問題のある優秀な男
その精霊曰く、まず、生徒会にいた1人の女生徒Aがヴァンくんに恋をした。
彼女は自分を良い人に見せようと、もう1人いた女生徒Bを引き立て役にしようとした。しかし、目論見がばれて、Bもまたヴァンくんに惹かれていたので、争いが勃発。
AとBの攻防は日に日に激しくなり、迷惑したヴァンくんは2人とも凍らせた。
そうして2人が生徒会を抜けたあと、ほくそ笑んだのは女生徒Cだ。彼女もまた水面下でヴァンくんを狙っていた。
ライバルたちが勝手に自滅し、おなじような目に遭わぬよう、まずは信頼を築こうとする。仕事も、気遣いもできるいい女として。
狙いは良かったが、そのCの作戦に落ちたのはヴァンくんではなかった。
男子生徒DとEの2人である。Cは満更でもないようで、2人にもいい顔を見せていた。
ある日ヴァンくんと2人きりになったCは、いい雰囲気になったと確信してヴァンくんに迫る。しかし、すげなく断られ、怒った彼女はその場で自分の頬を叩き、ヴァンくんにやられた、とDとEの2人に泣きついて……。
それを信じた2人はヴァンくんを懲らしめてやる、と息巻いた、まあ、当然叶うはずもなく氷漬けにされた。ヴァンくんは、それを見て悲鳴をあげたCも、うるさい、と同様に凍らせた。
こうして生徒会には誰も来なくなった。
ヴァンくんがなにも言わないのをいいことに、皆幽霊役員のまま。
「……なるほどな。今はフォーサイスが手伝いをしているのか?」
「はい。だけど、ヴァンくんは書類を持ち帰って寮でも仕事をしているみたいで。このままだと倒れてしまいます」
「ふむ。精霊の話を聞く限り、他の女生徒を手伝いに向かわせるとまた、碌な事にならないだろう。そうだな、とりあえず思いつくのは……成績優秀な男子生徒が1人いる。レヴァン=マーティンと同じ学年で、ロニー=ロッツォ……まずは彼に声をかけてみよう」
「ありがとうございます、是非お願いします」
お辞儀をして、私は職員室をあとにした。
生徒会に人を増やさなくちゃ。ロニー=ロッツォさん、いい人だといいな。
放課後、自クラスでホームルームを終えて生徒会に行く支度をしていると、呼び出しを受けた。
茶髪に愛想の良さそうな笑顔を浮かべた男の人は、ロニー=ロッツォだと名乗って会釈した。わぁ、優しそうな人だ!
「先生から話を伺ったんだ。生徒会に入らないかって。もう少し話を聞きたいんだけど、時間貰えるかな?」
「もちろんです!」
「良かった。じゃあちょっとついてきて」
もし快い返事が貰えたら、今日からでも手伝ってくれるかもしれない。
そしたらそのまま生徒会にいけばいいから荷物も持って行こうっと。
「荷物持つよ」
「そんな、悪いですから」
「気にしないでいーよ」
ロニー=ロッツォは強引に私の鞄をもぎ取った。そのまま反対の手で私の肩を抱く。
あれっ、なんだか嫌な感じ。
胸騒ぎがして、警戒しはじめたその時、ぐいっと引っ張られて、空き教室に押し込められてしまった。
「さて、君があのレヴァン=マーティンのご主人様なんだって?」
ロニー=ロッツォは変わらず笑顔だが、なんだか胡散臭い。
雲行きが怪しい。私は肩に回された手を振り払おうとしたが、力が強く敵わない。
「君を害すれば、レヴァン=マーティンはどんな顔をするかな?」
……怖い!!
ゾッとして強く目を瞑った。
ヴァンくん、ごめん。私余計なことしちゃったーー……。
心の中で謝った途端、私の肩におかれたロニー=ロッツォの手が凍った。
「は?」
ロニー=ロッツォはすぐさま反応して私から手を離し、凍りついた右手を払う。抵抗しているようだが、徐々に氷の方が優勢になっていき、やがて肩まで氷で覆われていく。
「ミーコ、遅刻だぞ」
ヴァンくんの低い声がして、振り向くとすぐ隣に立っていた。
機嫌が悪そうな顔をして、さっきまでロニー=ロッツォが触れていた肩に触れている。ほっとして、私は素直に生徒会に行くのが遅れたのを謝った。
「ごめんなさい」
「ははっ、こんなに早く迎えが来るとはな……。予想以上だったぜ、おかげでまだなぁんにもしてねぇよ」
「片腕だけでは足りなかったか?」
ワイン色の瞳がロニー=ロッツォを睨みつける。
「あの、なぜこんな事を?」
「そりゃあ、【魔王】に会いたかったからさ。脅してごめんね、ミーコちゃん」
「えっ……会いたいだけなら、手伝ってくれるって言えばすぐにでも連れて行ったのに」
「ただ会いたかったわけじゃない。レヴァン=マーティンは生徒会に引きこもって講義には一切出てこない。そのくせどの科目でも才能が認められ、持て囃され……ただ優秀なだけの僕には誰も目をくれない。レヴァン=マーティンと共に入学してからずっと。悔しいから、出来ることならその顔が歪むところを見たかった」
だからちょっとした出来心だった、と言ってロニー=ロッツォは笑う。
「来るのが早すぎて、悔しがる顔は見れなかったけどね。怒った顔は見れたからまぁ、よしとするかな?」
そう言うと、ロニー=ロッツォは召喚の呪文を唱えた。
炎の鳥が現れて、凍りついた腕を溶かし癒していく。
「ふ、不死鳥……! 初めて見た……!」
炎属性最高ランクの守護獣は、とても神々しい。金を溶かしたような炎を揺らし、高貴な佇まいでそっとロニー=ロッツォに寄り添っている。
「やあ、嬉しい反応をどうも。普通はそうやって皆が僕に注目するというのに、レヴァン=マーティンがいるせいで近頃はまったくさ。さて、少し満たされた事だし、生徒会のお手伝いだっけ?してあげるよ」
「こいつはいらん」
ヴァンくんが秒で断った。
私もちょっと遠慮したいかな。ロニー=ロッツォの言い分はわかるけど、なんか妙な事に巻き込まれそうだし。
「えっ、なんで? 僕優秀だよ。ちょっと、置いていかないでよ!」
ヴァンくんが迷惑がって、氷漬けにしようとしたが、不死鳥がすぐに溶かしてしまう。
そんなわけで、ロニー=ロッツォはそのまま勝手についてきた。ちょっと問題のある男だが、優秀なのは間違いない。相手にしようとしないヴァンくんが説明をしなくとも、その場にある書類にすぐに取り掛かってくれた。
おかげでその日、仕事をはじめるのが遅かったにも関わらず、いつもよりも多くの書類が片付いた。