第106話 敗走
マスタスは話を続けた。
マスタス「巨大な剣の戦士。黒衣の魔術師。
会った瞬間に分かった。本物が来たと。
今までの連中とは明らかに違う。
存在感が。威圧感が。すぐに分かった。
彼らは戦闘に特化した隊員だと。
戦うことを天命とし、技を、魔術を、
戦闘能力を極限まで高めた者たち。
政府が有する戦力の頂点。そこに立つ者たち。
そういう存在が、ついにオレに挑んできた。
このオレを消しにきたのだ。潰しにきたのだ。
オレは心を躍らせる。やってやろう。
見せてやろう。オレの力を。オレの魔術を。
暗黒獄焼術を。そして、宣言しよう。
彼らを倒したのちに。オレは大陸最強と。
もう誰にも文句は言わせない。
ラグアもロニも。
誰もオレに逆らえない。
そうなることを期待した。
だが、同時に少し、ほんの少し不安になった。
ある疑問が頭をよぎる。
ほんの一瞬よぎった。
本当にオレは最強なのか?
剣士を見て思う。
あいつの攻撃をオレはかわせるのか。
魔術師を見て思う。
あいつの魔力はオレより強くないか。
心の奥底に恐怖の感情が芽生えている。
それをはっきり自覚した。
オレたちの間に言葉はない。
しばらくにらみ合ったのち戦いは始まった。
戦いの始まりは、オレの暗球。暗黒獄焼術。
一気に決める。有無を言わさず焼く。
そのときのオレは病みつきになっていた。
大した力もないくせに吠えて刃向かう
愚かな者を焼いて、殺して、黙らせる。
その爽快感に病みつきになっていた。
手に魔力を込める。暗球が現れる。
それを素早く放る。2人に向かって。
避けられるものなら避けてみろ。
暗黒の、高熱の暗球を放とうというとき。
オレの体は凍りついた。
強烈な冷気が体を包んでいた。
魔術師の仕業だった。負けたのだ。
速さで。驚愕した。その速度に。
いつの間に撃ち込んだのか。
本当に一瞬のことで見えなかった。
だが、同時におかしいと思った。
こんなことはない。考えられない。
オレたちは魔術を見せ合ったことなどない。
あいつにはなぜ分かったのか。
オレが暗球を出そうとしていると。
あの女はなぜ軽々超えられたのか。
このオレの速さを。
魔波の感知能力の鋭さ。
それだけでは説明がつかない。
そう思った。これは自惚れじゃない。
それぐらいオレの魔術を出す速さは規格外。
ラグアも、ロニも、ホジタでさえも、
オレが魔術を使う速さには舌を巻いていた。
ところが。ところがだ。
あの魔術師は軽々超えた。
オレの体を凍らせた。見事な王氷だった。
そして、オレは瞬時に考えて結論を出す。
なぜオレの暗球を見切ることができたのか。
あの女は見ていたのだ。
仲間が焼かれていくのを。
陰に隠れ、息を潜め、遠くから。
仲間が焼かれるのをじっと見ていたのだ。
観察し、オレの魔術を分析していたのだ。
そして、そいつはその短時間で把握した。
オレの癖を。暗球を放つときの魔波の揺れ。
無意識に見せる体の動き。視線の流れ。
そういったものを盗み見て頭に刷り込んだ。
それから、オレの前に現れた。
あの剣士とともに。
オレは火術で凍てついた体を温める。
速く。次の攻撃を。体制を立て直す。
だが、そのときだった。肩を深く斬られた。
あまりのことにオレは思わず悲鳴を上げた。
剣士がすぐ目の前まで来ていた。
オレは反射的に身をよじり、致命傷は免れる。
だが、すぐに2撃目がオレを襲う。
オレの頭を狙って剣を振り下ろそうとする。
終わりか。ここで終わるのか。
その瞬間、そう思う。
だが、オレも往生際が悪い。暗球を放った。
体勢を崩しながら。痛みに顔をゆがめながら。
それは一瞬。ゆえに複雑な操作はできない。
いや、できなくていい。できなくてよかった。
小さな暗球を放つ。剣士の頭に命中する。
簡単だ。あいつを操るのは。
魔力の耐性がなかったから。動くな。
それがオレの命令。それで十分だった。
あいつの動きは止まった。
今度こそ暗黒獄焼術の餌食にしてやろう。
そう思った瞬間、今度はオレを炎が襲う。
魔術師の女が放った王火だった。
その炎は、オレの全身を激しく焼いた。
その炎に包まれて、オレは確信した。
この女は完全にオレの上を行っていると。
魔術師としてオレは完全に負けていると。
剣士の男がオレの目の前に立っていた。
あの女はそいつを避けるように炎を放ち、
オレに命中させたのだ。それでいてあの火力。
それは見事と言うほかない魔波の制御。
王火がオレの八多羅守護衣を、
そして、オレの体を焼いていく。
耐えられない。そう思った。
そして、オレは逃げ出した!
