9月7日(土)-7
圭は人形の置いてある仏間を、ちらり、と見る。
障子で隔てているから見えないが、動かしていないのだからきっと同じように人形はいることだろう。
「外には出せない。派手に破壊もできない。喰らうのも性質上難しい」
ぶつぶつと圭は呟く。
「あの……まだ、いた方がいいですか?」
三枝が口を開く。どうしたらいいか分からず、困っているようだ。
「好きにすればいい。どうせ、俺と華は対処しないといけない。そのまま見てもいいし、帰ってもいい」
圭がそういうと、華嬢が「あの」と言葉を続ける。
「このシステムの件で、誰かに話しても構いませんし、ネットで書き込んでも構いません。ただし、写真や動画といったものを残すのは、やめてください」
「話しても、いいんですか?」
驚いたように、総司が言う。
確かに、こういうことって内緒にしておくような気がする。秘密を喋ったものには制裁を! とまではいかないにしても。
「喋っても、よくある都市伝説のようなものとして、終わりますから」
華嬢の言葉に、三枝が「はぁ?」と聞き返す。
「ご内密に、とお願いしたとしても、情報というものは漏れていくものです。でしたら、最初から規制しない方がそれらしくなります。世の中にいつも転がっている、怪談や都市伝説といったものです。ただ、証拠となりえそうなものを付け加えると、私どもが動きにくくなります」
「まあ、そういうのもどっかに出そうとしても、ストップがかかるから意味ないんだけど」
圭がそう言って笑う。
「雑誌だろうと、テレビだろうと、新聞だろうと、ネットだろうと。どのメディアでも大元ってあるじゃん。そこを押さえておけば、こういう『不思議な話』も、単なる不思議な話としてしか存在しないんだって」
なるほど。
確かに、今までいろいろな都市伝説が世の中にはびこってきた。陰謀論だとか、情報操作だとか。一時は盛り上がり、話題に上がっていても、いつしか風化していく。そうして「過去に話題になったトンデモ話」となっていくのだ。
1999年のノストラダムスの大予言が、いい例かもしれない。
世紀末だと盛り上がったものの、結局今も歴史は続いている。途端「あれはただのトンデモ話だ」と、創作物として扱われている。
あんなにも、本当に起こりうる、と言われていたのに。
私も当時は、本当に人類が滅亡するのではないかと不安になったものだ。ちょっと懐かしい。
そして、この「懐かしい」と思うようにすることこそが、華嬢と圭がいう『不思議な話』としてしか存在しない、ということなのだろう。
「口止めできれば一番いいのかもしれませんが、人というものは秘密を永遠と保持できるほど強いものではない、と思っておりますので」
華嬢はそう言って微笑んだ。うーん、美しい。だが、ちょっとだけ、怖い。
「一応、村民には通知はするのですけれど、万が一写真や動画をとった場合、どうすれば」
総司が問うと、華嬢は「そうですね」と答える。
「その場合は、その場で消すように言っていただけますか?」
「消すふりだけかもしれません。ですが、私たちにできることは、限界があります」
「はっきり言えば、どうだっていいんです。写真も、動画も。ただ、こうして言っておけば、記録を残してほしくないもの、と認識ができると思いまして。あとは、同じです。ネットなり、新聞なりのメディアへ表ざたにしようとしても、それは不可能なことなのです」
不安そうな総司と三枝に、華嬢は言う。
「強く締めれば締めるほど、抜け出そうとする者が出てきます。画像や動画を残さないでほしいと言っても、こっそりと残そうとする人が出てくるでしょう。ですが、残しても最終的には表には出てきません。だから、本当は好きにしていただいてもいいのですけれど、あえてこうしてお願いすることにより『ルール違反』だということを明確化できるのです」
「ルールに違反すると、何かあるのですか?」
「何もない、とは言い切れません。あまりにもひどいようですと、こちらから対処するように動くだけですから」
対処、という言葉が、頭の中でくっきりと浮かび上がる。
なんだろう、怖いような、でも知りたいような。
「つまり、こちらがはっきりとお願いすることはこの場所の管理だけです。8年に一度のメンテナンスは、こちらが管理するので問題ありません。必ずメンテナンスをする一週間前には、村長さんと桶田さんに連絡します。なんなら、村役場の方にも通知しましょう」
華嬢はそう言うと、懐から封筒を取り出した。
「後でお渡ししようかとも思ったのですが、不安なようですので、先に渡しておきます。この新しいシステムについての、お約束事について書かれてあります」
華嬢から封筒を受け取った桶田は、三枝と共に中を検める。中から出てきたのは、5枚ほどの紙だ。ちらっと見る限り、びっしりと文字が書かれている。
「どうぞ、室内でご覧ください。私は、桂木と共に新システム構築を行わないといけませんので」
華嬢はそう言って、軽く頭を下げた。
ああ、これは、遠回しな「邪魔するな」ではないだろうか。傍から見ているからそう感じられるが、当の本人たちはそうは思わないだろうから、うまいやり方だ。
見習おう。いつか同じような事になった時、使わせてもらおう。
「華、終わった?」
「おそらく」
ちらり、と総司と三枝、空美の方を見て圭がいう。華嬢は肩をすくめながら笑っている。
やっぱり、厄介払いだったらしい。
「相談に乗ってもらっても?」
「多少なら」
「人形の中身って、結局何?」
圭の言葉に、華嬢は「そうね」と口を開く。
「公式的な資料の中には『人間外の存在』としかなかったから、推測でしかないけれど。川の流れを利用してできた、力と感情の集合体じゃないかしら」
「厄ではなく?」
「厄も含むでしょうね。意識を持っていなかったものも混ぜ込まれていたはず。ただ、今は厄になりかけている」
「無礼者めがって?」
圭はそう言って、悪戯っぽく笑った。
「あーあ、いっそ厄に染まりきってもらった方が、喰いやすいんだけどな」
「今の状態じゃ、喰いきれないでしょうね。あなたでも。でも、厄になりきられると、性質が悪い」
「影響めっちゃ出るよな、これ。ということは、やっぱり強制的に破棄させて、華の新構築を同時にってのが必要か」
圭が「ううーん」と唸る。
あれだけ何でも食べる圭なのに、厄じゃないと食べられないというのは、ちょっと不思議な気持ちがする。
ああ、でも、豆腐の例を出されたっけ。
「大豆なら、煮れば食べられるのにね」
つい、ぽろりと私は口に出した。にがりは飲めないが、大豆なら水に浸けて煮てやれば、食べられる。
そう、どれだけ生食に適さない食べ物でも、調理すれば食べられるのだから。
「……それだ!」
圭が私の肩を、強く持った。力強い。ちょっと痛い。
「おっさん、厄付じゃん」
目をキラキラさせる圭を見て、私はなんとなくいやな予感しか覚えなかった。