第274話 衝撃
中央大会議場の中。
そこにいるのは、アルジとエミカだけ。
台から下りて、近くの椅子に並んで座る。
アルジ「長いな…」
エミカ「うん…。何を話してるんだろう」
アルジ「安定の玉も破壊の矛も…本物だよな」
エミカ「ああ。それは間違いないよ。
あそこには、あれしかなかったから…」
アルジ「シノミワさん、
内側を見ろなんて言ってたけど…」
エミカ「秘術の話かもしれない」
アルジ「さっきの糸も…」
エミカ「糸…アヅミナさんの服から…?」
アルジ「ああ、それだ」
涙声でエミカは言う。
エミカ「やっぱり…ダメだった…」
アルジ「そう…だな…」
エオクシとアヅミナは生き返るかもしれない。
そのわずかな望みが潰えてしまった。
アルジとエミカはひどく落ち込み、心を痛めた。
アルジ「2人の体はどうなるんだろう…」
エミカ「………」
重苦しい空気の中、黙って2人は時を過ごす。
真夜中を過ぎる。
夜明けの時刻を迎えようとしている。
シノ姫が戻ってくる。
リャクドとゼリを連れて。
ほかに学者の姿はない。
戻ってきた3人は1つずつ星の秘宝を抱えていた。
シノ姫が安定の玉を。
リャクドが創造の杖を。
ゼリが破壊の矛を。
3人は、それらをそっと置いて並べる。
アルジとエミカの目の前にある長机の上に。
シノ姫「お待たせしました」
アルジとエミカは立ち上がる。
シノ姫たちと長机を挟んで向かい合う。
リャクド「私たちの仮説がまとまりました」
ゼリ「お二人に確認したいことがあります」
アルジ「ああ。なんでも聞いてくれ」
シノ姫「その前に…」
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「星の秘宝の状態について…
お伝えすることがあります。
確認はそれからです」
アルジ「分かった」
シノ姫は安定の玉をそっとなでた。
シノ姫「力が失われているのです。秘力が…」
アルジ「そうなのか」
シノ姫「こっちもそう」
今度は、破壊の矛をなでる。
アルジ「どういうことだ?」
シノ姫「………」
シノ姫は答えず、創造の杖をつかむ。
シノ姫「こちらは大丈夫」
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「十分な力を持っています」
リャクド「安定の玉と破壊の矛。
これらの秘力が明らかに少ない」
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「さっき、仮説を出してもらいました。
いくつも、考えられる仮説を、すべて。
その中から最も現実的にあり得るもの…
それをあなた方にお伝えします」
アルジ「ああ」
ゼリが長机に身を乗り出して言う。
ゼリ「安定の玉と破壊の矛は…
すでに古王の祭壇に捧げられた」
アルジ「…?」
エミカ「………」
ゼリ「私の仮説でございます」
アルジ「捧げたっていっても、ここにあるぜ」
ゼリ「はい。捧げたのは、中身。
中の秘力を捧げたのです。
今、ここにあるものは、いわば抜け殻」
アルジ「抜け殻…」
エミカ「3つ必要じゃないんですか?
3つの星の秘宝が全部そろわないと…
捧げることはできないんじゃないんですか?」
ゼリ「ええ。私もそう思っていました。
ですが、それはどうやら違うようです」
アルジ&エミカ「………」
リャクド「ないんですよ」
エミカ「ない…?」
リャクド「2つだけでは捧げることができない。
そういうことを示す資料はどこにもありません」
ゼリ「現にこういうことが起きている以上、
2つだけでも捧げられる。
そう考えるしかありません」
エミカ「………」
アルジ「なら…それなら…どうなる?
