第87話 対立
◆ イシナ茶屋 ◆
店員がアルジたちを案内する。
窓際の席に座った。
四角い座卓に向かい合って座る。
窓からイシナ川がよく見える。
空は晴れ上がり、水面が輝いている。
近くの席はどこも客で埋まっている。
店内に話し声が絶えることはない。
リネ「あの頃からほとんど変わってない。
この席に私たちはよく座った」
アルジ「マスタスと…か」
リネ「ええ」
エミカ「リネさん」
リネ「話題を変えましょう…」
座卓に置かれた品書きを手にするミリ。
ミリ「ねぇ、何食べる?」
リネ「イシナ定食がいいと思う」
アルジ「イシナ定食?」
リネ「少し脂っこいけど、おいしいから」
注文を取りにきた店員にアルジは告げる。
アルジ「イシナ定食を」
リネ「私はいりません」
アルジ「3つ」
店員「かしこまりました」
リネ「私はイシナ茶を」
店員「かしこまりました」
去っていく店員。
リネ「お腹空いてないんだ。みんなは食べて」
アルジ「そうか」
エミカ「………」
アルジたちはイシナ川や店内を眺める。
誰も何も話そうとしない。
リネの注文した茶が先に運ばれる。
そのあと定食が運ばれる。
ミリ「おいしそう。いただきます」
アルジ「食べるか」
エミカ「いただきます」
アルジ「いただき…」
リネ「事態は思ったより深刻だった」
アルジ「…え?」
エミカ「………」
リネ「魔真体の話。あんなことが本当に…
あれがもし…真実なのだとしたら…」
ミリ「大丈夫ですよ。私たち強いですから」
エミカ「そうです。大丈夫です。リネさん」
リネ「………」
アルジ「魔真体を目覚めさせて大陸を変える…。
でかい話過ぎて…本当だって思えない」
リネ「とにかく食い止めましょう。
彼らを私たちで。魔真体さえ…
魔真体さえ目覚めさせなければ…」
エミカ「…そうですね。きっとうまくやれます。
そのためにも…作戦を立てましょう」
アルジ「そうだな。作戦だ。みんなで考えよう」
ミリ「完璧なのにしよう。
こっちが絶対負けないやつ!」
アルジ「おう、そうだな」
リネ「作戦のことはもういいの」
アルジ「…え?」
エミカ&ミリ「………」
リネ「ありがとう。真剣になってくれて。
あなたたち言ってくれたでしょう。
ホジタ所長に。思っていることを。
嬉しかった。聞いてて本当に嬉しかった。
でも、それと同時に思ったんだ。
どうして私は…あなたたちに…
言わせてしまってるんだろうって。
本当なら私が言わなきゃならないのに…」
アルジ「そんなこと気にするな。
オレは我慢できなくて言っただけだ」
エミカ「リネさんは言いづらくて当たり前です。
所長と研究所で関わりが深かったわけですし。
私も言わなきゃと思ったから言っただけで…」
リネ「それがすごく嬉しくて、
同時に心苦しいんだ」
アルジ&エミカ&ミリ「………」
リネ「あ、ほら、食べて。温かいうちに」
リネは茶を少し飲んで川をぼんやり眺めた。
アルジたちは食事を始める。
ミリ「これ、おいしい」
エミカ「本当だ。おいしい。
でも、これはちょっと苦手だ」
ミリ「ちょうだい」
アルジ「ふー、うまかったー」
食事を終える。
リネも茶を飲み終える。
彼女は両手でつかみ続けていた。
空になった湯飲みを。
リネ「作戦のことはもういいから」
アルジ「どういうことだ?もういいって」
リネ「………」
エミカ「どういうことですか?」
リネ「もういいの」
ミリ「………」
リネは湯飲みを置く。
川をぼんやりと眺めながら話す。
リネ「私が彼と話をするとき…
あなたたちは見ていて。
離れて、安全な場所で」
アルジ「どういうつもりだ?」
リネ「私が1人で全責任を負うから」
エミカ「それはどういうことですか?」
リネ「なんとか話し合いで解決してみせる。
でも、ダメだったときは私が終わらせる。
すべてを私の手で終わらせる」
アルジ「何言ってんだよ」
リネ「彼を増長させてしまったのは…
やっぱり私だと思うから。
私があのとき…あんなことをしなければ…
蘇生魔術を彼に見せなければ…」
エミカ「リネさん、やめてください。
そんなふうに考えるのは。
責任とか言わないでください。
私たちも戦います。リネさんと一緒に」
リネ「ありがとう。気持ちだけ受け取っておく」
ミリ「リネさん…」
リネ「ミリ、どうしたの?
