表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/21

9月8日(日)−2

 浄華ビルに足を踏み入れ、未だ慣れない関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の前まで進む。

 遠慮がちにインターフォンを押すと「お待ちしておりました、どうぞ」という返答ののち、扉の鍵が開く音が響いた。


「どこかにカメラでもあるんだろうなぁ」


 こちらが何も言わないうちに開けられたので、映像で確認しているのだろう。まさか、時間だからと空いても見ずに開けたとも思えない。

 中へ進むと、エレベーターがちょうど到着し、開く。


「おはようございます」


 扉が開き、華嬢が現れた。今日も美しさに変わりはなく、朝から素敵なものを見られた私の心は踊る。

 いい一日になりそうだ。


「おはようございます。ちょうどいらっしゃったので、驚きました」

「いえ、そろそろかなと思っておりましたし、鍵の操作をしてすぐにエレベーターに乗り込んだものですから」


 華嬢はそう言いながら、エレベーターに誘導する。圭がやっていたようにセンサーに顔を近づけて網膜認証させ、閉ボタンを押した。


「昨日はよく眠られましたか?」

「ええ、なんとか。片桐さんの運転が心地よくて、熟睡してしまった割に」

「まあ」


 華嬢はくすくすと笑う。笑うと可愛らしい印象を受ける。

 他愛のない話をしていると、エレベーターはあっという間に到着する。


「どうぞ」


 華嬢に先行してもらい、いつものように応接室へと通される。

 ああ、またこのふかふかのソファに座れるなんて。

 私は、尻から背中を包み込むその柔らかさに、身を委ねる。なんとも心地よい。


 このソファ、いったいいくらするんだろう。きっと高いのだろうけれど、今まで貯金もある程度あることだし、えいやっと飛び降りる気持ちで買えないだろうか。

 勇気を出して華嬢に聞いてみるか。いや、さすがに恥ずかしいか。


(でも、一人掛けなら……)


 そこまで考え、気づく。

 恥を忍んで購入したとして、一体私の部屋のどこに置くのだろうか。

 いつも過ごしている部屋の真ん中には、どーんとこたつ机が置いてある。居心地が良いながらも狭い我が家は、ベッドとテレビ、こたつ机を置いたらすでにぎゅうぎゅうになってしまっている。何しろ、ベッドがソファ代わりになっているのだから。

 それに、ソファを購入してしまったら、こたつに入れなくなる。


 そう、おしゃれな家にこたつはない。子どもの頃から今に至るまで、友人の家に遊びに行って思うのは、おしゃれな家にこたつは存在しないということだ。

 現に、この応接室にこたつはない。

 当たり前と言えば当たり前だけれども。


「どうされましたか?」


 珈琲を私の前に置きながら、華嬢が尋ねてきた。


「あ、いえ。いいソファだなぁと思って」

「お気に入りなのですね」


 ふふ、と華嬢が笑う。そうして、傍らから一枚の紙を出した。

 明細書だ。


「こちらの明細書に書かれた金額を、近日中に振り込ませていただきます。この度はご協力のほど、ありがとうございました」

「はあ」


 私はぼんやりと思い返す。そういえば、特殊契約書に、銀行口座も書いたっけ。

 そして明細書を手に取って確認し、ぶっと小さく吹いた。

 おかしい。金額がおかしい。二日間の仕事をこなした金額じゃない。


「あの、これ」

「詳しくは明細の内訳をご確認ください。その上で、何かありましたらお願いします」


 私は項目をざっと見る。車代や基本給と言ったところは、ちょっと高めではあるものの、そこまで驚く金額というわけではない。

 問題は「危険手当」だ。

 これだけで、会社の月額半分くらいある。


「こ、この、危険手当、というのは」

「この度の件、どう考えても貴方の厄付という体質を利用しなければ、解決できませんでした。ですが、体質を利用する以上、絶対の安全確保を行えるわけではありません。下手をすれば、貴方の一生を奪っていたでしょう。ですから、その金額は正当なのです。少ないと言われてもいいくらいです」


 ちょっと早口に言われ、私は「はあ」と一応納得するしかなかった。一生を奪っていたかも、とまで言われると、どう返していいか分からない。

 私的には、圭についていって、田舎のお宅に一泊させてもらい、ちょっと不思議な体験をした、くらいなのだけれども。

 というか、そのちょっと不思議な体験すら、危うい。何しろ、よくわからないままに全てが終わっていたのだから。

 微妙ながらも頷く私を見て、華嬢は微笑んだ。満足そうだ。


「他に、何か質問などありますか?」

「あ、そういえば。別口ってどこなんですか?」


 私がそう尋ねると、華嬢の動きが止まった。笑顔のまま。

 しまった、聞いてはいけない類だったか。


「あ、その……ちょ、ちょっと気になっただけなので、別に絶対知りたいっていう強い志を持っているわけでもなくて、その」


 私があわあわと弁明すると、華嬢はぷっと噴き出したのち、苦笑交じりに「分かりました」と答える。


「他言無用で、お願いしますね」

「はい。努力します」


 私が答えると、華嬢は「では」と口を開いた。


「日本中に、今回の水越村の土地神システムといったような、表沙汰にはならない土地がたくさんあります。それらは、殆どが一か所に情報を集約させています。霊的なもの、力場的なもの……そのような、はっきりと目には見えない、だが確実に存在するものを取りまとめ、表に出回らないようにしているのです」

