9月6日(金)-2
快適に移動する車内で、圭が「じゃあ」と口を開いた。
「移動中に、今回の話をしておこっか。事前情報、欲しいでしょ?」
それはありがたい。
「行くところは、水越村。これは言ったか。そこの桶田 空美さんからの依頼。事前調査によれば、桶田家は村の重鎮らしく、昔だと名主とかそういうやつ」
「名家ってやつか」
「そうなんじゃない? そこの当主の奥さんが依頼人。家に代々引き継がれている日本人形が、意思を持っているとしか思えないと相談に来た。どうにかしてほいい、とも」
「動くんだったか。でも、ただ動くだけなら別にいいと思うんだけどなぁ」
嫌だけど。
とてつもなく嫌だけど。ホラーだけど。
でも、特にそれ以外問題がないのならば、代々伝わるのだし、もう放っておいてもいいのでは。
「いいか悪いかっていえば、まあ、行ってみないと分からないけどさ。おっさんは平気なの? 人形が動いても」
「いやだけど。というか、人形自体が苦手だけど」
「俺も嫌だし」
圭でもか。なら、ほとんどの人は嫌だろう。
「いつから動いていたのかな?」
「さあ、依頼人も気付いたら動いていた、って言ってたからな。はっきりとした年月は思い出せないらしい。ただ、ここ数か月で特に気になるようになってきた、と言っていたな」
今まで、動かないただの人形だと思っていたものが動くようになっていたら、さぞ怖かろう。
「お払いだとか、祈祷師だとか、いろいろなものを試してみたけど、効果がないか断られるかだったらしい。あと、当主も嫌な顔をしているみたいだな」
それは意外だ。
自宅に怖い人形があっても、平気なのか。
まさかのここに来て、少数派がいるとは。
「あれ、でも、当主さんは嫌がっているんだろう? それなのに、奥さんがお祓いとか祈祷師とか、それこそ圭君を呼ぶのは、容認しているのかい?」
「高を括っている、に近いと思う。どうせできないのだから、好きにしろ、みたいな。それで気が済むのなら、とか」
「何か知っているのかな?」
「そうかもな。でも、依頼人が聞いても、答えないらしい」
うーん、気になる。
「こっちも情報を探したけど、水越村自体がちょっと特殊らしくて、なかなか情報が集められない。表向きには、何もない、のほほんとした村みたいな事らしくて。とにかく、情報がない」
のほほんって。
「だから、いっそ直接行く方が早いと判断したんだ。ただ、厄自体は少なそうだから、おっさんについてきてほしくてさ」
「厄が少ない場所ってことかい?」
「だって、人が少ないからさ」
「え」
「厄って、良くないところに溜まるんだよ。だから、人につきやすい。人は、良くない感情を簡単に抱くから。そして人が多いと、よりつきやすい人へと移動していく。だから、人が多いところの方が、大きい厄を見つけやすい」
それに比べて、と圭は肩をすくめる。
「のほほんとした村、人口も少ない、そんなところに大きい厄どころか、小さい厄すらいるかもわからない。万が一、力を振るわないといけない時に、空腹だったら使えない。そのための、おっさん」
はいはい、非常食非常食。
「あれ、でも私が厄付だとしても、厄がいないんなら寄り付かないんじゃないのかい? 村に、厄自体が少ないんだろう?」
「少ないっつっても、いない訳じゃないし。むしろおっさんは引き寄せるんだから、ちょっとそこら辺を歩くだけで、大自然の中でも厄を集められるんじゃない?」
綿飴を作る機械みたいだな。
ため息をつくと、圭が悪戯っぽく笑う。
「ほめてるんだけど」
「いや、全然そんな感じがしない」
「俺にとってはありがたい事なんだからさ」
「まあ、うん、圭君にとってはそうかもしれないね」
私が言うと、圭は満面の笑みで「だろ?」といった。
「もうすぐ、予定しておりましたサービスエリアとなります。時間はいかほど取りましょうか」
あ、もうサービスエリアか。早いなぁ、と感心していると、圭が真剣に悩みだす。
「30分……いや、45分」
真剣に悩みだしたと思えば、休憩時間か。圭にとっては大事なのだろう。
「随分、長い気がするんだけど」
「甘いもんばっかり食べたから、今度はしょっぱいもんが食べたい」
ドーナツを食べてから、そんなに時間が経ってないのだが。
それに、予定では到着が一時間半後じゃなかったか? これでは大幅に時間が狂うのでは?
私が心配していると、片桐さんは「かしこまりました」と告げる。
「では、到着予定が少しずれまして、15分遅くなりますが、よろしいですか?」
「うん、平気」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
片桐さんがにこやかに答え、車のドアを開ける。
まさか、片桐さんが予定していた一時間半のうち、30分が圭の休憩時間用だったとは……!
感心していると、片桐さんと目が合う。片桐さんはにこやかに微笑み、私にも「いってらっしゃいませ」と声をかけてくれた。
私は「いってきます」と声をかけ、車を出る。
プロの仕事を垣間見たような、そんな気持ちになるのだった。