9月7日(土)-3
三枝家から桶田家の間に、川が流れている。そのため、橋のある場所までぐるっと回らなくてはならなかった。
直線距離ならもう少し早く行けそうなのに、と私は小さくため息をつく。それこそ、川をぴょんと超えることができれば、早そうだ。
いや待て、川を飛び越えることができるのならば、高台までも飛んでいけるのではないだろうか。となると、三回くらい飛べば到着できそうだ。
私が出発点と着地点を考えながら歩いていると、圭に「おっさん」と声をかけられた。
「何か気になることでもあるわけ?」
「え?」
「ずっと、高台の方見てるから」
「いや、その……川を越えていかないといけないから、橋の場所まで行かないといけないだろう? だから、こう、ぴょんと飛べたらいいなって思って」
「……飛んでみたら?」
「飛べたら、高台まで飛ぶかなぁ」
はは、と苦笑交じりに言うと、圭もつられたように笑い、次の瞬間真顔になった。
「川」
圭はぴたりと足を止め、川を見下ろす。川の流れをついっと目で辿ってゆく。
私も何事かと、同じように目で辿ってみる。川上の方に進むと、途中で分岐点があって、そこから高台の方へと向かっていく。
高台から流れる川が、村全体に広がっているようだ。
「この村は、川が多いんですね」
三枝に伝えると、三枝は「ええ」と答える。
「それで水害があるのでは、と不安になっている方もおられるのですけれど、この村は幸いなことに、水害に遭ったことがなくて」
ああ、と私は思う。
人形が、歌子さんが、守っているのだっけ。
「川が流れている……水……そうか、水」
圭が呟きながら、ぐっとこぶしを握る。そして、川の方へと向かって土手を下り始める。
「圭君、どうしたんだ? 川を渡る気なのかい?」
「ちょっと確かめたいだけだ!」
もしかして、圭君なら飛べるのでは、と思ったのだけれども。真剣な様子なので、ぐっと黙っておくことにした。なんとなく、今言うと怒られる気がする。
私もへっぴり腰になりつつも降りていく。さらさらと川の流れる音が、心地よい。水面は日差しを反射させ、きらきらときらめいている。川底が見えるあたり、浅くて水が綺麗なのだ。
圭は川に手を突っ込んだかと思うと、片手で水をすくって口に含んだ。
「こ、ここの水、飲んで大丈夫なのかい?」
お腹が痛くなったりしたら、大変だ。慌てて三枝を見ると、三枝も「あまり飲まない方が」という。
「山水ですから、汚くはないとは思いますけれど、飲み水ではありませんから」
「……そうか。うん、やっぱりそうだ」
圭は私や三枝の言葉が耳に入っていないように呟き、すっと立ち上がった。
「ここ近年、田んぼや畑で、この水をあまり使ってないな?」
「え? え、ええ。田畑を管理している人が、高齢化しているので」
「水害は起きていないが、田畑の用水路に水がいきわたることはなかったか? 水門を閉じているのに」
「それは……すいません、ちょっと分かりません」
「言い方を変える。雨が降ったわけでもなく、水をまいたわけでもないのに、地面が濡れていたり水路に水が通っていたことはなかったか?」
「地面が濡れていたり、水路に水があったり、というのはよくあります。打ち水をしたり使った水を水路に流したりっていうのは、たまに見かけますから、特におかしいとは思ったことがないですけれど」
「分かった。とにかく、桶田家で話す。なんとなく、つかめてきた気がする」
圭はそう言うと、濡れた手を払いながらまた土手を上っていく。
私は三枝と顔を合わせ「行きましょうか」とだけ言い、圭についていく。
圭が何が分かったのかは、私には分からない。だけど、水が関係しているのだろうな、ということだけは分かった。
そういえば、桶田家の庭には、ししおどしがあったっけ、と私は思う。山水を引いていると、言っていたような。
あの水が、同じように村全体に流れているのかもしれない。
なんとなく、頭の奥で「かこん」という音が響いたような気がしたのだった。