第117話 関係
町の大通りをアルジとエミカは歩く。
すっかり日が沈み、空は暗い。
街灯の下、多くの人とすれ違う。
ほとんどが仕事帰りの人。
くたびれた顔の人。
安らかな顔の人。
人々の表情はさまざま。
通りに並ぶ飲食店。
漏れ聞こえてくる。
活気ある歓談の声が。
多くの店が賑わっていた。
そして、1人、また1人。
通りから人の姿が消えていく。
店の中へ吸い込まれるように。
1軒の店が気になってアルジは立ち止まる。
見たことのない様式の外観。
目を奪われた。
それは、南方諸国の伝統的な建築様式。
アルジ「あの店にしないか?」
エミカ「よさそうだな」
店に入る。
香辛料の香りに迎えられる。
アルジ「いい匂いがする」
エミカ「本格的な店なのかも」
男の店員がやってきて言う。
店員「いらっしゃい。どうぞ、こちらの席に。
この店は初めてか?」
アルジ「ああ、初めてだ」
店員「そうかい。
刺激的な料理の数々、ぜひご賞味あれ!」
去っていく店員。
アルジとエミカは席に座って店内を見回す。
高い天井にはいくつもの曲線で描かれた模様。
壁には色鮮やかな大きな布が垂れ下がる。
太い柱には荒々しい彫刻。
それらは、2人の目に新鮮に映る。
エミカ「こういう感じも悪くないな」
アルジ「あとは料理がうまけりゃいいんだけど」
小さな字で書かれた品書き。
読んでもどんな料理か分からない。
店員を呼んで話を聞いた。
そして、勧められたものを適当に注文する。
料理が来るのを待っている間、エミカは言った。
エミカ「昨日、リネさんが言ってた。
アルジに伝えてほしいって」
アルジ「なんだ?」
エミカ「最後にやっと正気を取り戻せたって」
アルジ「正気…」
エミカ「昨日の戦いで…
アルジが動けないときに言ってた。
それが…リネさんが私に遺した言葉だった」
アルジ「そっか。それでリネは結局…」
エミカ「自分の手で終わらせる…。
言葉のとおりに戦いを終わらせた。
自分の命と引き換えに…倒したんだ」
アルジ「そっか、やっぱりあれは…」
力のないアルジの返事。
エミカ「だけど、あのあと私は考えた。
昨日も今日も考えた。それは違うって」
アルジ「違う…?」
エミカ「リネさんは長い間、心を操られていた。
確かに闇の魔術で操られていたかもしれない。
そのせいで創造の杖も渡してしまった」
アルジ「………」
エミカ「だけど…
私たちのことを思ってくれたリネさんは…
一緒に魔獣の退治をしたり、
私たちの傷を癒してくれたり、
通行人を助けたりもしたリネさんは、
本当のリネさんだって、
間違いなく本物のリネさんだったって…
そう思ったんだ。正気を失ってなんかいない。
本当の心のリネさんだって」
アルジ「そうだな」
エミカ「あのとき言えたらよかった。
でも、気が動転してて言えなかった」
アルジ「………」
アルジもエミカも視線を落とす。
長い沈黙。
そうしている内に料理が運ばれてくる。
刺激的な香りが卓上を舞う。
アルジ「食べようぜ」
エミカ「…うん」
少し離れた席から話し声が聞こえてくる。
客A「懸賞金をかけたらしい」
客B「政府もついに投げたのか?」
アルジとエミカは聞き耳を立てた。
懸賞金。
その言葉が2人の注意を引きつける。
客C「もう大前隊も警備隊もあてにならん。
猟師たちには頑張ってもらいたいが…」
店員「この町にも猛者が集まってきてますよ」
アルジとエミカは顔を見合う。
アルジ「なんの話だろうな」
エミカ「大前隊に…猟師たち…。よく分からない」
食事を終えて店を出ていく3人の客。
アルジは店員に声をかけた。
店員「追加の注文かい?」
アルジ「いや。さっきなんの話だったんだ?
