第十七話
「やめろ!」
振り上げた腕を掴み、聡司は注射器を取り上げた。
「今泉さん、助けて」
泣きながら駆け寄って来る香織の身体を躱し、聡司は菫に向き合った。
「桐谷さん。ありがとう。でも、もういいんだ」
赤い眼が悲し気に聡司を見詰める。何か言いかけて唇を噛み、菫は顔を伏せた。
「毒薬の瓶は出てきたんだ。薬品庫の棚の下、隙間の奥に埃まみれで転がっていたそうだ」
「……嘘」
二人の女の口から、同時に同じ言葉が出た。
「事実だ。届け出も廃棄も既に済んでいる。アコニチンは盗まれてなどいなかった」
聡司の言葉に、香織がいきり立った。
「じゃあ何。注射器の中身はフェイク?ふざけないでよ。卑怯じゃない!」
詰め寄ろうとする香織から菫を庇い、聡司は蔑みを込めて香織を見詰めた。
「卑怯なのは君の方だ」
そう言った聡司を、香織は睨み付けた。
「じゃあ、何故アカさんは死ななきゃいけなかったのよ」
「君の知ったこっちゃない!」
人を怒鳴ったのは生まれて初めてかもしれない。聡司は全身を震わす怒りを必死に抑え、手の中の注射器を握りしめた。
聡司の指をそっと外し、菫が注射器のキャップを閉めた。ポケットに納め、再び香織に向き直る。
「私はアコニチンの抽出方法を知っています。憶えておいて。私はいつでも、あなたを殺せることを」
香織は再び後ずさり、声も立てずに転がるように逃げて行った。不規則に反響するヒールの足音が遠くなり、やがて辺りはとても静かになった。
「アコニチンの瓶が見付かったって、薬局長がそう言ったんですか」
菫が尋ねる。
「本当だよ。安田が発見したんだそうだ。本人から聞いた」
それを聞いた菫は両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んだ。




