9月7日(土)-8
圭は「華」と呼びかける。
「方法、見つけた。多分、行けると思う」
「念のために、その方法を教えてもらえるかしら。こちらの構築と差しさわりがあってもいけないし」
華嬢がそう言うと、圭は掴んでいた私の肩から手を離し、ずい、と私の背を押した。
「おっさんを使うんだ」
言い方!
言い方を、もうちょっと気を付けてほしい!
「おっさんは厄付なんだから、人形の厄を付けてもらう。なんなら、煽りに煽って人形の厄全部をおっさんにつける」
なんか、怖い。厄って、決していいものじゃなかったはず。
「そうすれば、俺は喰える。おっさんにつくのは厄だから、その厄を喰らえばいい。性質をちょっとだけ変化させれば、多分いける」
ああ、なるほど。私が煮たら食べられる、と言ったから思いついたのか。
華嬢は圭の話を聞き、私の方を見る。
「よろしいのでしょうか?」
「え?」
「あなたを、巻き込むことになります。絶対にあなたに何もない、と言い切れません」
「方法としては、悪くないんですよね?」
「そう、ですね。悪くないと思います。むしろ、よくできた方法だと思っています。ですが」
華嬢は慎重に答える。圭の出した案を、自分なりに考えてみたのだろう。他に方法があるかも、模索しながら。
そして、恐らく、圭が出した以上の案が出てこなかったのではないだろうか。
「なら、構いませんよ」
私の返答に、華嬢は私の方を見つめる。長いまつ毛と大きく澄んだ目が、私をとらえている。ちょっと照れる。
「そりゃあ、怖くないと言ったら嘘になるかもしれません。でも、私にはよくわからない、というのが正直な感想です。昨日、人形と対峙しても私にはよくわかりませんでした。今、こうして空を見上げても、私には分からない。実際に起こった出来事……道路が濡れていただとか、水が流れていたとか、そういうのも見ていませんし」
私から見ればちょっと不気味な人形っていうだけで、普通に見れば綺麗な人形だったし、空を見上げればいい天気だということくらいしか分からない。
「おっさん、鈍いもんな。厄付なのに、鈍いから……」
圭が笑いながら言い、最後にぼそっと「助かる」と付け加えた。
聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな声で。
華嬢は「分かりました」と答え、圭に向き直った。
「やり直しはできない、一発勝負。できるわね?」
「やる。俺一人じゃないし」
圭が笑った。
「それで、私はどうすればいいんだ? なんか、こう、呪文でも唱えるのかい?」
もしそうなら、覚えられそうにない。
圭と華嬢が顔を見合わせ、くすくすと笑いあう。
「そんなのは要らない。ただ、腹に力を入れて、立っててくれればいい」
「できれば、人形に対して極度に恐れたり哀れんだりしないでください」
腹に力入れて立って、人形を気にしないようにする、か。多分、それくらいならできるだろう。
「華、行くか」
「行きましょう」
二人はそう言い合うと、華嬢はししおどしのある辺りに向かい、圭は縁側に腰掛けて靴と靴下を脱ぐ。障子を開けると、人形の姿が見えた。ちょうど、横向きになっている。
「おっさん、こっち来て」
「上がった方がいいかい?」
「いや、縁側の近くでいい。俺はここに立ってるから、横にいてくれ」
私は言われるがままに、圭の立つ縁側に向かい圭の横辺りに立つ。日陰には入れて、ちょっとほっとする。
「おっさん、やるぞ」
圭はそう言うと、ぱん、と柏手を打つ。打ち付けた音が、辺りに広がる。小高い丘の上だから、心なしか村全体に響き渡っていくような気がした。
「此処は汝が場所にあらず」
圭の声が響く。別に大声を出しているわけではないのに、耳の中で反響しているかの感覚にとらわれる。
「我は汝を喰らうもの。汝は我に打ち砕かれんものなり」
圭はそう言い、ぱん、と今一度柏手を打つ。すると、横向きだった人形が、ゆっくりとこちらの方へ体を動かした。
そう、動いた。
中に何らかの機械があるかのように、じりじりと人形が体を回してきたのだ。
怖いと言えば怖いが、まだ日が明るいせいだろうか。単純にすごいものを見た、と思ってしまった。
「もうその依り代は難しいだろう? 思い通りに動かないし、喋ることすらできない。お前の意思を伝えることはできない、単なる入れ物だ」
人形だから、動かないし喋れないのか。じゃあ、喋る人形ならもっと違っていたのかもしれない。ああ、携帯電話とかスマホとかなら、更に違ったのかもしれない。
そんな呑気なことを思っていると、視線を感じた。
人形が、こちらを見ている。
無機質な目が、じっとこちらを見つめている。ううーん、怖くないと言ったが、あれは嘘だった。
――怖い。
私は何とか悲鳴を飲みこむ。なるべく恐れないでほしいと、華嬢に言われたばかりだ。
「寄っかかりたいんだろう? 厄付がここにいるんだ、お前を作る大半は、ここにひかれているはずだ」
前回も思ったのだが、私は夜の懐中電灯か何かに近いのだろうか。こう、虫を呼び寄せるみたいな。
厄を呼び寄せているのだから、さほど違わないのだろうけれど、圭に改めて言われると不思議な気持ちになる。
「汝が場所はそこに在らず。厄となりし汝が場所は、ただ在るべき場所に向かうべし!」
――パンッ!
より強い柏手の音が響く。
すると、ころん、と人形が倒れた。びゅう、と生ぬるい風が吹き、私は思わず眉間にしわを寄せた。
――暑い。
そう思うとほぼ同時に、がしっ、と圭に強く肩を持たれた。
「捕まえた」
圭はそう言って、不敵に笑った。
目を金色に光らせて。