懸賞金がどうとか…」
店員「魔獣の話だ」
エミカ「魔獣…」
店員「強い魔獣が続々と現れている。
カイセン道に、オンゲンノ道。
主要な街道はおかげで全部閉鎖だ」
アルジ&エミカ「………」
店員「それで政府は懸賞金をかけたらしい。
魔獣を倒した者に大金をやる…とな。
魔獣が現れた地域に
腕利きの猟師が集まってきているよ」
エミカ「この町の近くにもいるんですか?
魔獣が…」
店員「ああ、凶暴なのが住みついてるらしい。
幸いまだ町を襲ってきちゃいないけどな。
あんたらも気をつけな!」
客D「こうなることは分かっていた」
奥の方で1人、食事をしていた男の客。
彼も話に加わってきた。
大きな弓と長い槍を携えている。
魔獣を狙って遠方から来た猟師だった。
客D「…分かっていたことだ」
エミカ「分かっていた?」
客D「魔獣ども…どんどん増えて強くなってる。
政府も手に負えなくなるのは時間の問題だった。
ここから先はオレたち猟師の仕事」
アルジ&エミカ「………」
店員「そういや基地ができたんだよな?
魔獣討伐のための…」
客D「そうだ」
アルジ「基地…」
客D「町を出て山の方へ向かったところにある。
強い猟師たちが続々とそこに集まっている」
アルジ&エミカ「………」
客D「大決戦の日は近い」
エミカ「大決戦?」
客D「みんなで戦う。魔獣と。
もはや1人じゃどうにもならん。
集まった猟師たちで力を合わせて戦う。
今はそういう方針で動いている」
アルジ&エミカ「………」
店員は客席を見回す。
店員「今日もそのうち来るだろうな」
エミカ「何が来るんだ?」
店員「南国首位猟師さ!」
アルジ「南国…首位…猟師…?」
奥の客が得意げに語る。
客D「大陸最南端の国レンカマク。
その地からはるばるやって来た猟師だ。
道中強い魔獣を何体も倒して、
このマキエの国にやってきたと聞く。
あいつは心の底から求めている。
刺激的な狩りを。強い獲物を。報酬じゃない。
狩りという行為に喜びを見出している。
要するに狩猟中毒なのさ」
店員「もうこの町に滞在して4、5日になるか。
うちの店の料理をいたく気に入ってくれてね」
アルジ「………」
アルジは出された肉料理を頬張った。
刺激的な味が口の中に広がる。
アルジ「…うまい」
店員&客D「………」
エミカ「アルジ…」
それきり話は終わってしまった。
店員は仕事を、猟師の客は食事を再開した。
エミカも料理を食べ始める。
空腹だったこともあって食事ははかどった。
出された料理の半分ほどが消えた頃。
エミカ「懸賞金の話、悪くないと思わないか」
アルジ「ああ」
エミカ「旅の資金を得るにはちょうどいいと思う。
魔獣がどれくらい強いのかは分からないけど。
私たちならきっと倒せる」
アルジ「…そうかもな」
エミカ「アルジ」
アルジ「ああ」
エミカ「乗り気じゃないのか?」
アルジ「そういうわけじゃないぜ」
エミカ「なら、やってみないか?
私たちならきっと猟師たちの力になれる」
アルジ「そうだな」
エミカ「アルジ」
アルジ「ああ。やろう。だけど…」
エミカ「どうした?」
アルジは空になった皿を見つめる。
アルジ「本当のことと思えなくて」
エミカ「どういうことだ?」
アルジ「懸賞金も魔獣も猟師も。
遠い知らない国の…オレたちとは
関係のないことのように思えるんだ」
エミカ「遠い知らない国…?」
アルジ「なんでだろうな」
エミカ「この店の雰囲気のせいじゃないのか?」
アルジ「そうかな」
エミカ「そうだ、多分」
それから、2人は食事に集中する。
やがてすべての料理がなくなった。
店員が空いた皿を下げにくる。
去り際、食後に果物はどうかと勧めてくる。
アルジとエミカは勧められるまま注文する。
しばらくして出てきたのは、果実の絞り汁。
どろどろしている。
それが小さな杯になみなみと注がれている。
独特な甘い香りが鼻にまとわりつく。
アルジ「なんだ…これは…」
エミカ「普通の飲み物…じゃないな」
店員「ふふふ」
アルジとエミカはちびりとなめて味見した。
アルジ「げえ!」
エミカ「うっ!」
店員「はっはっは。なんだい、その反応は?」
アルジ「これは一体…」
店員「それはマシナシコの実だよ。
南方諸国特産のとてもおいしい果実だよ」
アルジ「これのどこが…!」
店員「慣れるとうまいんだ。それに体にもいい。
飲まないのならオレがもらおう」
店員がアルジの杯を手にとった瞬間。
店員「…え!?」
アルジ&エミカ「!!」
横からぬっと腕が伸びる。
腕を伸ばしたのは1人の男。
彼は店員から杯を取り上げた。
そして、口元に運び、一気に飲み干した。
マシナシコの絞り汁を。
男「うん!うまい!!これだ、これ!
