第107話 空洞
マスタスは話を続けた。
マスタス「魔術を人に教える…
やりたいことはこれだ。
自分自身に問いかけて、
出てきた答えがこれだった。
それはいわば原点回帰。
なぜオレは大遊説を続けられたのか。
ラグアとロニ。2人の宝子とともに。
決して小さくない劣等感を抱えながら。
途中でやめようと思えばいつでもやめられた。
だが、オレは続けてきた。それはなぜか。
満足していたからだ。充実していたからだ。
大遊説で人を集める。あるときは大きな会場。
またあるときは小さな会場。人数は関係ない。
目の前で真剣に耳を傾ける人がいるのなら。
魔術を見せる、教える、できるようになる、
歓喜する、感動する、そして、感謝される。
それだけでオレの心は満たされていたんだ。
最初の頃は。そうだ、最初の頃は誠実だった。
オレはもっと魔術に対して誠実だった。
まっすぐで、素直で、純真だった。
1本の道をまっすぐ進んでいるつもりだった。
ところが、いつの間にか変わっていた。
そうだ、いつの間にか道を踏み外していた。
オレは強くなった。確かに強くなった。
魔力を高め、強い魔術を使えるようになった。
微妙な魔波も敏感に感知できるようになった。
非常に精密な魔波の制御も可能になった。
だが、それと同時にオレは溺れていった。
自分の力に。
魔術で他者を圧倒したときの爽快感に。
爽快感。それだけじゃない。
それだけじゃないんだ。
万能感、全能感、オレは思い上がっていた。
最初の誠実な心を忘れ、失ってしまった。
教えることの喜び。それを享受する心を。
気がつけば抱えていた。埋めがたい空白を。
心の奥で、いつも虚しさを感じていた。
魔術で人々を黙らせる。
聞き分けのないバカどもを。
焼いて、炭に変えて、黙らせる。
爽快感を得る。
誰もオレに敵わないのだと思う。
万能感に浸る。
だが、いつもそのあと虚しさがやってきた。
それを紛らわすために、また力を使う。
どうにもならなかった。
自分では抑えられなかった。
その悪循環を。
誰かに止めてもらう必要があった。
あいつらは止めてくれた。
あの日出会った、あの剣士と魔術師が。
オレをこの悪循環から解き放ってくれた。
いささか危険な方法で。かなり手荒い方法で。
あの日、殺されかけてオレは目が覚めた。
恥にまみれた逃走がオレの心を正してくれた。
自分の学校を建てる。
オレのやり方で魔術を教える。
心に決めてから動き出すまで早かった。
ここはいい町だ。
静かで、人もそんなにいない。
自然が豊かで魔術の訓練に集中できる。
大都市からそう離れているわけでもない。
そんな町で見つけた空き物件。それがここだ。
この建物だ。ここでオレは始めることにした。
自分が考える理想的な学校を開くことにした。
物件を見つけたその日に購入手続を済ませた。
職人を集め、全面的な改装を依頼した。
オレが望む形に。同時に学生集めに動き出す。
改装が終わったら、すぐに開校できるように。
アラヨクの町に行く。そこは大都市だ。
多くの人が集まる。そこで宣伝をする。
いろんな場所で学校の案内文を配布した。
1人、2人、3人と入校希望者が集まる。
順調だった。自分でも驚くほど。
なぜあんなにうまくいったのか。
オレには分かったからだ。
心の中に虚しさを抱えている人間が。
胸の中の、どうにも満たされない空白。
そういったものを抱えている人間が。
顔を見ればすぐに分かった。
群衆の中にいてもすぐに見分けられた。
おそらく自分がそうだったからだろう。
そして、そういう人に案内文を渡す。
みんな学校に興味を持ってくれた。
彼らは求めていたのだ。
物質的に恵まれた生活の中で。
食べたいもの。使いたいもの。
それらは大体手に入る。
だが、何か別なものがほしい。
もっと異なるもの。
買ったりもらったりするものではない。
そんな特別なもの。
魔術はそんな欲求を満たしてくれる。
魔学校マスならそれを実現してくれる。
彼らはそういう期待をしてくれた。
そんな期待に応えるため、
オレは全力を尽くした。
前々から考えていた魔術の理想的な指導方法。
オレはここでそれを実践することにした。
入念な準備が必要だった。
教材の作成、学習課程の設計。心血を注いだ。
そして、開校。1期生が入学する。
魔学校マスは少人数制。学生は全部で6人。
半年間の学習課程で魔術の基礎を身につける。
1期生は卒業していて、今は2期生だ。
学生は6人。少ないと思うかもしれない。
だけど、これが理想的な人数だとオレは思う。
1人の指導者が学生の能力、性格をよく知り、
個人個人に合わせた的確な指導をする。
何人までならできるだろうか。
何人ならちょうどよいだろうか。
6人だ。それがオレの結論。
教材はすべてオレの手作り。
魔術書の装丁には特にこだわった。
微に入り細に入り美しさに配慮した。
何度も手に取り、読んでみたくなる。
そういう形に仕上がるように。
建物の改装もうまくいった。
職人が見事に仕上げてくれた。
よく見てほしい。
リネ、君なら分かるだろう。
求めたのは、400年前の心生魔術殿。
かつて高名な魔術師たちが集った場所。
高度な魔術談議を重ねたとされる場所。
現代とは内装の様式が大きく違う。
