第95話 上等
◆ カルスの上 ◆
空はよく晴れている。
視界は良好で飛行は順調。
次第に高度を上げていく。
いくつかの薄い雲を抜けた。
速度を上げて飛んでいく。
ナラタの国、オノレノの町へ。
ガシマたち隊員は地上の景色を眺める。
すべてが小さく見えている。
人も、家も、街道も。
アヅミナ「この辺で交替しよう」
アヅミナは魔力を弱める。
カルスは大きくぐらりと揺れる。
スゲチ「おっ!」
アヅミナ「どうすればいいか。
もう分かるでしょ。
あたしの操縦を見ていたのなら」
シンモク「任せろ」
操縦を任された3人の隊員。
ユイ、スゲチ、シンモクは真剣な顔。
力を合わせ、操縦する。
揺れはなかなか収まらない。
ガシマ「はっはっは。墜落させんなよ」
ユイ「なんとかしてみせる!」
飛行は再び安定し始めた。
アヅミナ「…上出来です」
ユイ&スゲチ&シンモク「………」
そして、カルスは国境を越えた。
都があるアマシロの国の国境を。
高く連なる山々が遠く向こうに見えてくる。
ガシマ「治療院で…
エオクシがシノ姫を叱ったらしい」
ユイ&スゲチ&シンモク「…!?」
オンダク「なんだと?」
ガシマ「今朝のことだ」
ユイ&スゲチ&シンモク「………」
オンダク「命知らずなやつだ」
ガシマ「いつものことさ」
オンダク「それで、シノ姫はどうした?」
ガシマ「説明すると言ったらしい」
オンダク「説明?」
ガシマ「オレたちが戦ってる相手が誰なのか。
今、何が起きているのか。
シノ姫が説明するそうだ」
オンダク「そうか」
アヅミナ「………」
山岳地帯の上空で、再び交替する。
操縦者はアヅミナに。
ユイ、スゲチ、シンモクの緊張が解ける。
ユイ「それにしても昨日の隊長なんなんですか?
せっかくみんなで戦おうって空気だったのに」
ガシマ「まあ、そう言うんじゃねえ。
仕方ねえだろ。
あんなもんを見せられちゃあ」
オンダク「秘術の力…。誰だって気力をなくす。
あんな気味の悪い光を見せられたらな」
ユイ「だからって…
あのときの隊長はもう少し…」
スゲチ「ユイ。
隊長は…マサミチはオレたちとは違う。
根本的に違うんだ。あいつは」
ユイ「根本的に違う…ですか」
隊長のマサミチはもともと戦士ではない。
文官として政府に任用されている。
オンダク「あいつが隊長だから
オレたちは好き勝手にできない」
ユイ「………」
ガシマ「そうだ。
それがよくもあり、悪くもある」
大前隊第一隊の隊長。
その職は文官から選ばれることになっている。
それが、長く続く政府の方針。
ガシマ「オレたちは結局のところ戦闘員。
いくら世間にもてはやされていたって、
根っこのところは信用されちゃいねえ。
オレたちには力がある。強い武力がある。
何かしでかさないか見張っておく必要がある。
隊長はその見張り役も兼ねてるってわけだ」
オンダク「………」
ユイ「第一隊は選ばれた頂点なのに。
なぜ信用されてないんですか?」
ガシマ「21年前のことだ」
ユイ「あ、それ私が生まれた年だ」
ガシマ「ノイ夏の乱が起きた。
そのときの事件が今の関係を作っている。
オレたち大前隊と政府上層部との関係を。
そう言っても過言じゃねえ。オレはそう思う。
当時のことを直接見たわけじゃねえんだが…」
ノイ夏の乱。
21年前の夏、ノイ地方で起きた政府への反乱。
ノイ地方の民が武装蜂起した。
政府は多数の兵を動員し、これを鎮圧。
その2年前の春にも同様の乱は起きている。
その乱はノイの乱と呼ばれている。
それに比べると夏の乱は小さなものだった。
シンモク「その1件、聞いたことがある」
スゲチ「多数の戦死者を出した春の乱。
それに比べたら、夏の乱は地味な事件。
だが、決定的な過ちを犯した…らしい。
あのとき、大前隊は。そういう話だろ」
ガシマ「そうだ。詳しいことはオレも知らん。
だが、前に話を聞いた。