魔真体は復活するっていうのか?」
シノ姫&リャクド&ゼリ「………」
アルジ「魔真体は復活するのか…?」
重い沈黙のあと、口を開いたのはシノ姫。
シノ姫「それについても検討しました」
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「どの程度の確率で魔真体が現れるのか。
厳密な計算はできませんが、検討しました」
リャクド「心配いりません」
アルジ&エミカ「………」
リャクド「安定的な秘力の供給が必要なのです。
魔真体を復活させるためには。
3つそろって、初めて安定供給は実現します。
2つだけでは不安定。
目覚めることはないでしょう。
この先、数百年、いや、数千年。
もしかすると数万年、
魔真体が目覚めることはないでしょう」
アルジ「…そっか!」
エミカ「その間に対策を考えればいい…
魔真体が…目覚めたときのために…
というわけですか?」
リャクド「そのとおり」
ゼリ「今よりずっと魔術も秘術も発展させて、
封じ込める方法を考えておいて、
いざというときはそれを使えばいいのです。
遠い未来の…いざというときに…」
アルジ「なるほど…」
エミカ「…安心しました」
神妙な顔でシノ姫が言う。
シノ姫「ただ1つ…心配事が」
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「それが…
確認したいことと関わってくるのです」
アルジ「なんだ?」
リャクドが口を開く。
リャクド「古王の祭壇は、魔真体の起動装置です」
アルジ「それは知ってるぜ」
ゼリ「星の秘宝から秘力を取り出す。
その秘力を魔真体に送り込む。
そのような機能を備えています」
アルジ「ああ」
リャクド「魔真体を目覚めさせるためには…
秘力の安定的な供給が必要だ。
先ほど私はそのように申し上げました。
ですが、不安定な供給でも…
復活させてしまうかもしれない。
そういうことが考えられるのです」
アルジ「………」
ゼリ「秘術の専門用語になってしまいますが、
『反転点流』という現象があります」
アルジ「はんてん…てん…」
リャクド「簡単に説明しますと、
力そのものは不安定でありながら、
安定的な力の流れを生み出してしまう。
そんな現象です」
アルジ「…ああ」
ゼリ「反転点流が起きれば、魔真体は目覚めます。
捧げた星の秘宝が2つだけだったとしても。
さきほど議論したところ、
そういう結論になりました」
エミカ「どうなると、それが起きるんですか?」
リャクド「強い衝撃です」
アルジ&エミカ「………」
ゼリ「衝撃というのは、
熱でも、冷気でも、雷撃でも…
単純に殴ったときの衝撃も含まれます」
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「それでね…」
シノ姫が問いかける。
シノ姫「何か強い衝撃が加わらなかった?」
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「あなたたちが秘術空間にいたとき、
ラグアたちと戦っているとき、
加わらなかった?」
アルジ「加わらなかったっていうのは…?」
シノ姫「起動装置に」
エミカ「…!」
アルジ「………」
シノ姫「古王の祭壇に…
何か強い衝撃が加わらなかったか。
私たちがあなたたちに聞きたいのはそれだけ。
戦いの最中に王火が偶然当たりましたとか、
ラグアの斬撃が何度か当たりましたとか、
気になることがあったら言ってちょうだい。
今、ここで。とても大事なことだから」
アルジ&エミカ「………」
リャクド「どうでしょうか…?」
アルジ&エミカ「………」
ゼリ「どんなにささいなことでも構いません」
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「ねえ、どうなの?」
アルジ「…大丈夫だ。
起動装置には何も当たってない」
シノ姫「そうですか」
シノ姫はにっこりと笑い、胸をなで下ろした。
リャクド「よかった…」
ゼリ「…よかったです」
リャクドとゼリがほほえむ。
アルジとエミカも笑って見せる。
だが、2人ともひどくぎこちない。
シノ姫「………」
アルジ「シノミワさん」
シノ姫「はい」
アルジ「明日、オレたちは証言するんだよな」
シノ姫「リイノから聞きましたか」
アルジ「ああ。魔真体を阻止した。敵を倒した。
そういうことを言えばいいんだよな」
シノ姫「ええ。それに、さっきのことも」
アルジ「起動装置は傷つけてない」
シノ姫「そうです」
アルジ「分かった」
シノ姫「政府としては特に何もしない方針です」
アルジ「何もしない…?」
シノ姫「そうです。
数百年後に目覚めるかもしれない。
そのときに備えて、魔術の研究を進めていく。
民に約束するのはこれくらいのことです。
大政会の場で…」
アルジ「…そっか」
シノ姫「アルジさん」
アルジ「ああ」
シノ姫「あなた、何か言いたそうですね」
アルジ「いや、ああ…さっき…リイノさんから…
大政会で民と対話するって聞いたんだけど…」
シノ姫「はい」
アルジ「オレが何か質問されたら、
答えたらいいんだよな」
シノ姫「その心配は無用です」
アルジ「え…?」
シノ姫「大政会の場で…
突発的に質問する者などいませんから」
アルジ「そうなのか?」
シノ姫「ええ。大政会とはそういうものです」
アルジ「………」
シノ姫「破壊の矛は私が持っていきます。
これはもともと政府のものですからね。
創造の杖と安定の玉はお返しします」
アルジ「ああ」
シノ姫「また明日、お会いしましょう。
明日に備えて城宿でぐっすりおやすみなさい。
あなたたちの部屋は確保してありますから」
アルジ「ああ、ありがとう」
それから、シノ姫は足早に出ていった。
扉が開いて、閉まる。
リャクドとゼリはまだ会議場にいる。
小さな声で話し合っていた。
明日に備えた最後の打ち合わせだった。
アルジ「話してるところ悪いんだけど、
聞いてもいいか?」
リャクド&ゼリ「…?」
アルジ「参考までに教えてほしいことがあるんだ」
リャクド「…なんでしょうか?」
アルジは一呼吸置いてから問いかける。
アルジ「これは、その、もしも、もしもの話だ」
リャクド「…はい」
アルジ「起動装置に衝撃を与えたらどうなるんだ?