現地の味だ!!」
アルジ(この男…!いつからいた…!?)
彼は店の新たな客。
背中には武器。
長槍と弓。
腰にも武器。
短剣と手斧。
厚くて硬い毛皮を身にまとっている。
長く伸びた髪と髭。
頬と額には極彩色の模様。
戦士ではない。
彼は猟師。
大陸最南端レンカマクの国から来た猟師。
南国首位猟師ギンタロウだった。
店員「おお、来なすった!南国首位猟師!」
ギンタロウ「よお、いつもの頼む。
今日は特盛りにしてくれや」
店員「はいさ!」
ぞろぞろと入ってくる5人の客。
全員がギンタロウの狩猟仲間。
2人の女に続いて3人の男が入ってくる。
店の中央にある大きな楕円形の卓。
彼らはそれを囲んで座った。
エミカ「アルジ」
アルジ「ああ」
アルジとエミカは悟る。
南国首位猟師。
ただ者ではないと。
アルジ(一体いつからあいつはいた…?
気配を消してこの店に潜んでいたのか?)
エミカ(あれくらい気配を消せるなら
狩りをするときも有利だろうな)
ギンタロウは大声で話す。
ギンタロウ「政府は投げ出しちゃいねえよ」
その声はアルジとエミカにも聞こえてくる。
店員「まさか…さっきの会話、聞いてたのか?」
ギンタロウ「店の外でな」
店員「さすが、地獄耳!」
ギンタロウの仲間たちはひそひそ話し合う。
そして、くすくす笑い合った。
アルジ「仲間たちもかなり鍛えてるみたいだ」
エミカ「ああ、全員…魔力を感じる。
特にあの2人…強い」
アルジ「あの2人って誰だ?」
エミカ「あっちの席とあの席の…」
アルジ「………」
アルジは魔波を感じ取ろうとする。
アルジ(…オレにはよく分からん)
ギンタロウの目つきが鋭くなる。
それは、獲物を狙うときと同じ。
ギンタロウ「政府は狙いを変えただけだ」
店員「狙いを変えた?」
ギンタロウ「魔獣からその元締めにな。
標的を変えたのさ」
店員「元締め…元締めってのは…」
男の猟師「魔獣大量発生の真犯人さ」
ギンタロウの仲間の1人が言った。
彼の名はスギヤ。
ギンタロウが北へ北へと進む道中、仲間になった。
品のある出立ちで、どこか気取った雰囲気がある。
野生的で粗暴な印象のギンタロウとは対照的。
店員「真犯人?真犯人って、どういうことだ?」
スギヤ「たった1人の魔術師…
そいつが魔獣を生み出して育ててる。
これはただの憶測じゃない。
多くの目撃情報がある。
オレたち猟師の間ではもはや周知の事実だ」
店員「真犯人は…魔術師…」
スギヤ「ああ、大陸を騒がせている魔獣発生。
これは…自然現象ではない。
人為的に引き起こされたもの。
その魔術師は魔獣を生み、操る。
そんな魔術を使うらしい。
そいつが今回の魔獣騒動の元凶とされている」
店員「魔獣を生んで操る…。
恐ろしい話だが…そんな魔術が…
本当にあるっていうのかい?」
ギンタロウ「信じられねえだろうが、
実際そのようだ」
店員「………」
アルジとエミカは彼らの話に注意を向け続ける。
アルジ&エミカ「………」
ギンタロウは腕組みをする。
彼の表情は険しい。
ギンタロウ「魔獣が強くなってきてる」
店員「そうなのかい?」
ギンタロウ「今朝も狩りに出かけたんだが、
昨日より、一昨日より、
ずっと強くなっていやがった。
体が巨大化して魔力もエライ高まってた。
おかげで今日はだいぶ苦労したぜ」
店員「あんたらでも苦労するのかい」
ギンタロウ「そんだけ事態はヤバイってことだ!」
スギヤ「…何かがあった」
ギンタロウ「そうだ、何かがあった」
店員「何か?」
スギヤ「昨日…何かがあったんだ」
ギンタロウ「ああ、昨日だ」
スギヤ「決定的に…魔獣の強さの質が変わった」
ギンタロウ「ああ、変わったな!」
アルジとエミカは黙って話を聴き続ける。
アルジ&エミカ「………」