以前、一隊にいた者から。その過ちについて」
ユイ「どんな過ちですか?」
ガシマは遠くの山を眺めて言う。
ガシマ「大前隊の中に裏切り者が出た」
ユイ「裏切り者?」
ガシマ「ノイ民から多額の金をもらい、
都で何かやらかしたらしい。乱に乗じて。
何をしたのかは詳しく知らん。とにかく、
そいつは重大な過ちをしでかしたらしい」
ユイ「重大な過ちって?」
ガシマ「スゲチ、何か知ってるか?」
スゲチ「知らんな。シンモクは?」
シンモク「知らねえ。オンダク知ってるか?」
オンダク「知らん」
ユイ「………」
ガシマ「乱が鎮められたとき、
その隊員は捕まった。
ノイ地方に逃げていくところだったそうだ。
抵抗してきたからその場でそいつは殺された」
ユイ「そうなんだ」
アヅミナ「…精神操作」
5人の隊員はアヅミナを見る。
アヅミナは前方の空を見つめたまま話す。
アヅミナ「闇の魔術で精神操作されていた。
魔術院ではそんなふうに言われてるよ」
ガシマ「………」
◆ テノハ ◆
アルジたちの前に現れた男。
まだかなり若い。
整えられた頭髪。
上等な衣装に身を包んでいる。
左の手首には、細い金属の腕輪。
腰に携えているのは、木製の杖。
彼は、小さく右手を上げる。
男「やあ」
アルジ「…ああ」
リネ「こんにちは」
男「君たち魔学校マスに何か用かい?」
ミリ「マスタスって人を探してます」
男「マスタス…。マス先生のことか?
君たちは一体…」
エミカ「学校を見学させてもらおうと思って…」
男「そうか。僕はハカタミ。学生だ。
マスの2期生だよ」
リネ「そうなんですね。先生は学校にいる?」
ハカタミ「今日は休校日だ」
アルジ「休校か。休みなら仕方ないな」
ハカタミ「先生は休校日でも来ることがあるよ」
ミリ「そうなんだ」
ハカタミ「熱心な方だから。
授業の準備のためによく来るよ。
休校日でも。君たちどこから来たんだ?」
アルジ「クユの国、ナキ村だ」
ハカタミ「遠くから来たんだね」
アルジ「君は?この町に住んでるのか?」
ハカタミ「そうだよ。学校の近くに住んでる。
ちなみに僕はアラヨク出身だ」
アラヨクはナラタの国の商業都市。
多くの人と物が行き交う。
その町の大きさは都には劣るが、大陸有数。
ワノエやオノレノよりもずっと大きい。
リネ「あなたも遠くから来たのですね」
ハカタミ「そうだよ。今は寮生活だ」
アルジ「寮があるのか」
ハカタミ「そうだよ。基本的に学生は寮生活。
それが魔学校マスの決まりだ」
ミリ「近くに寮があるの?」
ハカタミ「あっちだ」
彼は指差す。
灰色の四角い建物が1棟建っていた。
そこから2人の男と1人の女が出てくる。
アルジたちの方へ歩いてくる。
女「どうしたの?」
ハカタミ「やあ、ナオメ。
この人たち、学校見学したいんだって。
マス先生に会いたいらしい」
ナオメ「今日は休校日だよ」
ハカタミ「うん。でも、さっき説明したんだ。
休校日でも先生は来ることがあるって」
ナオメ「いつ来るか分かんないよ」
ハカタミ「そうだけど…」
ナオメ「先、行ってるね」
ハカタミ「ああ、あとで追いかける」
ナオメ「じゃ!」
ナオメと2人の男は森の方へ消えていった。
ハカタミとナオメが話している間のこと。
2人の男は一切言葉を発しなかった。
距離を置き、じっとアルジたちを見ていた。
リネ「ごめんなさい。お邪魔したみたいね」
ハカタミ「いいんです。
今日は自主練習ですから。
学生同士集まって出かけるだけですから。
魔力を少しでも高めるために」
エミカ「熱心なんだな」
ハカタミ「先生の熱意に比べたら全然ですよ」
アルジ「先生の熱意…」
ハカタミ「僕は迷っていたんです」
アルジ「迷ってた?」
ハカタミ「父の会社を継いで、
経営者になる予定だった」
ミリ「お金持ちなんだ」
ハカタミ「そんなでも…いや、そうでもないか」
リネ「なんの商売を?」
ハカタミ「衣類や装飾品の関係です」
