第273話 余白
◆ 大政堂 ◆
そこは、重大事項を決める場所。
人々が集まり、話し合い、決める。
大陸が栄えるために。
民が幸せになるために。
大陸はどうあるべきか。
政府は何をすべきか。
政府が民に説いて聞かせる。
民からの問いに政府が答える。
必要なときは専門家が意見を述べる。
関係者を呼び出して証言させることもある。
そうやって、重大事項を決めていく。
メイニナ「こちらです」
アルジ&エミカ「………」
広い玄関、太い柱。
大きな絵画と彫像、磨かれた床。
その建物には威厳が漂っていた。
広い廊下をまっすぐ進むと、そこは中央大会議場。
メイニナがその扉を開ける。
メイニナ「どうぞ」
アルジ&エミカ「…!」
そこはまるで劇場。
長机と椅子が整然と並ぶ。
奥には舞台のような広い台。
その上にシノ姫たちはいた。
椅子に腰掛けて並んでいる。
シノ姫の両隣に財院長と業院長。
その周りに何人もの魔術師と学者が並ぶ。
一斉にアルジとエミカの方を見る。
アルジ&エミカ「………」
メイニナ「さぁ、どうぞ」
アルジ「ああ」
メイニナは扉の近くで立ち止まる。
アルジとエミカは進んでいく。
仲間を背負いながら、奥の台に向かって。
少し顔を上げる。
壁から張り出した中二階が見えた。
アルジの背後と左右。
三方向の壁からそれは張り出していた。
そこにもいくつも椅子が並ぶ。
アルジ「…大変なことになったみたいだな」
エミカ「きっと大丈夫…。
いつものように…行こう」
アルジ「…ああ」
2人は机と机の間の通路を進む。
台の上に通じる数段の階段を上がる。
シノ姫の前に立った。
アルジ「ラグアを倒してきた」
シノ姫「………」
アルジ「星の秘宝も取り返した」
シノ姫「………」
アルジ「だけど…」
シノ姫「あなた方の戦いは途中まで見ていました。
勝ったのか負けたのか。
最後は分かりませんでした。
負けたのではないか。そう思っていました。
ですから…
合離蝶が飛んできたときは驚きました」
アルジ「………」
シノ姫「話し合いはほとんど終わったところです」
アルジ「話し合い…」
シノ姫「操縦士から聞いていませんでしたか?
下準備をしていると」
アルジ「ああ…聞いた」
シノ姫「こうだったらああしよう。
ああだったらこうしよう。
いくつも状況を想定し、話し合っていました。
そして、大体意見が一致したところでした。
こういうことが起きたらこういうことをやると。
そして、あなたたちの帰りを待っていました」
アルジ「………」
シノ姫「よくぞラグアを倒してくれました。
よくぞ星の秘宝を取り返してくれました。
そして、よくぞ2人を連れてきてくれました。
さあ、私たちに見せてください。星の秘宝を。
下ろしてください。2人の体を。ここに…」
アルジとエミカは下ろした。
エオクシとアヅミナの体を。
足元に並べて寝かせる。
魔術師たちが立ち上がり、集まってくる。
魔術師たち「…ああ…」
悲しげな声が上がる。
アルジ&エミカ「………」
次に、アルジは出して見せた。
荷物入れにしまっていた星の秘宝を。
安定の玉と破壊の矛を。
エミカも創造の杖を取り出す。
3つを足元に並べて置く。
学者たちが立ち上がり、集まってくる。
学者たち「…おお…」
驚きの声が上がる。
シノ姫が魔術師たちに問いかける。
シノ姫「…どう?」
答えたのは、ナコゼンという魔術師。
魔術院で最も優れた蘇生魔術の使い手。
彼は端的に答えた。
ナコゼン「無理です」
シノ姫「………」
シノ姫ににらまれて、彼はつけ足す。
ナコゼン「2人は完全に死んでいます。
蘇生は無理です」
シノ姫「そうですか」
アルジ(完全に…死んでる…)
エミカ(…やっぱり…ダメなのか…)
アルジとエミカの目に涙が浮かんだ。
次に、シノ姫は学者たちに問いかける。
シノ姫「どうですか?」
答えたのは、2人の学者。
いずれも古代国家を専門に研究している。
1人はリャクドという男。
もう1人はゼリという女。
リャクド「間違いありません」
ゼリ「本物です」
2人の声は感動のあまり震えていた。
シノ姫「そうですか」
それから、シノ姫はじっと見つめる。
安定の玉を。
破壊の矛を。
そして、創造の杖を。
シノ姫は目を細め、首を傾げる。
シノ姫「ちょっと…」
アルジ「…?」
シノ姫「…妙ですね」
アルジ「…どうしたんだ?シノミワさん」
シノ姫はアルジの問いかけに答えない。
リャクドとゼリに問いかける。
シノ姫「これは…どういうことでしょうね?」
リャクド&ゼリ「……?」
シノ姫「よく見てください。
表面だけでなく、内側まで」
リャクド&ゼリ「………」
シノ姫「見た目は確かに本物のようですが…」
リャクド「…おお…」
ゼリ「ああ…」
アルジ「…なんだ?どうしたんだ?」
シノ姫「アルジさん」
アルジ「ああ」
シノ姫「古王の祭壇は?見ましたか?」
アルジ「ああ、見たぜ。地下に四角いのが…」
シノ姫「何が行われていましたか?