完全に戦意を失った。
彼らに背を向けて走り出した。
屈辱の敗走だ。
だが、あの場で戦い続ければ負ける。
まず間違いなく。そう思った。確信していた。
そして、それは最悪の事態だった。
どうしても避けなければならないことだった。
逮捕され、連れ去られ、
精神操作などされた日には…!
裏口から外へ出て、オレは走った。
強い雨が降っていた。夜の町、雨の中、
オレは息を切らして、駆けて、駆けた。
後ろから2人の足音。近づいてくる。
追いつかれる。そう予感したとき。
オレの恐怖は極まる。叫んだ。大きな声で。
町中に聞こえるように。助けてくれ!
強盗だ!襲われる!誰か!助けてくれ!と。
泣き叫ぶようにオレは精一杯の声を上げた。
恥だ。不名誉だ。だが…!!
だが、そんなことはどうでもいい。
とにかくオレは生き延びたかった。
町の連中が立ちはだかる。
剣士と魔術師の前に。
あいつらは足止めを食らう。
その隙にオレは小路に入り、
町の外へ出て、林の中へ逃げ込んだ。
オレは助けられたのだ。救われたのだ。
闇の中を歩き回る。小さな洞穴を見つける。
その日はそこで眠らず震えて一夜を過ごした。
八多羅守護衣は使い物にならなくなっていた。
よく持ちこたえてくれたものだと思った。
王氷も王火も、そして、剣士のあの斬撃も。
八多羅守護衣じゃなかったら…
と思うと恐ろしくなった。
脱いで、感謝し、引き裂いて、燃やす。
翌朝、空に1羽の巨大な鳥。
ロニの魔術で操られ、飛んできた。
オレの頭上を悠々と飛んでいる。
ロニがオレを探してくれたのだ。
急降下し、それはオレの目の前に立つ。
その鳥の鋭い目つき。
オレを非難しているように見えた。
それから、ラグアとロニがやってくる。
あのとき、彼らが言ったこと。その内容。
ほとんど覚えていない。だが、すべて正論。
耳が痛くなるほどの。そのことは覚えている。
ラグアは再生魔術でオレの傷を治してくれた。
負傷してから時間が経っていたこともあって、
前と元通りというわけにはいかなかった。
今でもこの左肩はうまく動かせない。
皮膚には大きな火傷の跡が残っている。
このことは残念だが、よかったとも思う。
教訓として体に刻まれたのだから。
肩の不調を覚えるたび、
火傷の跡が目に入るたび、
オレは思い出す。あの日の失態を。
それから、大遊説は休止。オレは故郷に帰る。
そして、しばらくの間謹慎することになった。
特に何をするでもない。
1日1日をただやり過ごした。
魔術を磨く気にもならなかった。
オレはこれから何をしたらいいんだろう。
ぼんやり考えて、食って、寝る。
それだけの生活を送った。
そして、ある日、思いつく。
こういうことをしたらどうかと。
本当はこういうことがしたいんじゃないかと。
それが、教えることだった。魔術を、人々に。
そして、オレは魔術学校を建てることにした」
◇◇ ステータス ◇◇
◇ アルジ ◇
◇ レベル 23
◇ HP 2277/2277
◇ 攻撃
34★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 防御
26★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★
◇ 素早さ
28★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★
◇ 魔力 5★★★★★
◇ 装備 勇気の剣、雅繊維戦衣
◇ 技 円月斬り、剛刃波状斬撃、朔月斬り
◇ エミカ ◇
◇ レベル 19
◇ HP 1452/1452
◇ 攻撃 9★★★★★★★★★
◇ 防御 12★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
33★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 魔樹の杖、深紅の魔道衣
◇ 魔術 火球、火砲、火樹、火海、王火
◇ ミリ ◇
◇ レベル 16
◇ HP 1008/1008
◇ 攻撃 4★★★★
◇ 防御 7★★★★★★★
◇ 素早さ
17★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
34★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★★★★
◇ 装備 魔石の杖、紺碧の魔道衣
◇ 魔術 氷弾、氷柱、氷乱、氷渦、王氷
◇ リネ ◇
◇ レベル 27
◇ HP 1011/1011
◇ 攻撃 7★★★★★★★
◇ 防御
18★★★★★★★★★★★★★★★★★★
◇ 素早さ 14★★★★★★★★★★★★★★
◇ 魔力
31★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★★★★★★★★★★★
◇ 装備 天界石の杖、創造の杖、聖星清衣
◇ 魔術 雷弾、雷砲、雷柱、王雷
岩弾、岩砲、岩壁、王岩
光玉、治療魔術、再生魔術、蘇生魔術
◇ 持ち物 ◇
◇ 治療魔術薬 10、魔力回復薬 20