ミリ「そうなんだ。確かにそんな感じ」
ハカタミ「都のそれなりに有名な学校に入り、
経営について学びました。
服飾についても学びました。
卒業まで学ぶことの連続でした。
課題図書を読んだり試験を受けたり。
それはもう…
びっしりと予定が入っていて、
ただそれをこなす毎日。
楽しむ余裕なんてほとんどなかった」
エミカ「大変だったな」
ハカタミ「だけど、楽しみなこともあった。
卒業すれば、会社を継いで大きくしていける。
学校で学んだことを生かして活躍できる。
そんな楽しみというか、自分への期待です」
アルジ「継いだのか?会社を」
ハカタミ「それが…」
ミリ「継がなかったの?」
ハカタミ「あれは…そうだな…どうしてだろう…」
ハカタミは沈黙した。
寮から2人の女が出てくる。
女A「ハカタミ!今日、自主練でしょ」
女B「何してんの?」
ハカタミ「ちょっと世間話」
女A「そう」
女B「先行ってるね」
ハカタミ「うん。あとで追いかける」
2人の女も森の方へと消えていく。
ハカタミ「あの子たちも学生なんだ」
エミカ「同じ2期生か」
ハカタミ「そうだよ。2期生は全部で6人。
マスに通っているのはこれで全員」
アルジ「6人。たった6人なのか?」
ハカタミ「そうだよ。少人数制の学校だから。
マスは」
アルジ(ナキ学校の方がもっと生徒がいた。
成り立つのか?そんな学校が成り立つのか?)
ミリ「会社は結局どうなったの?継いだの?」
ハカタミ「ああ、結局、会社は継がなかった」
アルジ&エミカ&リネ&ミリ「………」
ハカタミは下を向き、小さく首を横に振る。
それから、アルジたちに視線を戻す。
ハカタミ「どうしてだろう。
いざ会社を継ぐときになったら、
僕の中の熱が失われていたんだ。
あれは、学校の卒業式の日だった。
同級生の友人たちと集まって、
ささやかな宴会をした。
卒業できたこと。
これから社会に羽ばたいていくこと、
祝うための宴会だ。あれは楽しい会だった。
何か大きなものから解放された気がしていた。
僕らを待ち受けているのは、
どこまでも広がる自由な青空。
あの場にいた友人たちの誰もが
同じ気持ちだったと思う。
高揚した気分で将来について語り合った。
今まで知らなかった友人の野望も聞けた。
そのときだった。
頭の中でガシャンと音がした気がした」
アルジ&エミカ&リネ&ミリ「………」
ハカタミ「ふと、これでいいのかと思った。
僕の人生は本当にこれでいいのだろうかと。
都からアラヨクへ帰る途中、問いかけた。
自問自答を繰り返すうち失われていった。
心の熱が。失われるのがはっきり分かった。
深刻な度合いで。アラヨクに着いた頃。
僕の心は冷え切っていた。
僕はもうどうでもよくなっていた。
経営も服飾も。父の会社のことも」
アルジ&エミカ&リネ&ミリ「………」
ハカタミ「恵まれ過ぎていたんだと思う。
僕は不自由なく育てられた。
上等な食事を与えられ、
上等な玩具を与えられ、
上等な教育を受け、
上等な衣服を身にまとい、
上等な家に暮らす…。
会社を継ぐことは、その続きみたいなもの。
いいのか。それで本当に。
その問いは、頭から離れなかった」
アルジ&エミカ&リネ&ミリ「………」
ハカタミ「何かほかのことをしてみたくなった。
これといったものがあったわけじゃない。
だから、とにかくいろいろやってみた。
今まで関心のなかったことをやってみたんだ。
演劇を鑑賞したり演奏会に足を運んでみたり
武術の道場に通ったり踊りを習ったりもした。
短期間だけど、肉体労働したこともあった。
そんなとき、出会ったのがマス先生だ」
アルジ&エミカ&リネ&ミリ「………」
ハカタミ「ちょっとした買い物の帰り道。
何気なく劇場に立ち寄ったとき、先生はいた。
入口の広間で先生は熱心に紙を配っていた。
何が書いてあるのか。受け取って内容を見た。
