第十三話
数日が過ぎたある日、買い物から戻った菫がキッチンに入ると、アカさんの後ろ姿があった。テーブルにはティーカップが二つ。そして彼女の手に握られていたのは、忘れもしないあの黒い瓶だった。
「アカさん、駄目!」
咄嗟に後ろから瓶を取り上げた菫に、アカさんは赤い眼を向けた。疲れ果てたような、何もかもが嫌になったような、そんな表情だった。アカさんは死のうとしたのだろうか。そして、菫を道連れにしようとしたのだろうか。
それも良いかもしれない。アカさんが、私を選んでくれたのなら。そう思いかけて、ふと手の中の毒薬の瓶に目が行った。
「駄目。毒薬で死ぬのは、とても苦しいから」
何故もっと他の言葉で止められなかったのだろう。母の死に顔は凄絶だった。アカさんには、あんな風になって欲しくなかった。あなたが望むなら一緒に逝く。でも、あんな死に方は嫌。
アカさんは微かに笑い、椅子に腰を下ろした。カップに紅茶を注ぐ。毒は入れていないからと勧められ、菫は紅茶に口をつけた。
「毒薬が紛失したって大騒ぎになって初めて、自分がうっかりポケットに入れていたのに気付いたの」
悲し気な微笑を浮かべながら、アカさんは言った。
「あっという間に大事になってしまって、誰にも言えなくなった。看護師としてのプライドが邪魔をしたの。情けないでしょう。笑っちゃうわよね」
「アカさん」
笑うものか。菫だって同じだった。叱られたくない、そんな子供の様な理由で口を噤んだ。そしてアカさんを巻き込んでしまった。
「ホワイトボードの落書きを見てぞっとした。誰かが見ていたんだって。誰かの読み間違いによってあなたが疑われることになっても、私は本当のことが言えなかった」
ごめんなさい、とアカさんは言った。
「インスタにコメントが送られてきたのは、ちょうど妊娠が分かった頃だった。『あなたの罪を知っている』。私には、呪いの言葉のように思えたわ」
アカさんの頬が急激に白くなる。コメントを読んだときの衝撃が窺えた。
「流産して、とても辛かった。悲しくて苦しくて、どうしようもなかった。でも日にちが過ぎるうちに、こんな風に思えたの。禊は済んだんじゃないか。もう許してもらえたんじゃないかって。コメントは一回きりだったから、そんな勝手なことを考えてしまったのね」
何も言えずにただ聞いている菫の眼を覗き込み、アカさんは続けた。
「白い彼岸花があまりに綺麗だったから、新しいアカウントでアップしたの。そしたら」
アカさんは音を立てて息を吸った。
「コメントが入った。『あなたの罪を知っている』。全く同じ言葉だった」
身体を震わせ、蒼白な顔でアカさんは言った。
「スミレちゃん。あれは、……あなたなの?」




