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9月7日(土)-6

 華嬢の話に小首を傾げている私をよそに、圭は口を開いた。


「それで、既に崩壊した土地神システムを、どこに落とし込めばいい?」

「そうね。もう現状の土地神システムを継続するのは無理でしょう。もうすっぱり諦めるか、新たなシステムを構築するか」


 華嬢はそう言い、空美の方に向き直る。


「まずは、桶田 空美さん。あなたから我が社に依頼した依頼料は、別口から支払われることとなりました。よって、この度あなたに請求が行くことはありません」

「あ、ごめん、華。じゃあ逆に、こっちに請求が来る」


 圭が口をはさむ。華嬢は不思議そうに「え?」と尋ね返す。


「俺の食事代、依頼料から引いておくって言ったから」

「まあ、それはすいません。依頼料は最初から請求できない状態だったのですね」


 華嬢の言葉に、空美が「とんでもない」と手を振る。


「お食事は、こちらがお願いしたのですから、別にいいのです」

「いえ、尋常な量ではなかったはずです。桂木の食事量は、常軌を逸してますから」


 そこまで言わなくても……いや、言ってもおかしくないか。


「では、後日、改めてお食事代等をお支払いします。とにかく、依頼料は頂きませんので」


 華嬢はそう言い、頭を下げた。空美もつられたように頭を下げた。


「次に、桶田 総司さん、三枝村長さん。お二人には選択していただくこととなります。この水越村の代表として」

「選択、というと」


 三枝の言葉に、華嬢はうなずく。


「諦めるか、新たなシステム構築か」

「諦めると、水害などの自然災害を恐れないといけなくなるのですね。他の土地と同じように」


 総司が言うと、華嬢は「そうですね」と答える。


「はっきり申し上げると、他の土地以上に恐れないといけなくなります。守らなくてはならなかった土地であった、ということは、まぎれもない事実なのですから」


 それもそうか。守らないといけない、と思われる土地だったからこそ、謎のシステムが使われていたくらいなのだから。


「そんな、本当に、そんなことが」


 はは、と三枝が力なく笑う。

 悪しき慣習だ、と彼は言っていた。圭から「不正解」と言われていても、まだ心のどこかで馬鹿にしていたのではないか。

 だが、華嬢の登場で、不安が増したのだろう。

 実際、私も圭たちと関わっていなかったら「言い伝えでしょ?」と一笑に付していたような気がする。心のどこかで、気味の悪さを感じつつ。


「いや、もうここまで言って信じないなら、別にそれでもいいんじゃない? 試しに、無くしちゃえばいいんだし」


 圭が軽く言う。


「でもそうしたら、自然災害が」

「起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。でもさ、別にいいじゃん。日本各地で、いろんな災害が起きてる。ここだっていつ起きるか分からないってだけだ。それに、新しいシステムって華は言ってるけど、それがうまくいくかどうかも分からないし」


 総司の言葉に、圭はひらひらと手を振りながらかぶせた。


「桂木」


 華嬢が諫めるが、圭は「だってさ」と続ける。


「傘型結界だって見えないから実感わかないだろうし、もともと俺が受けた依頼は人形をなんとかする、なんだしさ。もう強制的に排除でいいような気がしてきた。どうするか、ちょっとまだ思いつかないけど」


 ああ、なるほど。面倒くさくなったんだな。

 私が苦笑していると、圭がじろりとにらんできた。心を読まれたかな?

 華嬢は一つため息をつく。全く、という言葉が聞こえてきそうだ。


「実感がわかないのでしたら、それでも仕方がないと思います。新しいシステムを作るにしても、やはり継続的に約束事をしていただくこととなります。それが煩わしいのであれば、いっそすべて無にしてしまうのは、悪い事ではありません」