そんな不安な顔をして。
心配しないでよ。私は大魔術師。
もしものときの奥の手くらい用意してる」
アルジ「なんなんだ?奥の手って」
リネ「それは仲間にも言えない。
本当の、本当の奥の手だから。
だけど、信じて。確実な方法だから」
エミカ「私は嫌です。一緒に戦います!」
リネ「エミカ、分かってちょうだい。
私は決意した。できたんだよ。
旅立つ前、あなたが言ってた決意ができた。
戦う準備はできている。これは本当。
だから、信じてほしい」
アルジ&エミカ&ミリ「………」
リネは店員を呼ぶ。
手早く会計を済ませようとする。
アルジ「今日はオレが払うぜ」
リネ「ここはいいから」
アルジ「………」
アルジたちは茶屋を出た。
川沿いの歩道を歩く。
公園は人々の行き来が絶えない。
リネ「私…笑いそうになっちゃった」
アルジ「?」
ミリ「何がですか?」
リネ「深淵の闇魔術師、自在の魔調教師、
それから…無欠の魔道戦士!」
アルジ「………」
リネ「ホジタ所長言ってたじゃない。
マスタスたちについて話したとき」
エミカ「言ってましたね」
リネ「聞いてて笑いそうになっちゃった」
ミリ「…そうですね。
急に…なんだか…面白かったです」
エミカ「ホジタ所長が考えたんでしょうか?」
リネ「どうかな…。
でも、あの人があれを考えたんなら、
かなりやばいんじゃないの?
…って思っちゃう」
エミカ「厳しいですね。でも、確かに…」
リネ「昔からどっかモサイんだよね。あの人。
見た目の印象はそうでもないけど」
エミカ「どこかモサイ…。
それはちょっと…分かります。
的確な表現だと思います。
あと、頭がカチコチっていうか…
すごく頑固なところがありますよね。
今日だって魔波って言葉の使い方…
徹底してましたし」
リネ「そうだった。あはは」
エミカとリネは笑いながら話した。
ホジタについて。
アルジ「?」
ミリ「どういうふうに徹底してたんですか?」
リネ「ホジタ所長は厳格分離説の論者」
ミリ「??」
アルジ「???」
エミカ「厳格分離説は魔術論の1つだよ。
ホジタ所長が支持する説だ」
リネ「魔波と魔力は異なるもの。
最初にそう考えて理論を展開する人なの」
アルジ「同じようなもんじゃないのか。
魔力も魔波も…」
ミリ「よく分かんないです。
どういうことですか?」
エミカ「…向こうの椅子で話しませんか」
リネ「そうしましょう」
川沿いの歩道をしばらく歩く。
玩具を抱えて走る子どもたち。
飼い犬の散歩をする老夫。
語り合って歩く若い男女。
そんな人たちとすれ違う。
アルジたちは東屋の長椅子に腰かける。
ミリ「ねえ、エミカ。厳格分離説って?」
エミカ「魔力は体の中にあるもの。
魔波は体の外にあるもの。
厳格に区別するのが厳格分離説なんだ」
リネ「それ古い説なんだよね。
今は不可分説が主流で」
ミリ「また分かんない言葉だ…。
その説はどんなものですか?」
エミカ「魔力と魔波は同じものって考え方。
この考えは曖昧なところがあるけど
すごく実用的なんだ」
アルジは感心して聞いていた。
アルジ「エミカもちゃんと勉強してんだな」
エミカ「…してるぞ!魔術師だぞ、私は」
ミリ「アルジ、失礼だよ」
アルジ「…ごめん。悪かったな」
リネ「まあいいじゃない。
戦士の人にはあまり関係のないことだから、
余計難しく聞こえるのかも」
アルジ「そうだな」
リネ「魔術院のクノイシ博士は
不可分説の有名な支持者だよね」
エミカ「その方の魔術書読みました。
分かりやすくてためになりましたね」
リネ「素晴らしい。私も何冊か読んだ。
現代的でとても柔軟な考えだよね。
文章も堅くなくて親しみやすいし」
ミリ「私も読んでみようかなー」
エミカ「今度私が持ってるの貸すよ」
ミリ「いいの?ありがとう。
でも、最後まで読めるかな…」
エミカ「きっと大丈夫。
分かりやすくておすすめだ。
優しい語り口がいいんだ」
ミリ「そうなんだ」
リネ「文章は優しいけど、
厳格分離派に対しては厳しいんだよね」
リネは笑う。
アルジ「どう厳しいんだ?」
リネ「こんな話を聞いたことがあります。
クノイシ博士が魔術院の副院長だったとき、
魔術院で厳格分離説を支持する人たちは、
みんな僻地の研究所に飛ばされたとか…」
エミカ「やることはガチガチですね」
アルジ「へえ。そんな対立があるんだな」
エミカ「魔術の勉強をするとよく分かるよ。