あなた方が秘術空間へ行ったとき」
アルジ「ラグアたちが祭壇の周りに立ってた。
それだけだ。
オレたちが来ると、振り向いて歩いてきた。
全員で」
シノ姫「………」
そのときだった。
リャクド「余白を…余白をください!」
シノ姫「………」
アルジ「…え?なんだ?」
リャクド「余白を!思考のための余白を!
時間的な!空間的な!余白をください!」
アルジ「余白…」
リャクドは両膝と左手を床につく。
右手の指で素早く何かを床の上に書いている。
何を書いているのかは誰にも読み取れない。
ゼリ「フゥー…!フゥー…!」
エミカ「…大丈夫ですか?」
ゼリは天井を見上げて息を荒げている。
何かぶつぶつと言葉を発する。
その声はとても小さくて誰にも聞き取れない。
シノ姫「連れていきなさい。
隣の会議室が空いています」
シノ姫はほかの学者たちに指示する。
3人の学者がリャクドとゼリを連れていく。
台から下りて、近くの扉から外へ出ていった。
それから、シノ姫はアルジとエミカに言う。
シノ姫「星の秘宝を詳しく調べたいと思います。
少しの間、別室へ持っていきます。
いいですね?」
アルジ「ああ。さっきの2人はどうしたんだ?」
シノ姫「私の指摘が彼らの思考回路に火を点けた」
アルジ「火を点けた…?」
シノ姫「仮説があふれてきたのです。
2人の頭から。洪水のように。
だから、さっきはあんなことに。
たまにあるんです。ああいうことは。
心配いりません」
アルジ「…そっか」
シノ姫「アルジさん、エミカさん、
あなた方にはまだ大切な用事があります。
疲れているところ申し訳ないですが、
ここでお待ちを」
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「財院長、業院長」
財院長&業院長「はい」
シノ姫「前会議はこれで終わりです」
財院長&業院長「はい」
アルジ「前会議…?前会議ってなんだ…?」
シノ姫「業院長、あとで説明してあげてください」
業院長「はい」
アルジ(…何が起きてるのかよく分からん…。
星の秘宝のことも…そうだ…。
取り残されてる感じがする…)
学者たちは慎重に星の秘宝を拾い上げる。
3人が1つずつ抱え、台を下り、出ていった。
これで学者たちはいなくなった。
さらに、シノ姫は魔術師たちに指示を出す。
シノ姫「エオクシとアヅミナを運んでください」
魔術師たち「はい」
シノ姫「ああ…」
動き出す魔術師たちをシノ姫は手で制する。
シノ姫「その前に…」
シノ姫はアヅミナのそばへ行き、しゃがみ込む。
アヅミナの髪をそっとなでる。
アルジ&エミカ「………」
シノ姫「ごめんなさいね」
そう言って、シノ姫は針を刺す。
アヅミナがまとっている漆黒の術衣に。
針をゆっくりと引き上げる。
1本の糸が引っぱり出される。
それは、真っ黒な長い糸。
引き抜き、手から垂らし、見つめるシノ姫。
アルジ&エミカ「…!?」
アルジとエミカは確かに見た。
その糸が黒から白に変色するのを。
糸を懐にしまうと、シノ姫は立ち上がる。
シノ姫「私も別室で星の秘宝を検分します。
みなさん、お疲れ様でした」
すたすたと足早に去っていった。
業院長がアルジに声をかける。
業院長「アルジさん」
アルジ「ああ」
業院長「業院長をしております。
リイノと申します。よろしく」
アルジ「よろしく」
リイノ「このたびは大変ご苦労様でした。
私から前会議についてご説明しましょう」
上品な佇まいで、理知的な雰囲気を漂わせる。
彼女は過去に逮捕された。
複数の業者との悪しき関係を疑われて。
だが、それは同僚による彼女を陥れるための罠。
彼女は最後まで戦い、身の潔白を証明した。
度重なる周囲からの誹謗中傷にもめげず。
そんな姿にシノ姫は心引かれ、高く評価した。
リイノ「明日の正午、大政会が開かれます」
アルジ「大政会…」
魔術師たちがエオクシとアヅミナを抱える。
静かに出ていった。
中央大会議場には、4人のみ。
アルジとエミカとリイノ、そして、財院長。
エミカ「政府が大事なことを決める会議…
ですよね」
リイノ「そのとおり」
アルジ「………」
リイノ「政府が大事なことを決めるとき。
それは開かれます。主催者は大君。
政府の幹部が集い、民と対話するのです」
アルジ(学校で…習ったことがあるかも…)
エミカ「前会議というのは…?」
リイノ「はい。大政会を行う前の準備のことです。
どんなことを話し合うのか。
出席者が事前に集まり、
整理して決めておくのです」
アルジ「好きなように話し合うわけじゃないのか」
リイノ「そんなことはしません。
全部決めておきます。
誰が、何について、どんな意見を言うのか。
誰が何を問いかけて、誰がどう答えるのか。
前会議であらかじめ決めておくのです。
今回のような臨時の大政会であったとしても」
アルジ「そっか、そうだよな。準備は大事だよな。