「ただ、今までのような恩恵は、受けられない」


 総司が言う。

 総司は、唇をかみしめていた。人形が家にあるからか、納得しやすいのかもしれない。


 この村が「土地神システム」というものに守られていたこと、そして、そのシステムがなくなれば今まで通りの平和はなくなるだろうということを。


「だ、だが、他の場所だってうまくやっているんだ! 桶田さん、うちの村だけがそんな訳の分からないものに頼らなくても」


 三枝が言うと、総司は「いいえ」と首を振る。


「先程、社長さんがおっしゃったじゃないですか。他の場所よりも、恐れなければならない、と。半分が山で、川が村全体に流れ、川の近くに家も多数建っている。この状況で、今から自然災害に備えると言っても、難しくはないでしょうか。何しろ、今まで『この村は自然災害に遭っていない』のだから。備えも、心構えも、何もできていない。テレビや新聞の中の出来事だと、他人事だと思っている村民がほとんどじゃないでしょうか」


 総司の言葉に、三枝は言葉を詰まらせる。

 身に覚えがあるのだ。彼も川を見ながら言っていたのだ。「この村は幸いなことに、水害に遭ったことがない」と。


「私は、新しいシステムをお願いしたいです。今度こそ、ちゃんと約束事を守るようにします。きちんと、村の者すべてに説明をして」

「理解してもらえると思うかね?」


 未だに踏み切れない三枝が言うと、総司は「違います」と首を振る。


「理解してもらえるかを危惧するのではないのです。理解、してもらうのです。そうしなければ、この土地は水害に遭うのだと、まずそこを理解していただかないと」


 総司の言葉に、三枝は「うっ」と言葉を詰まらせた。

 本当はしたくないのだろう。なぜなら、説明しなければならないのは、村長である三枝なのだから。だが、同時に自分が引き継がれたことを怠ったせいで、今の状態になっている罪悪感もある。


「……分かった、分かりました! その、新しいシステムとやら、お願いします!」


 半ば自棄になったように、三枝は言った。華嬢は少しほっとしたよに微笑む。

 諦めると言われれば、この村はいつ水害に遭ってもおかしくないのだろう。


「華、俺はその新しいシステムとやら、できないけど?」

「なら、現在の土地神システムをなくすことはできるわね。新しいシステムは、私がやるから」


 華嬢の言葉に、圭は「ええ」と嫌そうな顔をする。


「人形の廃棄も、華がやればいいじゃん」

「それは無理。システム入れ替えの時が、一番危ないもの。あなたのシステム破棄と、私の新構築は、同時に行わなくては」

「方法は?」

「任せるわ」


 にこ、と華嬢は笑う。圭は「投げた!」と言いながら、腕を組んで考え込む。


「華には何か考えがあるの?」

「ないわ。だって、それどころじゃないもの」


 二人が話していると、総司が「あの」と声を上げる。


「先に、約束事を教えていただけませんか? お願いしておいてなんですけれど、できないことを約束はできませんので」


 総司の言葉に、三枝は「そうだそうだ」と同意する。子どもか。

 華嬢は「失礼しました」と頭を下げ、微笑む。


「8年に一度、新システムのメンテナンスをしなければなりません。その際、こちらの場所をお借りしたいです」

「それだけ、ですか?」

「そうですね、それだけです。逆に言えば、この新システムを使い続ける限り、この場所は管理していただかなければなりません。事情を知らぬ人に貸したり、売ったりできません。桶田さんが手放すのならば、村での管理をしなければなりません」

「お金、などは」

「別口からいただくので、それは結構です。ただ、この場所を管理し続ける、というのは、簡単なように見えて簡単なことではありません。その覚悟だけは、お持ちください」


 華嬢がそう言うと、総司は「はい」とすぐに答えた。三枝も暫く口を歪めたのち「わかった」と小さく答えた。

 継続的に管理するのは大変だろうと思いつつも、思ったよりも厳しくない条件に、私は少しほっとする。今度こそ、引継ぎもきちんとされそうだし。

 そして、ふと気づく。


 別口って、なんだろうか。


 すぐにでも華嬢に聞きたくなり、ちらりと彼女を見ると、にこっと微笑んで返された。

 その綺麗な笑みに、後にしよう、と心に決めた。

 終わった後での話題に、すればいいか、と。

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