繋がりを感じる
1か月に1度だけある、占星術を選択している人は少ない。
私は明日の天気がわかるなんて便利だなあ~と軽い気持ちで選んだんだけど、やっていることは結構本格的で繊細だ。
教科書に描かれた星空を見ながら、角度や光の強さ、色を読み取って総合的に判断しなければなくて、慣れないうちは時間がかかる。読み取った意味と意味とが繋がらない時には、アドリブも必要になる。
例えば、左の明るい青い星が晴れを告げているのに、下の方には薄い雲が白い星3つを隠しているから、晴れだけど、一瞬だけ通り雨が降るでしょうとか。
陽の沈む一瞬でしか占えないこともあるので、タイミングも重要になる。
その瞬間にわかればいいが、教科書とにらめっこしながら占っていては時間が過ぎて結果を見逃しかねない。集中力と記憶力が必要だ。
だいたい授業の最後の方にはみんな疲れた顔になる。
頭が痛いのかこめかみを抑えている人もいる。
そんな人の為に、授業が終わる5分前になると、先生が軽い占いを用意してくれる。
筒のような箱にはいった棒を引いて運勢を占う――いわゆる籤だが、これがなかなか当たると評判で、これをしたいがために授業をとった人もいるほどだ。
私も毎回ちょっと楽しみにしている。
教室の出口にならんで、籤をひく列に並ぶ。
籤をひいたひとから帰れるので荷物を持ったままだ。
私の順番が来て、ふと籤を引く瞬間にレヴァン=マーティンのことが頭に浮かんだ。
「まあ。今日一番のあたりはフォーサイスさんね。おめでとう」
「いいなあ!おめでとう」
羨ましがるまわりに軽く会釈しながら、籤を戻して引き換えに封筒をもらう。
うれしい。
何度も引いているけれど、はじめてのことだ。
教室を出てから、金字で「特等」と書かれた封筒の端を破って、なかに入っていた占い結果の紙を読んだ。
『待ち人来ず、迎えに行けば由。手土産などあればなお由。
夕の刻逃さず、花の道が開かれるだろう』
「これって……」
思わず声が漏れる。
まさに今悩んでいたレヴァン=マーティンのことではないかしら。
しかも、わ、私から話しかけにいけって書いてある……!
夕の刻はちょうど放課後あたりね。手土産って何がいいんだろう……?
今から街の外まで買いに行くんじゃ次の授業には出られなくなってしまうから、それはだめ。
寮の部屋に何かいいものあったかしら? ううん、どうしようかな……。
そわそわした気持ちのまま、次の授業を受けるために廊下を急ぐ。
魔法実技は少し離れたところにある運動場にあるのだ。
わたしたち1年生はようやく小さな炎の玉を出せるようになってきたぐらいで、それを的にあてる練習を行っている。
守護獣を得ると格段に魔法を扱う能力があがるといっていたので、今日からの練習を楽しみにしている人も多い。
私もそのはずだったけど、守護獣が人間だから……期待できないかも。
運動場につくと、クラスの半分くらいの人が守護獣を連れてきていた。
その中に、フランの姿を見つけて走り寄る。小さなゴーレムが、フランの肩の上にぶらさがって遊んでいた。
「ミーコ、なんだかうれしそうだね」
「占星術の授業で特選を引いたの」
「わあ、それはおめでとう。なかなかでないって噂なのに」
にこにこしていたフランの顔がさっと曇って、私は首を傾げた。
フランの視線は私の後ろの方に向いている。
「ようミーコ、おまえの召喚獣はどこだよ」
「よせよぉ、ジャック。ミーコの召喚獣はぁ、人間だったじゃーん」
「連れてこれるわけないよな、失敗だもんな!」
振り返ると、ひょろひょろと背ばかりが高いジャックと、そのとりまき2人がにやにやした笑いを浮かべていた。
ジャックはクラスの中では1番の身分持ちで、過去に魔法薬の授業でこてんぱんに私に負けた事がある。
それを恨んでいるのか、何か私をいじるタネがあるとすぐに喜び勇んでやってくる。
特に魔法実技では、私よりもジャックの方が素養があるので、たびたびマウントをとりにくるのだ。
大した魔法をうてない私と競うなんて、ただの弱い者いじめでしかない。それが格好悪いってことに気が付かないんだろうか。
毎回相手をするのにも疲れるしため息が出る。
「あのね、失敗ではないわよ。確かに人間だったけど……」
「素直に認めろよ、あの人が召喚獣なわけないだろ」
「ジャックの召喚獣はぁ、花コウモリだったんだぞぉ、すごいだろ~」
花コウモリは、頭に花の咲いたコウモリである。
洞窟などの暗いところでじっとしていて、花だと思って近づいてきた獲物をばくりと捕食する中級の魔物だ。
トラップを見分ける能力に優れていて、なかなかいい召喚獣なのは間違いない。
今はジャックの頭の上ですやすやと寝ているようだ。
争うよりも認めた方が満足してどこかへ行ってくれるんじゃないかしら。そう期待して、私は素直に褒めることにした。
「よかったわね、可愛いじゃない」
「そそそ、そうだろう?も、もしおまえが望むなら触らせてやってもいい」
「おおお~」
「いけ、がんばれジャック」
しかし、ジャックはどこかへ行くどころか私に1歩近づいてきた。
よっぽど花コウモリが嬉しくて自慢したいのかしら?