さっき言ってた反転点流って現象が起きたら…
何が起きるんだ?」
リャクド&ゼリ「………」
しばらくきょとんとしてから、彼らは答える。
リャクド「反転点流が起きたとすれば…
目覚めるでしょうね。魔真体が。
明日、明後日にでも…
目覚めてもおかしくないでしょう」
アルジ「!!!?」
ゼリ「そうなれば…
大急ぎで対処しなくてはなりませんね」
リャクド「対処する術があるのなら…ですが」
そのときだった。
エミカ「うう…」
エミカが泣き出した。
リャクド&ゼリ「…?」
アルジがエミカに寄り添う
彼女は床にへたりこんだ。
大粒の涙が赤くなった頬をいくつも伝う。
アルジ「エミカ、しっかりしろ」
リャクド「…どうしたんですか?」
突然のことに戸惑うリャクドとゼリ。
アルジ「少し…思い出しちまったんだ…。
仲間が死んだときのことを…」
リャクド&ゼリ「………」
アルジはエミカの背中をさする。
アルジ「これも…
参考までに教えてほしいんだけど…」
リャクド「はい」
アルジ「反転点流が起きたときって、
分かるもんなのか?
目印になるものとかあるのか?」
ゼリ「分かりやすいものでは、
赤色反応というものがあります」
アルジ「赤色反応…」
ゼリ「はい。赤く変色するのです。
秘力を蓄えた物体が」
アルジ「…そうなのか」
リャクド「強震反応というものもありますね」
アルジ「揺れるのか…?」
リャクド「はい。ガタガタと揺れるんです。
秘力を蓄えた物体が」
アルジ「へえ…。そうなのか。
そんなこともあるんだな…。
ありがとう。すごく勉強になったぜ」
リャクド&ゼリ「………」
アルジ「じゃあ、また明日。
オレたちはこれで帰るぜ!」
アルジは荷物入れにしまう。
安定の玉と創造の杖を。
それから、エミカの手を引き、立ち上がらせる。
痛々しいほどに泣きはらした顔。
アルジは直視できない。
2人で通路を歩く。
アルジが扉を開ける。
そこには、シノ姫が立っていた。
◇◇ ステータス ◇◇
◇ アルジ ◇
◇ レベル 34
◇ HP 4577/4787
◇ 攻撃
59★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 防御
55★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ
54★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
19★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 勇気の剣、闘主の鎧
◇ 技 円月斬り、剛刃波状斬撃、
壮刃破竜斬撃、雷刃剣
◇ 魔術 雷動
◇ エミカ ◇
◇ レベル 32
◇ HP 3027/3388
◇ 攻撃 11★★★★★★★★★★★
◇ 防御
32★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ
45★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★
◇ 魔力
58★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 天界石の杖、濃色魔術衣
◇ 魔術 火弾、火球、火砲、火樹、火海、王火
氷弾、氷柱、氷乱、氷渦、王氷
雷弾、雷砲、雷柱、王雷
岩弾、岩砲、岩壁、王岩
光玉、治療魔術、再生魔術
天火
◇ 持ち物 ◇
◇ 治療魔術薬 10、魔力回復薬 30、活汁 4
◇ 創造の杖、安定の玉、破壊の矛