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9月4日(水)

 電話がかかってきたのは、アパートに到着した瞬間だった。

 どこかで見ていたのか、と疑いたくなるほどのタイミングの良さ。


「もしもし」


 苦笑交じりに電話に出ると、軽い「よっ」という声が聞こえた。


「おっさん、久しぶり。肩、重くなってない?」

「少しは重い気がするけれど、突然だね、圭君」


 私が答えると、電話の向こうの桂木 圭(かつらぎ けい)は、くすくすと笑い返した。

 私は、厄付(やくづき)、という体質なのだそうだ。

 厄、という悪霊みたいなのを呼び寄せるものの、何の対処もせずに増やしていくという。その増えた厄を喰らい、力をふるう拝み屋を、圭は生業にしている。

 先月、彼の仕事に同行し、どういった事をするのかを体験させてもらった。驚きと初体験の連続だったそれを、どう言い表せばいいのかは分からない。


 なんか、とにかく、すごかった。

 その縁で、私は彼が所属する「株式会社 浄華(じょうか)」と特殊契約を結んだ。いわゆる、お手伝いだ。


「おっさんさぁ、今週末、空いてる?」

「7日と8日か。今のところ、予定は入ってないけれど」

「うーん、じゃあ6日は?」

「金曜日はなぁ……アポは入れてないから、午後からの休みなら入れられそうだけれど」


 私が言うと、圭はしぶしぶと言ったように「じゃあ」と口を開く。


「6日の昼からでいいや。多分、8日までには決着つけられると思うし」

「ええと……先に何がどうなのかを教えてもらっていいかな?」

「いや、察せられるでしょ、おっさんなら。お仕事だよ、お仕事。ちょっとついてきてほしいんだけど」


 ああ、非常食の役割か。


「こういうのって、鈴駆(すずかけ)さんから話があるのかと思ったよ」


 鈴駆 (はな)嬢、圭の上司で、浄華の代表取締役社長だ。とにもかくにも美しい人で、そばにいるだけで緊張をする。


「ああ、ごめんごめん。華と電話したかったんだな」


 揶揄うような口調で圭が言う。


「いや……やっぱり緊張するから、圭君で良かったかもしれない」

「そりゃ、どうもというか……なんか、ごめんな?」


 変な同情はやめていただきたい。綺麗な人相手に緊張するのは、仕方がない事なのだ。


「それで、結局6日の何時にどこに行けばいいんだい?」

「そうだなぁ……あのドーナツ屋でいっか。あそこに、とにかくおっさんが来れる最速で来て」


 難しい事を言われた。


「俺、ドーナツ屋で待ってるからさ。おっさんがなかなか来ないストレスをドーナツにぶつけてるから、まあ、遅くなっても俺にデメリットはなくなるじゃん。だから、ちょうどいいかなって」


 つまり、あれか。

 私が早く着くとすぐに移動できてラッキー。

 私が遅くなるとたくさんドーナツが食べられてラッキー。

 どちらに転んでも圭は幸せということか。


 代わりに、私は早く行かねば待たせている罪悪感を増し続け、ドーナツ屋さんは在庫の心配をしなければいけなくなるという事態になるわけだ。……なるほど?


「泊りがけになるのかい?」

「うーん、多分。なるべく早く終わらせたいけど、ちょっとわからない」

「どういった内容か、今聞いてもいいかな?」

「人形がさ、動くんだってさ」

「え」

「だから、家にある人形が動くんだって。だから、意思を持ってるんだろうなって」


 ホラーだ。

 私は、日本人形だとか、フランス人形だとか、そういう人間味を帯びた人形が、怖い。

 恐怖番組で髪が伸びたり、口元が歪んだり、ちょっとずつ動いたり、そういう演出にめっぽう弱い。あと、お化け屋敷も怖い。

 人生において、絶対行かないと決めている場所の一つが、お化け屋敷だ。彼女ができたとしても、決して行かないだろう。彼女が大好きだから、と誘ってきたとしても。多分。


「誰かの魂が宿っているんなら、簡単なんだけどなぁ」

「その人形、持ってきてもらえばいいんじゃないかい?」

「それがさ、家から出せないんだってさ。車がパンクしたり、風呂敷が破れたり、突然子どもが熱を出したり。人形を出すのを諦めると、ぴたっとそういう不幸は終わるんだと」


 まあ、車はパンクしたままだろうし、風呂敷も直ったりしないだろうけれど。

 というか、完璧なホラーじゃないか。ますます怖い。


「それ、呪いの人形ってやつなのかい?」

「どうだろう。でも、呪いの人形となると、一体何を呪っているのかが分からなくなるじゃん。余計混乱する」


 ああ、そういう返し方なのか。

 なんとなく怖いという表現で呪いという言葉を使うのではなく、本当に存在する手法の一つとしての言葉として使うのか。

 さすが、拝み屋。


「とにかく、一泊できるくらいの荷物は用意しといて。今回は温泉宿とかはないかもしれないけどさ。観光地じゃないし」

「ええと、どこに行くかを聞いても?」


 圭は「まあいっか」といったのち、地名を告げた。「水越(みずこえ)村」と。

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