「表に出てはいけないんですか?」

「目に見えないものを強く信じ、納得させるのは難しいでしょう。何しろ『心霊現象の謎を暴け』などというテレビ番組も存在するくらいなのですから」


 ああ、よく夏にやる奴か。


「あれも、単なる霊現象だ、とだけ認知するならば、それでもいいのです。ですが、メディアはそれを『暴こう』とする。それを後押しするのは、そういった不可思議な現象を良しとしない、大衆です」


 それもそうか。怖いもの見たさで見るものの、それが本当にあることだったら怖いから、現実にはあり得ないものなのだ、と思いたい。

 だからこその『暴け』だ。


「目に見えない、よく分からないと言って放置すれば、今回のようになります。土砂崩れや水害といった、目に見える厄災として現れる。それを防ぐためにも、情報の集約は必要なことなのです」

「でもそれは、大変な作業じゃないですか? 日本全国なんですよね。その情報を一つに集約するだなんて」


 そこまで言い、はっとする。

 そんなことができるのは、限られている。日本中の情報を集約できる場所なんて、数えるほどもない。


「おそらく察されていると思いますので、これ以上は言いません。つまりは、そういうことなのです。対策予算として確保された金額が、存在します。それらは我が社のような会社に補助金としておろし、いざ何かあったら……例えば今回のようなケースに遭遇したとき、更に対処金としておろすのです」

「そういえば、圭君が言っていました。情報が集められないって」

「そこが管轄している土地は、表向きの情報しか出してきませんから。それらを担当する職員が、詳細を頭の中に叩き込んで管理しています。なので、詳しい情報を知りたければ、担当者に会うしかないのです」

「情報規制が、きっちりしているのですね」

「はい。紙に残しているのは、最低限の情報だと言います。それすらも幾重ものセキュリティロックがしかれているとか。つまり、情報が漏れたとすれば」

「担当者しかありえない、ということですか」

「あとは……当事者と対処にあたった者でしょうか。いずれにしても、簡単に情報源を引き当てられるようになっています」


 すごい。

 思わず感心してしまった。


「もし、担当者の方に何かあったら、どうなるんですか?」

「そうですね……とりあえず脳が無事ならば、なんとかなると思いますけれど」


 さらっと怖い事を言われたような。

 あえて突っ込まないようにしよう。


「なんだ、おっさん来てるじゃん」


 そう声がしたかと思うと、どす、と私の隣に圭が座った。


「よく眠れた?」

「鈴駆さんと同じことを言うんだね。よく眠れたよ」

「そっか」


 私が答えると、圭はどことなくほっとしたように答えた。

 私が眠れたことは、重要なことだったのだろうか?

 不思議に思っていると、圭は、にっと笑って私の背中を叩く。


「いいっていいって。気にしない気にしない」


 圭は軽く叩いたつもりかもしれないけれど、ちょっと響いているから。痛いから。


「桂木、失礼よ」

「あ、悪い悪い。じゃあ、昼食食べに行こうぜ。この近くなんだろ? その、華お勧めの和食の店って」

「予約は11時半にとってあるから、まあ、少しくらい早い分にはいいかしら」


 華嬢が時計を見ながら言う。時計を見ると、午前11時を指していた。この近くというのだから、少し早く着くくらいになるだろう。


「宜しいですか?」


 華嬢に問われ、私は頷く。むしろ、それも楽しみにしてきているのだから、宜しいに決まっている。


「よっしゃ、いっぱい食べよう」


 上機嫌の圭に、華嬢が「ちょっと」と声をかける。


「桂木、ほどほどにしなさいよ。また出入り禁止になるわ」

「でもさ、大食いの番組いっぱいあるし、流行ってるんじゃない?」

「そういえば、よくやってるね。圭君は出ないのかい?」

「好きなもん食べれないのが、やだ」


 なるほど。納得だ。


「では、行きましょうか。経費で落としてあげるけど」

「へいへい、ほどほどで」

「よろしい」


 華嬢はそう言って微笑んだ。

 私は華嬢と圭の後ろをついていき、浄華ビルから外に出る。

 どことなく、風が涼しいような気がする。


「秋が近いのかな」


 小さく呟くと、耳の奥にせせらぎが聞こえたような気がした。

 それは、水越村全体を流れゆく、川の音にも似ていたのだった。



<白き鎧は村を守り・了>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