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9月6日(金)-4

 桶田家に到着した時には、私は肩で息を切らしていた。高台の家は、なんと体力を使うのか。

 普段使っていない足の筋肉と、それに付随する全身の筋肉が、日ごろの運動不足を訴えている。

 高台というか、山の上というか。

 少し前を歩いていた圭が、息一つ切らしていないのは、若さのせいか職業柄か、とにかくさすがである。

 圭は私の方を振り返ることもなく、門の横に設置されているインタフォンを押した。


「浄華で依頼を受けた、桂木だ。人形の件できたんだが」


 初対面とか丁寧さとかをすっ飛ばした言葉だったが、インタフォン越しに対応することなく、中の住人がすぐに出てきた。待ちわびていたのかもしれない。

 半ば慌てるように出てきたのは、中年女性だった。彼女が依頼人である空美かもしれない。


「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」


 彼女はそう言って門を開け、招き入れた。門から玄関まではちょっとした庭園が広がっている。ちょっとした旅館のようだ。


「立派なお庭ですね」


 私が声をかけると、空美は少しだけ嬉しそうに「ありがとうございます」と返した。手入れをよくしているのだろう。玉砂利に飛び石が置かれ、立派な松の木などが植えられている。

 奥の方には鹿威しがあるようで、かこん、とその風流な音を響かせてきた。


「水、流れてるのか」


 ぽつりと、圭が呟くように言う。その言葉が聞こえたらしい空美が「はい」と頷く。


「ここら辺は、鹿やイノシシが出ますから。山水を引いて鹿威しを鳴らしているんです」

「風流ですね」

「いえ。本来の目的を全うさせているようなものですから」


 謙遜しながら言うが、やはりどこか嬉しそうだ。


「こちらから、どうぞ」


 空美がそういって、玄関の引き戸を開いた。がらがらと心地よい音が響く。玄関扉が開くと同時に、ふわ、とどこか懐かしい匂いを感じ取る。

 子供の頃にいった、おじいちゃんおばあちゃんの家の匂い。

 そこで祖父母が生活していたんだ、と思わせる古い木と畳とお線香が入り混じったような匂い。

 始めてくる家なのに、懐かしい、と思わせられる。


「由緒ある家なんですね」


 私が感想を漏らすと、空美はそっと微笑んだ。少し戸惑っているような表情なのは、件の人形のせいかもしれない。

 空美はスリッパを用意してくれたが、履いたのは私だけだった。圭は少し考えてから「裸足でも?」と尋ね、了承を得るとさっさと靴下を脱いでしまった。

 そういえば、前回も裸足になっていたっけ。

 圭が裸足で廊下に立つと、一瞬、圭が動きを止めて辺りを見回した。何かを探しているかのようだ。


「どうしたんだい?」

「いや……うん、やっぱりそうなんだなって」


 何が、と聞きたいが、恐らく圭は答えてくれないだろう。簡素な言葉になっているときは、圭が神経を尖らせているときだ。こちらからの問いに答える余力があれば、別の事に気を回したいだろう。


「人形は?」

「こちらです」


 空美はそう言い、先導して歩き始める。板張りの廊下を抜けていき、いくつかの障子を超え、奥の部屋へと行きつく。


「こちらです」


 す、と障子を開くと、そこには仏壇と神棚が飾ってあった。部屋の奥に神棚、左手側に仏壇がある。


「同じ部屋か」

「昔は神棚だけだったそうなのですが、お仏壇を置かねばならなくなったそうで、こちらの部屋に」


 なるほど、と圭はうなずいた。そうして、ぱん、と一つ柏手を打ってから中に入った。

 だんっ、と強く踏みしめながら。


「け、圭君」

「宣戦布告しただけだ。反応を見たいからな」

「反応、あったの?」

「あるといえば、ある。でもまだ、探られてる感じかな」


 圭はそう言い、仏壇の隣にある床の間へと行く。


――ある。そこに、日本人形が、ある!


「これ?」


 圭の問いに、空美が頷く。というか、これ、呼ばわりはないだろう、これ、は。

 私の懸念に対し、圭は何もないように「ふうん」とだけ答える。ああ、なぜかひやひやする。意思を持った人形って、事前に聞いているものだから。

 それこそいきなり宙に浮いたり動きだしたり髪の毛が伸びたりするのだと思っていたが、特に何事もなく人形はそこにいた。

 動く気配すらない。

 なんだ、とほっとしていると、圭と空美の顔が険しくなる。眉間にしわが寄り、圭の顔には不快そうな、空美の顔には恐怖のような表情が浮かぶ。


「ど、どうしたんだい?」


 思わず尋ねると、圭は「は?」と更に怪訝そうに聞き返してきた。


「おっさん、気付かないの?」

「な、なにを?」

「こいつ」


 圭が親指で人形を指す。が、私にはよくわからない。


 顔が変わった?

 瞬きでもした?

 血の涙でも流した?


 どれもしていないように見える。

 私が良くわからずにいると、圭は大きなため息をつく。そうして、小さく笑う。


「これだからおっさんは」


 失敬だな。だが、分からないものは分からない。

 開き直る私を見て、圭は少し嬉しそうだった。

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