スギヤは自分の考えを述べた。
スギヤ「これはオレの推測。
だが、おそらく正しいはずだ。
魔獣を生み出す者の魔力が
大幅に上がったんだと思う。
なんらかの…なんらかの出来事によって」
アルジ&エミカ「………」
スギヤ「闇魔術で魔力が引き出されたのか。
それとも、あるいは、何か強力な…
例えば、杖か何か…
強力な魔力が込められた魔術道具。
そういった物を手に入れたか…。
考えられるとすれば…それぐらい…いや…」
アルジ&エミカ「………」
スギヤ「だが…」
ギンタロウ「始まったな!!考え癖が!
よう!分析家!!研究家!!」
スギヤ「…オレの見立てはこんなところだ」
店員「………」
ギンタロウ「だから放っておくとヤバイ。
誰も手をつけられなくなる。大前隊でもな!!
大決戦は明日か、明後日か、今が決断の時だ。
さもないと、この町もやられることになる。
カロ町のようにな!」
店員「え…?カロ町がどうしたんだい?」
スギヤ「ほぼ壊滅したそうだ。今日の昼ごろに」
店員「な…!?」
カロは、マキエの国の隣国タテルにある。
ナクサとほぼ同じ大きさの町。
ギンタロウ「町を襲った魔獣どもは
北上してるって話だ。
今のまんま進路を変えずにやつらが進めば、
4、5日…いや、2、3日の間に
このナクサまで来る…!」
店員「……!!」
それから、ギンタロウはふと思い出す。
ギンタロウ「おい」
店員「え?」
ギンタロウ「オレらの飯は?
厨房に注文を伝えたのか?」
店員「あ!」
ギンタロウ「馬鹿野郎!!」
アルジは深刻な顔で卓上を見つめる。
アルジ「………」
エミカ「アルジ」
アルジ「ああ」
エミカ「もう1つあるんだ」
アルジ「…?」
エミカ「リネさんが言っていた」
アルジ「なんだ?」
エミカはアルジの目を見て言う。
エミカ「アルジと私は…
最後まで旅を続けるんだって」
アルジ「エミカとオレが…最後まで」
エミカ「戦うべき敵がいる。
取り返すべき宝がある。
だから、進む。そうだろう?」
アルジ「ああ」
エミカ「テノハを出るとき言ってた」
アルジ「そうだな」
エミカ「だから、あの人たちの魔獣討伐は…
私たちと関係のないことなんかじゃない」
アルジはうなずく。
アルジ「やろう」
エミカ「ああ」
◇◇ ステータス ◇◇
◇ アルジ ◇
◇ レベル 23
◇ HP 2277/2277
◇ 攻撃
34★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 防御
26★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★
◇ 素早さ
28★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★
◇ 魔力 5★★★★★
◇ 装備 勇気の剣、雅繊維戦衣
◇ 技 円月斬り、剛刃波状斬撃、朔月斬り
◇ 魔術 雷動
◇ エミカ ◇
◇ レベル 19
◇ HP 1452/1452
◇ 攻撃 9★★★★★★★★★
◇ 防御
26★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★
◇ 素早さ
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
39★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 天界石の杖、濃色魔術衣
◇ 魔術 火球、火砲、火樹、火海、王火
氷弾、氷柱、氷乱、氷渦、王氷
雷弾、雷砲、雷柱、王雷
岩弾、岩砲、岩壁、王岩
光玉、治療魔術、再生魔術
◇ 持ち物 ◇
◇ 治療魔術薬 10、魔力回復薬 20