初は、別にいいと思っていました。歌子さんが威圧すると言っても、ちょっと気を付ければいいだけですから。でも、お話をしてみて、確かに……数か月前から、というのが気になりました」
途切れ途切れ、確かめるかのように総司は言った。
あまり問題視してこなかったのだろう。直接的な被害がない、というのもあるし(パンク以外)村を守っている存在だと思っていたのだから。
だが、圭と話して「数か月前から急に気になりだした」というのが、引っかかったのだ。
村長ではないにしろ、村を司っていた家として、何かしらの予兆かもしれないと思ったのかもしれない。
「あの……お夕飯、できましたけれど」
空美が張り詰めた空気の中で、声をかけてきた。気付けば、いい匂いがここまで漂ってきている。
「よし、ご飯だ!」
圭がはっきりと言い、空美のところに向かう。
「圭君、いいのかい?」
「いい! 腹が減っていては、何も浮かばない。浮かぶどころか、悪い事が起こる」
「悪い事?」
「イライラする」
それはよくない。
「あ、あの」
総司が戸惑うように声をかけてきた。夕飯の事で頭がいっぱいの、圭の耳には届かない。
「すいません、先にお食事をさせていただいてもいいですか? お腹が空いていては、何もいい案が浮かびませんし」
「はあ」
どこか納得いかないような総司に、私は悪戯っぽく笑う。
「圭君の大食いショーを見て、気分転換しましょう。びっくりするくらい食べますからね」
私が言うと、総司はちょっとだけ笑った。
冗談だと思っているのかもしれない。だが、私は確信を持っている。
色んなことが一瞬どうでもよくなるくらい、しこたま食べる圭を見ることになるだろう、と。