生徒会の仕事を手伝うことになった
次の日、約束通り私は生徒会室に手伝いに来ていた。
「来たか。ちょうどいい、紅茶を頼む」
「はい」
ヴァンくんは私をちらりと見ただけですぐに仕事に戻った。
茶葉を持ってきていたので給湯スペースを借りて湯を沸かす。生徒会室には、本当にヴァンくん1人きりだ。机はいくつかあるのに、いずれも物置になっており、ところどころ埃っぽい。
蒸らし時間を経て、温めておいたカップに紅茶をそそぐ。
お茶菓子なんかは常備がないようだ。砂糖すらも置いていない。今度自分で持ってこようかな。
「どうぞ」
「ああ」
昨日飲んでいたテーブルの方に用意すると、ヴァンくんが作業机から移動してきた。1口飲んで、疲れているのか目頭を押さえている。
「ミーコはまず、どれでもいいから作業机を1つ使える状態に片付けてくれ。片付いたら計算済みの書類を渡すからミスや漏れがないかチェックして欲しい」
「わかりました」
比較的きれいな机を選んで、すぐに片付けにとりかかる。乗っていた資料はすぐ隣の机に置かせてもらって、明らかに書き損じのものは処分していいか後で尋ねることにしてまとめて束ねておく。私が作業している間、ヴァンくんがじっと目で追ってきているのがわかり、少し居心地が悪い。けど、気が付いていないふりをする。
給湯スペースに雑巾も置いてあったので、それで何もなくなった机の上を一度拭いた。よし、こんなもんだろう。机の上が乾いたら、作業を始めるには充分だ。
紅茶を飲み終わったヴァンくんが、私が綺麗にした机に近づいてきた。清掃具合のチェックだろうか?いや、違う。運び出した。ヴァンくんの作業机の向かい側になるようにくっつけた。確かに離れているよりそうした方が仕事はしやすいだろう。だけど……向かい合わせだと、ヴァンくんの人間姿に慣れていない身としてはちょっと都合が悪い。
とまどう私を無視して、ヴァンくんは乾いた机の上に2つケースを置いて、そのうち1つへ書類を入れた。
「上から順に処理をして、終わったら隣のケースへいれろ。入れるときは裏返しにするように」
「はい」
手に取って、たくさんの文字列にげんなりする。小説と違って面白くもないし、教科書のように誰にでもわかりやすいように書いてあるわけじゃない。小難しい言葉が、わざわざ遠回しな言い方で書いてあるのでとても読みにくい。時々わからない単語が出てきて、別の作業机に置いてあった辞書を拝借する。
1枚目が終わると、向かい側に座ったヴァンくんが頬杖をついて私の作業を眺めていた。ワイン色の瞳とばっちり目があってドキリとする。
「こ、こんな感じでいいでしょうか」
「ああ」
2枚目に手を付ける。今度は数字が羅列している。予算提案のようだ。暗算ではとても計算できないので、これまた隣の作業机に放ってあった計算機を使う。ぱちぱちと数字のボタンを叩く間、ヴァンくんの視線が気になって仕方がない。まだずっと、私の事を見ているのだ。初めての仕事だからきちんとできているか確認なのかもしれないけれど落ち着かない。おかげで1度途中で入力をミスして、最初からやり直しになってしまった。2枚目を終えて裏返しにし、ケースにいれる。また、ヴァンくんと目が合った。
「み、見られていると緊張します」
「何故?」
「何故って……」
私はヴァン君から目を逸らした。雪だるまの時は良かった。ただ可愛いだけだし、見られていても何も感じなかった。だけど、人間になったヴァンくんは私よりも大きいし……イケメンなのだ。しかも、表情がわかりにくくて怒っているように見える。イケメンの不機嫌な顔というのはとても心臓に悪い。いい意味でも、悪い意味でも。
「ふん」
答えられない私の胸の内を知ってか知らずか、ヴァンくんが鼻で笑った。
「まぁいい。仕事に不備はない。だが、遅い。猫の手を借りた方がマシなレベルだ」
「うっ」
「それでは実習訓練に間に合わんぞ」
「が、がんばります……!」
私から目を逸らしたヴァンくんは、書類に向かって筆を滑らせた。いくつも並んだ数字の合計を、計算機も使わずに書き出している。普通の人間じゃない……!いや、人間じゃないんだけども、実際に目にすると自分の目の方を疑ってしまう。そりゃあそんな人から見たら、私の処理速度なんてカタツムリが歩いているくらいに見えるだろう。
せめて猫……!猫にならねば……!
私は慌てて目の前の書類に集中した。
◇◆◇
「ミーコ」
呼ばれてはっと顔をあげると、すぐそばにヴァンくんの顔があって、思わず「ひっ」と息をのんだ。
向かい側に居たはずが、隣で私の手元を覗き込んでいる。
「その書類で今日は終わりだ。もう暗い」
窓の外を見れば既に夕日が沈んで夜になりかけていた。ちょうど終わった書類をケースにいれる。随分頑張ったが、ケースにいれた枚数よりも、追加でヴァンくんが未処理ケースにいれた枚数の方が圧倒的に多い。
これが毎日か……と思うと気が沈む。終わりが見えない。
「今日も送る。荷物をまとめろ」
「は、はい」
ヴァンくんも自分の荷物をまとめている。鞄にまたいくつか書類を放り込むのを見て、もしかして寮に帰っても仕事をしているのでは?と思い立った。これだけの仕事量を1人でやっているだけでも大変なのに、まだやるのか……。
手伝いは、私1人だけ。どうして?普通、おかしいよね。
次の日も、その次の日も同じようにして過ごす。いくらか慣れてきて、少しだけどスピードは上がったと思う。といっても、ヴァンくんの作る書類に不備なんて見当たらないので、ほぼ読んで眺めているだけで修正の必要なんてない。
生徒会の仕事を手伝うことになった、とフランに言うと、とても心配された。ヴァンくんに凍らされたりしないか、何か脅されたりしていないかって。たぶん、そういうことなんだろう。誰もかれもがヴァンくんのことを恐れて近づかないし、手伝わない。ヴァンくん自身も、近づかれたがらない。だからいつも1人で、このえぐい量の書類仕事をこなしている。
私がいなかったら、紅茶を飲んで休憩することもなかったのかもしれない。
一緒に飲みながら、ちらりと見たヴァンくんの顔には、わずかだが隈ができていた。絶対に無理をしてる。
寮に帰っても仕事をして、あまり寝ていないに違いない。
「明日、守護獣と一緒に受ける講義があるんです」
「2限目だろう。行くから心配するな」
来てくれるかどうかは心配してない。心配しているのは、ヴァンくんの体調の方だ。