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9月7日(土)-1

 目が覚めると、圭はすでに着替えていた。


「おっさん、おはよ」


 欠伸一つすることなく、圭は挨拶をした。私もそれに返し、もそ、と起き上がる。


「俺さ、思ったんだけど」


 圭は切り出す。私の頭が動き始めたばかりなことを考慮しない当たり、朝からずっと考えていたのかもしれない。


「あいつは、村を守っている。ということは、村で大掛かりなことが起こっている必要はないんだ。あいつが村の中の出来事で、何か気に食わないことが起こり、それに対して抗議しているかもしれない」

「気に食わないこと……なんだろう」

「守ってるから敬え、が根本にあるとして、敬われていないと感じるわけだ。祭があったわけではないのならば、そういう類の敬い方ではない、ということだ」


 圭はそこまで言い、はあ、とため息をつく。「まあ、ここまでなんだけどさ」


「それじゃあ、今日はちょっと村の方を回ってみるかい? もしかしたら、桶田さん達では気づかないものが見つかるかもしれないよ」

「例えば?」

「え、なんだろう……この村の、良いところとか?」


 私の言葉に、圭はぶっと噴き出した。


「それに気づいてどうするつもりだよ」

「いや、だって、普段住んでいる人が気づかないところって、そういうところじゃないかなって」


 圭はひとしきり笑ったのち、よし、と気合を入れた。


「朝食食べさせてもらって、村に行くか」


 台所の方から、良い匂いが漂ってきていた。圭はご機嫌でそちらへと向かう。

 私は未だに自分が寝間着であることに気づき、慌てて着替えるのだった。


 □ □ □ □ □


 朝から大量の食糧が消えていく様を眺めたのち、私と圭は小高い丘から降りて行く。


「やっぱり、イメージとは違ったなぁ。もっと、村っていう感じだと思っていたんだけど」

「なんだよ、それ」

「村、と聞くと、田んぼと畑が広がってて、ちょこんちょこんと古めかしい大きな瓦屋根の家があって、馬とか牛とか鶏とかの動物がいて、店が昔からある雑貨店しかない、みたいな」

「微妙にありそうだけど、ここはそう言うのじゃないな。あと、おっさんの偏見がだいぶ入ってそう」

「私の実家の、もうちょっと奥の方に行ったらあるよ」


 圭はさして興味もなさそうに「ふうん」とだけ返した。


「まあ、おっさんの思う村ではないよな」

「そうだね。結構新しい家がいっぱいあるし、コンビニだってあるし、あっちにはスーパーやホームセンターもあるし」


 私が言うと、ぱた、と圭の足が止まった。


「新しい、家」


 それだけ言うと、圭は口元に手を当て、考え始める。

 その時、きゃあ、という楽しそうな声が聞こえ、そちらに目をやる。子どもが、浅い川で水遊びをしている。近くに大人も立っている。


「結構若い人っぽいなぁ。あの新しいお家の人かな?」


 私が言うと、圭は何かを思いついたように、ずかずかとそちらに向かっていく。ちょっと、と止める私の声も聞かず。


「おはようございます」


 子どもについているお父さんらしき人が、挨拶をしてきた。圭は「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」と、挨拶を返すことなく話し始める。


「新しい家に住んでいる人?」

「新しい……ああ、そうですね。今年の四月ごろに引っ越してきましたから」


 訝しげに答える男性に、私が「すいません」と割って入る。


「この村の調査をしておりまして、ちょっとだけ話を聞かせてもらいませんか? 特に、不都合なことはありませんので」

「何かあれば、あの高台の桶田家に言えばいい」


 圭がそう言うと、男性は「はあ」と答えてから、ちらりと高台に目をやる。特に何も感じる様子はなさそうだ。


「引っ越したのは、仕事関係で?」

「いえ、妻の実家が近くにありまして。私は在宅ですし、仕事のための立地はどうでもよかったんです。妻も在宅で、今は赤ちゃんもいますし」

「赤ちゃん……可愛いんでしょうね。何か月ですか?」


 私が尋ねると、ちょっと嬉しそうに「三か月です」と答えた。


「ここに住むとき、挨拶回りは?」

「もちろんしました。近所回りと、村長さんのところに」

「桶田家は?」

「一応ご挨拶にはいきましたよ」

「子供も一緒に?」

「いえ、私だけで。妻はその時、まだ妊婦でしたから」

「それで、子どもが生まれたのち、もう一度挨拶したりは?」

「いえ……役所に届けて、村長さんにも一応電話をしました」

「奥さんの実家は、何か言ってこなかったか?」

「むしろ、挨拶をした方がいいと言われたので、電話をしたんです。特に何も言われませんでしたけれど」


 圭はそこまで聞き、ぺこ、と頭を下げた。


「ありがとうございます」


 珍しく丁寧な礼を言い、くるりと踵を返す。私も慌てて「ご協力ありがとうございました」と一礼し、圭を追いかけた。

 男性はやっぱり、不思議そうな顔をしていた。


「圭君、何か分かったのかい?」


 小走りで追いかけて尋ねると、圭は「もしかしたら」と呟く。


「挨拶してないって思ってるんじゃねぇか?」

「挨拶? 誰が?」

「あいつだよ、人形。あいつ、新参者のくせに挨拶してねぇって思ってるんじゃないか?」

「いや、でも、一応行ったって」

「旦那一人でな。子ども達と、妻と、生まれた子供はしていない」

「そんな、まさか……たったそれだけで?」

「それだけって言うけど、おっさんの会社で考えてみろよ。新入社員がごそっと入ってきて、そのリーダーが一人だけで社長に挨拶して、その上リーダーが勝手に一人社員を増やしていたら、社長はどう思うんだよ」

「それは……ちょっと嫌かも」

「ついでに言えば、新しい家はあの一軒だけじゃない。その全部があの人形のところに挨拶しているとは思えない」

「村長でもないしね、桶田さん」


 圭は、はあ、と大きなため息をつく。


「どうしてくれようかな」


 高台に建つ桶田家を見つめ、ぽつり、と圭が呟いた。

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