第114話 布団
3本の道が伸びている。
アルジは指差す。
アルジ「あの道にしないか?」
エミカは小さくうなずく。
◆ ユガタ道 ◆
ユガタ道はテノハから南東へ長く続く道。
その道をアルジたちはラアムに乗って進む。
それほど幅の広くない、起伏の多いその道を。
通行人を避けながら軽快に走る。
南へ、東へ。
まだ知らない遠い地へ。
空は青々としていている。
日の光がさんさんと降り注ぐ。
アルジもエミカも何も話さない。
ただ魔力をラアムに注ぎ、前へ前へと進む。
長く連なる商人たちを追い越した。
休まず走る。
旅芸人の一座とすれ違う。
ラアムのあまりの速さに歓声が上がる。
そして、通り過ぎていく。
いくつも、いくつも。
町を、村を。
国境を越える。
1つ、2つ、3つと越える。
そのたび関所で通行料を払った。
2人の所持金はみるみる減った。
それでも、目の前の道をひたすら進む。
◆ シアイ道 ◆
道は広くなる。
西へ、南へ、西へ、南へ。
日は西へ大きく傾いていた。
空が赤みを帯びている。
アルジもエミカも空腹だった。
それでも走る。
魔力が尽きてしまうまで。
気力が果ててしまうまで。
2人は走ろうとした。
そうしたい気分だった。
勇気の剣は光り続ける。
高められるアルジの魔力。
すべてラアムに注がれた。
分かれ道をいくつも過ぎる。
どっちに進んだらいいのか。
アルジとエミカは決めていく。
言葉を交わすことなく。
立ち止まることもなく。
迷わずに決めていく。
まるで何かに引かれるように。
日が沈みかけた頃。
ラアムはとうとうふらふらになる。
アルジもエミカも目がうつろ。
そこが2人の限界だった。
ラアムから降りて歩き出す。
遠く前方に町の明かり。
そこは、マキエの国、ナクサの町。
◆ ナクサ ◆
頼りない足取りで2人は町の中を歩く。
通りかかった大きな食堂。
中からいい香りがする。
強く食欲をそそられる。
アルジとエミカは入っていく。
はつらつと働く店員たちが迎える。
アルジとエミカは席に座る。
品書きを見る。
やってきた店員に注文する。
食べたいものを片端から。
注文を取るなり店員はすたすたと去っていく。
しばらくして料理が出される。
熱い料理、冷たい料理。
数々の料理が卓を彩る。
アルジ&エミカ「いただきます」
食べ始める。
見る見る料理はなくなっていく。
しばらくしてすべての皿が空になる。
冷たい茶を飲み、店を出た。
日は沈んでいた。
町の中、整然と並ぶ灯火の下。
明るい橙色の光が夜の町の風景を作る。
アルジとエミカは宿を探して歩く。
町の外れに大きな宿を見つけた。
照明が華やかに配された派手な外観。
中へ入ると女将が迎える。
厚化粧で派手に着飾っていた。
接客台の向こうでだらしなく座っていた。
女将「どうするの?」
アルジは口を開く。
アルジ「泊まる」
部屋の鍵を1つ渡される。
女将はぶっきらぼうに投げてよこした。
アルジ「あ…」
女将「ん?なんだい?」
エミカがアルジの腕をつかむ。
アルジはエミカの顔を見る。
エミカは横に小さく首を振る。
それから、彼女はうつむいた。
アルジ「…行くか」
エミカ「うん」
アルジたちは部屋に向かった。
広めの部屋。
真ん中に布団が2枚。
天井に設けられた小さな明かり。
部屋の中を控えめに照らす。
荷物を置く。
寝支度を始める。
部屋に設けられた広い浴室。
そこへ順番に入り、湯に浸かる。
エミカのあとにアルジが入った。
アルジ(なんだ…?このでかい風呂は…?)
その風呂は1人で入るには大きかった。
底から泡の出る円形の風呂だった。
アルジ(こんな風呂が…あるのか…)
アルジは風呂から上がる。
備え付けの寝巻きに着替える。
浴室から寝室へ戻る。
エミカは布団に入っていた。
静かに眠っている様子。
アルジも隣の布団に入る。
目を閉じる。
意識がぼやけていく。
眠りに入ろうかというとき。
すすり泣く声が聞こえてくる。
隣の布団からだった。
体を起こしてアルジは声をかける。
アルジ「エミカ…」
すすり泣く声はやまない。
声に合わせて布団が上下に揺れている。
アルジ「エミカ」
もう1度呼びかける。
布団の中から声がした。
エミカ「アルジ…」
アルジ「ああ…」
エミカ「今日は…ごめん…」
アルジ「どうした…?」
エミカ「私は…何もできなかった…」
アルジ「エミカ…」
布団に潜ったまま涙声でエミカは言う。
エミカ「偉そうに…作戦なんか立てて…
ミリにも…リネさんにも…強がって…
でも…いざ戦いが始まったら…
何もできなくて…!
ミリが…死んだことも…
受け入れられなくて…!
…ただ…驚いて…泣いて…悲しむだけで…
それが…悔しくて…!情けなくて…!