「いいわよ。寝てるのに起こしてしまうかも」
「お、俺がいいっていったらいいんだよ」
別にそこまでして触りたいわけじゃない。
もし何かを企んでいて、私が触った途端因縁をつけられでもしたりしたら厄介だ。
どうしよう、と目配せするとフランはすぐに私とジャックの間に入ってくれた。
「ちょっと。ミーコはいいっていってるじゃない。それともそうやってミーコの気を引きたいのかしら?」
「なっ……そ、そんなわけないだろっ」
「だったらもういいでしょ。放っておいてよ」
「ぼ、僕は召喚失敗したかわいそうなミーコに情けをかけてやろうとしただけだっ」
「必要ないわよ。失敗してないんだから」
「嘘をつくなっ」
「ついてないっ」
フランが入ったことで、ジャックは何故かむきになったようだった。
言い争いになってしまった私たちのところに、先生がすっと入ってくる。
「皆さん。授業はもう始まっていますよ。まわりを見てごらんなさい」
ぴしゃりと言われて、慌てて見渡せば、既にもう実践訓練は始まっていた。的に向かってそれぞれ炎の玉を投げている。
「……それで、話を聞いていましたが、僕もレヴァン=マーティンを守護獣にしたフォーサイスさんには少し興味があったんですよね。あれが失敗でないなら、今日魔法を撃てばわかるはずではありませんか? 今までよりも、威力や精度があがっているかもしれません」
「そんなわけないですよ先生、仮に失敗じゃなかったとしても、レヴァン=マーティンは人間ですよ。守護獣みたいに力を貸してくれるような存在ではないはずじゃないですか」
ジャックが言うが、先生は気にせず私に的を狙うように言った。
「さあ? どうでしょうね。あれだけの美貌、あれだけの実力……【魔王】とあだ名がつくほどの彼ですよ。もしかしたら……ただの人間じゃないかもしれません……」
狙ってだしたはずの炎は、私の指先から離れるとすぐに消えてしまった。
その様子を、ジャックのとりまきが笑う。
「ははっ、前より弱くなってんじゃあ~ん」
「……いえ。よく的をみてください」
先生が指す先にある的の中心に、穴が開いている。
私は、自分の掌を見つめた。打った瞬間、いつもよりもすごい魔力を感じた。
的の後ろに生えていた樹がみるみるうちに凍って枯れていく。パキパキと音を鳴らしながら、枝が折れていくつも地面に落ちて行った。
「撃った時は炎魔法だったよね?」
フランが目を丸くしながら私に尋ねる。
「うん、いつも通りにしたつもりだった」
「それが氷にかわり、保護魔法をかけてあるはずの的を貫いて、周りを凍結させるほどの威力になった、と」
先生がすごいですねぇ、と威力を確認しに的の方へいった。
この氷は私の魔力じゃない。
思わずレヴァン=マーティンのいるだろう生徒会室の方に目をみやる。
冷気で凍った窓からは何も見えないが、彼がそこにいるのは確かだ。
そして、間違いなく私の守護獣であることも。
離れた場所にいるのに、繋がりを感じてドクリと心臓が波を打った。
「さすが【魔王】ですねえ。……もう少し知りたいなあ」
凍った枝を拾って検分しながら先生がぽつりという声が小さく聞こえた。
そこに含まれる思惑が、好奇心だけではないような気がして私は思わずぶるりと震えた。
気のせいだといいが、なんだか怪しい感じがする。
「ミーコぉ!すごいね、炎の守護獣じゃなかったのは残念だけど、かなり強いし頼もしそうじゃん!」
フランの声が明るく響いて、その雰囲気が一掃されていく。
「ジャックわかったでしょ? 嘘じゃないって」
「お、おう……悪かったよ」
「いいよ。だって信じられないものね、ふつう……人間が、守護獣として召喚されるなんて」
レヴァン=マーティンは守護獣なのか?
どうして私の守護獣になったのか?
聞きに行ったら教えてくれるだろうか。