魔真体の対策について決めるんだもんな。
すべての民の生死に関わること…だもんな」
リイノ「はい。あなた方は魔真体を阻止した。
戦って、勝った。それは素晴らしいことです。
ですが、話はそれだけで終わりません。
政府は今後どうあるべきか。
何をして、何をしないか。
はっきりと民に知らせる必要があります。
それに…」
アルジ「…それに?」
リイノ「まずは説明しなければなりません。
今回の事件について。
順序立てて、分かりやすく。
星の秘宝とは何か。魔真体とは何か。
魔獣による都の襲撃事件はなんだったのか。
基本的なことから1つ1つ。
話をしなければならない。
なぜならば、大多数の民は何も知らないから。
先ほど私たちはそのような結論に至りました」
アルジ「そっか」
エミカ「さっき…
シノミワさんが言ってた大切な用事って…」
リイノ「はい。
あなた方にも大政会に出てもらいたいのです」
アルジ&エミカ「!」
リイノ「明日の正午前。
この中央大会議場に来てください。
大君もご出席します。
多くの民が参加することでしょう」
アルジ「でも、一体何を話したらいいんだ?」
リイノ「現地を知る者として証言するのです。
賊を倒したと。魔真体は阻止したと。
それだけです」
アルジ「そっか」
エミカ「………」
アルジ(よかったぜ…。
面倒な討論とかじゃなくて…)
リイノ「それでは、明日、またお会いしましょう」
アルジ「ああ、ありがとう。リイノさん」
エミカ「ありがとうございました」
ほほえみ、会釈し、リイノは去った。
財院長がアルジとエミカに声をかける。
財院長「アルジ君、エミカさん」
アルジ「ああ」
エミカ「はい」
財院長「私は財院長のガオス」
精悍な顔つきの男。
がっしりとした体格。
身長はアルジと変わらない。
ガオス「ミチマサは…どんな様子だった?」
アルジ「ミチマサ…?」
ガオス「シノ姫様から聞いたのだ。
その場にいたのだと。
彼は大前隊の隊長だったんだが…」
エミカ「分からないです」
ガオス「………」
エミカ「誰がミチマサさんだったのか…」
ガオス「………」
エミカ「だけど、おそらくですが…その方は…
私とアヅミナさんの魔術で…倒しました」
ガオス「…そうか」
アルジ「あいつらは武器を持って向かってきた。
敵の闇魔術で操られてる様子だった…。
オレたちは…倒すしかなかった」
ガオス「そうか…そうか…。……うう…!!」
ガオスは目頭を押さえて首を振る。
それから、力強く言った。
ガオス「また明日、ここで会おう」
アルジ「ああ」
ガオス「大陸を危機から救ってくれたこと…
心から感謝する」
アルジ&エミカ「………」
ガオスも大前隊の隊長を経験していた。
隊長を務めたあとは財院の要職を歴任。
昨年から院長に就任した。
ガオスとミチマサ。
2人は同じ学校の先輩、後輩の間柄。
ガオスはミチマサを公私にわたって世話した。
仕事の相談にはよく乗った。
結婚相手の紹介もした。
大前隊の隊長にミチマサを。
推薦したのはガオスだった。
アルジ&エミカ「………」
背を向けて、去っていくガオス。
アルジとエミカは見送った。
寂しげな彼の後ろ姿を。
◇◇ ステータス ◇◇
◇ アルジ ◇
◇ レベル 34
◇ HP 4577/4787
◇ 攻撃
59★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 防御
55★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ
54★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
19★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 勇気の剣、闘主の鎧
◇ 技 円月斬り、剛刃波状斬撃、
壮刃破竜斬撃、雷刃剣
◇ 魔術 雷動
◇ エミカ ◇
◇ レベル 32
◇ HP 3027/3388
◇ 攻撃 11★★★★★★★★★★★
◇ 防御
32★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ
45★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★
◇ 魔力
58★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 天界石の杖、濃色魔術衣
◇ 魔術 火弾、火球、火砲、火樹、火海、王火
氷弾、氷柱、氷乱、氷渦、王氷
雷弾、雷砲、雷柱、王雷
岩弾、岩砲、岩壁、王岩
光玉、治療魔術、再生魔術
天火
◇ 持ち物 ◇
◇ 治療魔術薬 10、魔力回復薬 30、活汁 4
◇ 創造の杖、安定の玉、破壊の矛




