9月6日(金)-3
圭がサービスエリアで大量に買い込んだ食べ物をぺろりと平らげていく様子を半ば感心しつつ見ていると、目的地である水越村に到着した。
「もう着いたか」
圭がいい、荷物を持って車から出る。まあ、ずっと食べていたから、時間感覚はあまりなかっただろう。
私も圭に続けて出、片桐さんに「お世話になりました」と声をかける。
「今日は、ずっとこちらに?」
「いえ、一度戻ります。また帰る際に、桂木様が呼ばれると思いますので」
やはり帰るのか。プロはすごいな。
感心していると、片桐さんはにこやかに微笑む。
「それでは、いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
私は礼を言い、軽く頭を下げる。片桐さんは「はい」と答えたのち、柔らかく車のドアを閉め、戻っていった。
「相変わらず、片桐に礼を尽くすおっさんだな。別にいいって言ってるのに」
「そりゃ、仕事って言われたらそうだろうけどさ。どうせなら、お互い気持ちよく過ごしたいから。お互いというか、私が」
「おっさんは、片桐に礼を言ったら気持ちよく過ごせるの?」
「だって、片桐さんは礼を言う私に『失敬だな』とか言わないだろう? どちらかというと、礼に対して礼で返してくれる。だからこそ、気持ちが良くなるんだ」
圭は私の言葉に「そんなもんかな」と小首を傾げつつ、呟いた。若いから、感覚が違うのかもしれない。
「おっさんは、あれか。バスとかレストランとかで、お礼を言うタイプか」
「タイプと言われると、そういうタイプだと思う」
反射的に言ってるような気がする。
圭は「なるほどね」と言いながら歩き始める。彼の中で、納得したのかもしれない。
「それで、桶田さんのお家は、どこにあるんだい?」
「あそこじゃない? ちょっと、他とは違うから」
圭が指さした先は、高台。
なるほど、確かに他とはちょっと違う。
高台の上にある家の周りに、他の家はない。ちょうど全体を見渡すかのような場所に建っている。村の重鎮だというのも、位置関係から伺える。
水越村は、村、とついてはいるが、古い家ばかりというわけではなかった。
ちょっと新しい家もあるし、コンビニもある。年寄りばかりというわけではなく、遠くで子どもが遊びまわっている声も聞こえる。
田んぼは多いけれど。
「田んぼは多いけれど、耕作放棄地になってるね。仕方ないんだろうけど」
「こういうところも、微妙に寄り付きやすいんだよなぁ。人の手が入らないから、土地自体がくさくさしてる」
「と、土地がくさくさするのかい?」
草まみれなだけに? 駄洒落かな?
ちょっと吹き出しそうになりながら言うと、圭が気づいてむっとする。
「そういう意図はないんだけど?」
ごめん、悪かった。
「手入れを受け、実りを与えてきたんだ。疑似的な取引を行っていたんだから、土地にだって気が宿る。よく地鎮祭だの豊穣祭だのやってるだろ? 土地に感謝して、とかさ」
「形式的なものだとばかり思っていたから」
「形式的なもんだよ、間違いなく。でもさ、やるってことには必ず意味がある。過去に何かあったから、いや、逆に何もなかったからこそ、続けているのかもね」
なるほど、ゲン担ぎとか、そういうのに近いのかもしれない。
「まあ、おっさんはそういうのを集めていけばいいって。溜まりすぎたら喰らっとくから」
何の慰めにもならないんだが、それは。
圭は、ため息をつく私に「まあまあ」といって笑った。
「それよりさ、なんか……変なんだよなぁ」
圭はそう言い、高台の上にある桶田家を見つめた。
「変? 立派な家には見えるけど」
「いや、外観とかじゃなくて、位置でもなくて……匂い、が」
――匂い?
私は、くんくんとそこら辺を匂ってみるが、特に何も感じない。あえていうなら、草木の匂いがするくらいか。
「まあ、いいや。さっさと行かないと、遅くなるし」
圭はそう言うと、桶田家に向かって歩を速めた。私は慌てて追いかける。
結局、圭の言う「匂い」が良くわからなかった。