9月6日(金)-6
空美が夕飯を作りに台所の方にいったのち、しばらくして誰かが帰ってきた。中年男性のようだ。
「ご当主さんかな?」
私が尋ねるが、圭は何も答えない。何かしら考え込んでいるかのように見える。
「おっさん、やっぱり俺、思ったんだけどさ」
圭が口を開く。「食材とか、買ってきたらよかったかな?」
「は?」
「買い物行くにしても、他人を家の中に入れておくのは嫌だろうし、かといって食材が足りなくなるかもしれない。悪かったな、と思って」
圭でも悪かったと思うことがあるのか。
いや、そうじゃない。
ずっと深刻そうな表情で考え込んでいるのかと思いきや、食材の心配をしていたのか。
私は気が抜けたように、はは、と乾いた笑いを出す。
「そんなことか」
「いや、大事なことだし」
うん、まあ、圭にとっては。
玄関の方で空美と男性の声が何度かしたのち、人形のいるこの仏間に向かって足音がした。こちらに来てくれているのだろう。
暫くすると、障子が開き、中年男性が顔をのぞかせた。
「どうも、初めまして。桶田 総司と申します」
総司はそう言って、頭を下げる。そうして、仏間へと入ってきた。圭と私もそれぞれ挨拶していると、空美はそっと席を外す。
「人形について、聞きたいとか」
「情報がないと、対処ができない。この家のものじゃないやつなのに、この家から離れようとしないのが分からない」
圭がぶっきらぼうに言う。しかし、総司は気にしていないように見える。懐が広い人なのかもしれない。
「この人形は、いつからここにいる?」
「いつからかは、分かりません。先祖代々受け継いできたものだと言われています」
「こういう人形形態をとっているのだから、ものすごく前ってことはないだろうけど?」
江戸時代とかだっけ? そうすると、結構前になるけれど。
「残念ながら、正確な事は分かりません。とりあえず、私の祖父の皿に祖父からもあったようですので、200年くらいは経っていると思います」
200年! 壮大な話だ。
私は感心しつつ、人形を見る。200年たっているとは思えぬほど、綺麗だ。さすがに新品とは思わないが、10年くらいかな、と思えるくらいには綺麗だ。
「すごく大事にされているんですね。こんなに綺麗なんですから」
私がそういうと、途端圭がじろりとにらんできた。
「え、な、何か変なことを言ったかい?」
「こいつに、そういう形容詞を付けてはだめだ。付け上がるから」
付け上がるって。すごい言い方だ。
しかし、圭の顔はまじめだ。ただの冗談として、付け上がると言っているのではない。本気で、そういうことを言ってはだめだと言っているのだ。
あまりの気迫に、私はただ頷いた。ちょっと怖い。
「この人形は……歌子さんは」
「名前まであんのかよ」
総司が口を開くと、圭がうんざりしたように呟いた。
「ずっとこの家を、いえ、この村を守ってきたんです。そう言われていますし、実際今迄、この村が大変な事態に巻き込まれたことはありません」
「山崩れとか、洪水とか?」
「そうですね、ありません。いたって平和な村です。人口は激減していっていますけれど」
苦笑交じりに、総司が言う。若い人は、どうしても都会に行ってしまう。最近は、UターンだのIターンだの言われるようになっているか、まだまだその数は少ない。
「……さっき、何て言った?」
圭がゆっくりと口を開く。
「人口が激減しているって」
私が言うと、圭は「そうじゃない」と言いながら、総司を睨みつけるように言う。
「そいつ、家どころか村を守っているって言ったか?」
「え? あ、はい。うちが昔は、この村をまとめていたので。今は別の方が村長をされてますけれど」
圭は大きなため息を吐き、人形の方を見る。人形は、そっと微笑んでいるように見える。そういう人形の表情なんだろうけれど、そういう風に見える。
「だからか。だからこいつは、主張しまくってるのか。お前がこの村を守り、仕切っているとでも言いたいのか」
圭はそう言い、今度は総司の方を見る。圭の様子に、ただならぬものを感じたらしい総司は、びくりと体を震わせた。
「まさか、こいつに何か封じてるのか?」
総司は一瞬目を見開いたのち、そっと視線を逸らした。
圭は大きなため息をつく。
総司の返答は、その通りだと言っているに等しかったからだ。