日陰の妖精 第1話
「お嬢様、あの方が紫乃さんなんですね?」
「ええ。」
あたいの名前はお里。ここ公爵家で女中をしてる。紫乃さんとは先ほど見送った赤い振り袖の少女。春江お嬢様からよく彼女の名前を耳にする。
「同じ華道倶楽部の娘ですわ。」
「あたい、いえ私はてっきり紫乃さんを妹にするかと思いました。」
「うふふ、お里。わたくしと二人きりの時はあたいでもいいわ。そうね。紫乃さんとは一緒にいると楽しいわ。でもわたくしは心に決めた方がおりますの。」
お嬢様は屋敷に入っていく。
あたいがこの公爵家に来たのは10才の時。父ちゃんが賭博で借金作ってこの屋敷に奉公に出された。お母ちゃんは私が3才の時に死んだ。兄弟は兄ちゃんと妹。兄ちゃんとあたいはそれぞれ別の場所で働くことになった。この屋敷に来た時に持っていたのはお母ちゃんが結婚前に着てた振り袖だけ。これも借金の肩に持ってかれそうになったけど絶対に離さなかった。だって唯一のお母ちゃんの形見だったから。
あたいは仕事にはすぐ慣れた。水汲みや薪割りに火起こしなんていつもお母ちゃんの代わりにやってたから。だけどどうしても慣れない物があった。
「お里。」
ある日薪を割っていると先輩の女中があたいを呼びに来た。
「夕食の買い出しに行っておくれ。それが終わったら洗濯物全部取り込みな。」
「あたい1人でやるんですか?」
「あたいだってよ。ははは」
先輩の女中達が大声で笑い出す。
「お里、あたいじゃなくてわたしだよ。」
「お前、まともに学校も通ってないんじゃないかな?」
学校は地元の尋常小学校を4年間通っただけ。だけどあたいのせいじゃないのに。
買い物から返ると広間には誰もいない。大きなピアノが目に見える。春江お嬢様がよく弾いている。蓋を開けて鍵盤に指で押してみる。
音は出るが春江お嬢様のような軽やかな音色は奏でられない。
「お里?」
「お嬢様!!」
白い丸襟に桃色のワンピースの春江お嬢様か立っていた。学校から帰ってきたのだろう。
お嬢様はいつも洋装で登校される。
「お里もピアノのを弾くの?」
「いっいえ。」
私は買い物籠を持って台所に向かおうとする。
「お待ちになって。」
お嬢様があたいの手を掴む。
「一緒に弾きましょう。わたくしが教えてあげるわ。」
あたいはお嬢様と一緒に椅子に座る。
「ここ押してみて。」
先ほど同様に指で押してみる。音が出た。
「これはドよ。この隣がレ」
お嬢様が隣の鍵盤を押す。
「この隣がミ。弾いてみて。」
「ド レ ミ」
あたいはお嬢様の言われた通りに弾く。
「そうよ、上手いわ。」
あたいはお嬢様に手を握られながら褒められると顔が赤くなる。
「お里、こんなところにいたのかい!!」
先輩が呼びに来た。そうだ、あたいは夕食の準備があったんだ。
「お嬢様、あたい、じゃなくて私行きますね。」
一礼して去ろうとした時
「お里」
お嬢様はあたいの手を握る。
「また一緒にピアノ弾きましょうね。」
「はい。」
あたいは笑顔で答える。