それにはこう書いてあった。
新しく学校を開く。魔術の学校を。
森の中の、小さな町の片隅に。
学生は半年間、そんな静かな環境で訓練する。
誰でも無理なく魔力を身につけられる。
そういう内容だった。僕は、これだと思った」
アルジ「入学することにしたのか」
ハカタミ「うん。すぐに決めた。
マス先生に伝えた。入学したいと。
その場で。先生は喜んでくれた。
でも、半年待ってくれと言われた。
もう1期生の枠は埋まっていたんだ」
リネ「それで、あなたは待つことにした」
ハカタミ「そうだ。
半年くらいどうってことないと思った。
とにかく心引かれた。
魔力を身につけるということに。
新たな自分を見つけられるような…
そんな気がした。それに…」
ミリ「それに?」
ハカタミ「この町の環境がよさそうだった。
入学して住んでみて一層好きになった。
とても静かで」
エミカ「学校はどうなんだ?」
ハカタミ「素晴らしいよ。思ってた以上だ。
学費は結構したけど、見合っていると思う」
エミカ「どこがどう素晴らしいんだ?」
ハカタミ「そんな怖い顔して聞かないでよ」
エミカ「………」
ハカタミ「見学すれば分かる。
先生と会ってみれば分かる。
ここから先は…
僕があれこれ言うことじゃないと思う。
それじゃ、そろそろ自主練に行くよ」
エミカ「………」
リネ「さようなら」
ハカタミ「はい!さようなら」
ハカタミは去っていった。
そして、森の奥へ消えていく。
◇◇ ステータス ◇◇
◇ アルジ ◇
◇ レベル 23
◇ HP 2277/2277
◇ 攻撃
34★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 防御
26★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★
◇ 素早さ
28★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★
◇ 魔力 5★★★★★
◇ 装備 勇気の剣、雅繊維戦衣
◇ 技 円月斬り、剛刃波状斬撃、朔月斬り
◇ エミカ ◇
◇ レベル 19
◇ HP 1452/1452
◇ 攻撃 9★★★★★★★★★
◇ 防御 12★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
33★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 魔樹の杖、深紅の魔道衣
◇ 魔術 火球、火砲、火樹、火海、王火
◇ ミリ ◇
◇ レベル 16
◇ HP 1008/1008
◇ 攻撃 4★★★★
◇ 防御 7★★★★★★★
◇ 素早さ
17★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
34★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 魔石の杖、紺碧の魔道衣
◇ 魔術 氷弾、氷柱、氷乱、氷渦、王氷
◇ リネ ◇
◇ レベル 27
◇ HP 1011/1011
◇ 攻撃 7★★★★★★★
◇ 防御
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ 14★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
31★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★
◇ 装備 天界石の杖、創造の杖、聖星清衣
◇ 魔術 雷弾、雷砲、雷柱、王雷
岩弾、岩砲、岩壁、王岩
光玉、治療魔術、再生魔術、蘇生魔術
◇ 持ち物 ◇
◇ 治療魔術薬 10、魔力回復薬 20