それをここに再現した。
多くの文献をかき集め、読みあさり、
職人たちに細かい指示を出した。
壁も床も天井も。
さらには、机も椅子もそうだ。
この空間にあるものすべてが
当時のものとほぼ同じ。
仮に当時の魔術師がここを訪れたとして、
別な時代の建物だとはまず思わないだろう。
そして、魔学校マス最大の特徴。
それは指導方法。オレが最も力を注いだ部分。
学校の価値を決める決定的な要素だから。
魔学校マスは劇場方式。
オレと学生たちが演者となる。
劇を演じる形で学習を進める。
学生が一方的に講義を聞くのではない。
互いに知恵を出し合い、考え、話し合う。
どうしたらいいのか。何をすべきなのか。
そして、オレが教材に記した問いを解く。
劇と言ったが、台本はあってないようなもの。
そのときの一言が、その場の一挙一動が、
劇の進行を変えていく。
どんな結末になるのか。
学生たちは分からない。オレも分からない。
だけど、必ずたどり着く。理想的な結末に。
もはやそれ自体が魔術であるかのように。
学費は決して安くない。
家が1軒建てられるくらいの金がかかる。
人によっては高過ぎると言うだろう。
そこらの魔術塾なら10分の1程度の費用。
だが、オレは自信を持って言える。
それだけの価値があると。
オレにはそれだけの準備があると。
絶対に後悔させない。
入校希望者は後を絶たない。
もう4期生まで定員が埋まっている。
2期生も見どころのある者が集まっている。
商人、歌人、芸人、職人、放浪者…
彼らの経歴はさまざまだ。
彼らの性格、気質、嗜好、思想も。
まるで違う。しかし、共通点がある。
さっき言ったことと重なるが。
それは虚無感。心の空洞ともいえるもの。
簡単に満たされない欲求。そういったもの。
オレには使命がある。
彼らのその欲求を満たす使命が。
そして、彼らを救う。
そういう使命がオレにはある。
オレは探究を続ける。
魔学校マスはどうあるべきか。
優れた指導法とは何か。
学生は何を求めているのか。
それは、答えのない問いだ。
だから、研究、実践、反省を繰り返す。
オレは進んでいく。
決して平坦ではないその道を。
魔術指導、学校運営というその道を…」
そして、マスタスは口を閉じた。
アルジ&エミカ&ミリ「………」
リネは立ち上がる。
背中に添えられていたミリの手。
それをそっと振り払って。
ミリ「………」
リネはマスタスの顔を見つめる。
リネ「…うん…」
マスタス「………」
リネ「…かった…」
アルジ「……え?」
リネは、小さな声で何かを言った。
しかし、何を言ったのか誰にも聞こえない。
アルジにもエミカにもミリにも。
マスタスにも。
リネは、もう1度言う。
さっきより少し大きな声で。
リネ「分かった…」
アルジ「…え?」
リネの目は潤んでいた。
◇◇ ステータス ◇◇
◇ アルジ ◇
◇ レベル 23
◇ HP 2277/2277
◇ 攻撃
34★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 防御
26★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★
◇ 素早さ
28★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★
◇ 魔力 5★★★★★
◇ 装備 勇気の剣、雅繊維戦衣
◇ 技 円月斬り、剛刃波状斬撃、朔月斬り
◇ エミカ ◇
◇ レベル 19
◇ HP 1452/1452
◇ 攻撃 9★★★★★★★★★
◇ 防御 12★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
33★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 魔樹の杖、深紅の魔道衣
◇ 魔術 火球、火砲、火樹、火海、王火
◇ ミリ ◇
◇ レベル 16
◇ HP 1008/1008
◇ 攻撃 4★★★★
◇ 防御 7★★★★★★★
◇ 素早さ
17★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
34★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 魔石の杖、紺碧の魔道衣
◇ 魔術 氷弾、氷柱、氷乱、氷渦、王氷
◇ リネ ◇
◇ レベル 27
◇ HP 1011/1011
◇ 攻撃 7★★★★★★★
◇ 防御
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ 14★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
31★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★
◇ 装備 天界石の杖、創造の杖、聖星清衣
◇ 魔術 雷弾、雷砲、雷柱、王雷
岩弾、岩砲、岩壁、王岩
光玉、治療魔術、再生魔術、蘇生魔術
◇ 持ち物 ◇
◇ 治療魔術薬 10、魔力回復薬 20