そういう対立があるってことが。
厳格か不可分か。それ以外にもたくさん。
いろんなことで意見が対立してる」
アルジ「ふーん」
エミカ「それだけ分からないことが多いんだ。
魔術の真理について。
出回ってる魔術書もそれぞれ違うけど、
大きく2種類に分けられてる。
厳格分離説と不可分説、
どちらの立場に立って書かれているかで。
今、人気なのは後者の不可分説。
でも、伝統的な考え方は前者なんだ」
リネ「簡単に優劣をつけられない。
それがまた厄介」
エミカ「そうですね」
ミリ「仲良くしたらいいのに」
エミカ「魔術の研究者は負けず嫌いが多いから。
簡単に譲り合ったり認め合ったりはしない。
正しいのはどっちか。最後まで争い合う。
決着のついてない問題はたくさんある」
アルジ「負けず嫌いなのか」
リネ「さっきのホジタを見ても分かるでしょう」
ミリ「あははは。確かにそうかも」
アルジ「最後すげえ怒ってたよな!」
エミカ「…怒らせておけばいい」
ミリ「反省もしてくれたらいいんだけどね」
リネ「ふふふ」
アルジがエミカとリネに問いかける。
アルジ「でも、結局何が違うんだろうな。
厳格分離説と不可分説って。
魔力と魔波を違うと思うのか以外に。
ただの意地の張り合いじゃないんだろ」
エミカ「ああ。意地の張り合いだけじゃない。
魔術の仕組みについていろいろ考えたとき、
2つの説の違いが大きく影響するんだ」
アルジ「…ふーん」
リネ「一般的によく言われてるのは…
不可分説では岩術の仕組みについて
十分な説明ができていない。
そんな批判がありますね。
一方で厳格分離説はあまりに理論的で
魔力の柔軟な活用が妨げられてる…
なんて批判がありますね」
ミリ「ああ、なんだか…
もう…ありがとうございました。
これ以上のお話は大丈夫です。
今は聞いても頭に入りません」
アルジ「オレもだな」
リネは少し笑って立ち上がる。
リネ「そろそろ時間です。薬屋へ戻りましょう」
◇◇ ステータス ◇◇
◇ アルジ ◇
◇ レベル 23
◇ HP 2277/2277
◇ 攻撃
34★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 防御
26★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★
◇ 素早さ
28★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★
◇ 魔力 5★★★★★
◇ 装備 勇気の剣、雅繊維戦衣
◇ 技 円月斬り、剛刃波状斬撃、朔月斬り
◇ エミカ ◇
◇ レベル 19
◇ HP 1452/1452
◇ 攻撃 9★★★★★★★★★
◇ 防御 12★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
33★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 魔樹の杖、深紅の魔道衣
◇ 魔術 火球、火砲、火樹、火海、王火
◇ ミリ ◇
◇ レベル 16
◇ HP 1008/1008
◇ 攻撃 4★★★★
◇ 防御 7★★★★★★★
◇ 素早さ
17★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
34★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 魔石の杖、紺碧の魔道衣
◇ 魔術 氷弾、氷柱、氷乱、氷渦、王氷
◇ リネ ◇
◇ レベル 27
◇ HP 1011/1011
◇ 攻撃 7★★★★★★★
◇ 防御
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ 14★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
31★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★
◇ 装備 天界石の杖、創造の杖、聖星清衣
◇ 魔術 雷弾、雷砲、雷柱、王雷
岩弾、岩砲、岩壁、王岩
光玉、治療魔術、再生魔術、蘇生魔術
◇ 持ち物 ◇
◇ 魔力回復薬 20