悲しくって…辛くって…苦しかった…!
今日は…ごめん…アルジ…本当にごめん…
一緒に…戦えなくて…本当にごめん…!」
アルジ「エミカ…」
アルジはエミカの布団に手を当てる。
そっとなでた。
なだらかに盛り上がったところを。
アルジ「もう…終わったことだぜ」
アルジの目に涙が浮かぶ。
声が震える。
アルジ「あいつとの戦いは…もう終わったんだ」
エミカ「…アルジ…」
アルジ「どうしたらよかったのか。
それは分からない。
そんなこと…この先…
ずっと考えても分からない気がする」
エミカ「………」
アルジ「だから、今日は…もう寝ようぜ」
エミカ「ごめん…」
アルジは強く首を横に振る。
アルジ「エミカが謝ることじゃない…」
エミカ「………」
アルジ「それに…オレは…
あいつと戦えたのは…
エミカのおかげだと思ってる」
エミカ「…どういうことだ?」
アルジ「エミカは作戦を立ててくれた。
それで、ミリもオレも戦おうって思った。
戦う気持ちが高まった。
だから、あいつに臆せず立ち向かえた。
そうだ、できたんだ。
オレたちは…エミカのおかげで」
エミカ「別にそんなの…」
アルジ「あと、新魔術の話も…」
エミカ「………」
アルジ「あいつが最初に言った新魔術のこと…
エミカが覚えてくれてたおかげで…
あいつから…話を引き出せたおかげで…
状況が変わった。
あれで流れが変わったんだ。
それで、リネも戦おうとしてくれた。
リネにとっては辛い話だっただろうけど…。
あのとき、オレは行けると思った。
これなら…あいつを倒せるって…!
エミカと…ミリと…リネの力も加わって…
これなら勝てるって…!
そんなふうに…オレは考えてた…」
エミカ「…アルジ…」
アルジ「…そのあとは…!そのあとのことは…!
相手が悪かったんだ…!あいつは…!
オレたちが思っていたよりもずっと強くて…!
邪悪な魔力の使い手で…!」
エミカ「………」
アルジ「…オレだって何もできなかった!
あいつの魔術で!動けなくなって!
目も!耳も!封じられて!
たった1度の攻撃も出せないで!
…あのざまだった!」
エミカは布団から顔を出す。
エミカ「違うよ。アルジは…!」
アルジ「…いや、そうだ。
結局できなかったんだ。
オレがあいつの魔術を全部見切って!
全部避けて!倒していれば!
ミリだって!リネだって!
…うっ…!」
ミリが襲われ、命を落としたあの瞬間。
アルジは思い出し、言葉を詰まらせた。
エミカ「アルジ…」
アルジ「だから…だから…
もっと強くならなきゃと思うんだ」
エミカの目から涙がこぼれる。
エミカ「私も…強くなる」
アルジ「…ああ」
しばらくの間、深い静寂が部屋を満たす。
天井をぼんやりと眺めるアルジ。
アルジ「………」
エミカ「アルジ」
エミカは布団から手を伸ばす。
アルジの手にそっと触れた。
温かい手だった。
アルジは少し驚く。
それから、エミカの顔を見つめる。
穏やかにほほえんでいる。
アルジは安心した。
それから、入っていく。
エミカの布団に。
アルジ「エミカ」
エミカ「もっと…こっちに」
アルジ「ああ」
布団の中で2人は体を寄せ合った。
アルジは驚き、戸惑う。
それから、心地よさを覚えた。
エミカの温かさと息遣いに。
アルジ「エミカ、いいのか?オレたち…」
エミカ「…うん」
アルジ「………」
エミカ「アルジが嫌じゃなかったら…」
アルジ「嫌なわけないだろ…」
エミカはほほえむ。
緊張が解けていく。
アルジは急に強い眠気を覚える。
体が動かなくなり、目は勝手に閉じていく。
瞬く間に深く濃い闇が意識を覆う。
体中の力が抜けていく。
アルジ(ああ、これは…3年前と…同じだ…。
ナキ村で…ヤマグマを倒した日…
あのときと…同じだ。
体が…重くて…動かな…い…)
そして、アルジは眠りに就いた。
深い、深い、深い眠りに。
◇◇ ステータス ◇◇
◇ アルジ ◇
◇ レベル 23
◇ HP 2277/2277
◇ 攻撃
42★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★
◇ 防御
40★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ
42★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★
◇ 魔力
29★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★
◇ 装備 勇気の剣、雅繊維戦衣
◇ 技 円月斬り、剛刃波状斬撃、朔月斬り
◇ 魔術 雷動
◇ エミカ ◇
◇ レベル 19
◇ HP 1452/1452
◇ 攻撃 9★★★★★★★★★
◇ 防御
26★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★
◇ 素早さ
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
39★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 天界石の杖、濃色魔術衣
◇ 魔術 火球、火砲、火樹、火海、王火
氷弾、氷柱、氷乱、氷渦、王氷
雷弾、雷砲、雷柱、王雷
岩弾、岩砲、岩壁、王岩
光玉、治療魔術、再生魔術
◇ 持ち物 ◇
◇ 治療魔術薬 10、魔力回復薬 20