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距離感がつかめない

 翌朝目が覚めて、窓の外を覗くといい天気だった。風がとても気持ちいい。さて、支度をして――……


「あっ……!」


 私、待ちあわせ時間決めてない!!

 それどころか場所も!!

 ヴァンくんをうまく誘えたのが嬉しくって、そのほかのこと何も考えていなかった。


 正直、召喚()べば、ヴァンくんは来てくれる。だけど相手は召喚獣とはいっても、普通に人間として生活をしているのだ。まだ寝ているかもしれないし、都合というものがある。


 とりあえず着替えよう。荷物を持って、男子寮まで迎えにいくしかない。待たせされるかもしれないけれど仕方ない。

 デート、という単語が頭をよぎってスカートを手にとったが、戻した。今日は買い出しだもん、荷物も増えるだろうし、動きやすい恰好にするべきよ。だけど、Tシャツにズボンだけはさすがにちょっとな……。

 Tシャツをブラウスに変えよう。丈が長めの上着を羽織るくらいなら邪魔にはならないだろう。


 荷物がたくさんはいるように、大きめの肩掛けバッグを持って私は女子寮を出た。男子寮は、歩いて5分くらいの距離にある。

 しかし、女子寮の門を出たところで、足元にひらりと雪が舞った。

 まだ降る季節じゃないのに。

 ……と、いうことは、これは間違いなく……。


 きょろきょろ見渡すと、門の柱にもたれ掛かるヴァンくんがいた。スルーして通り抜けようとした私も私だけど、ヴァンくんも本を読んでいてこちらを見ようともしていない。危なかった。雪に気が付かなかったらたぶん男子寮までいってすれ違っていたかもしれない。


「ヴァンくん!」


 私が駆け寄ると、ヴァンくんは本を閉じて、ワイン色の瞳がこちらを見た。


「ごめんなさい。私、時間もなにも伝えていなくて。もしかして長いこと待たせてしまいましたか?」

「……いや。大丈夫だ」


 当たり前なのだが、今日のヴァンくんは制服ではない。汚れひとつない真っ白なズボンを履き、黒いタートルネックでファンシーな首輪を覆って隠している。どこからどうみても召喚獣には見えない。羽織っているジャケットがよく似合っていて、私は思わず自分の格好を見直した。このイケメンの隣に立って歩けるの?私……。


「どうした? 行かないのか?」

「あ、いえ、行きます……!」


 街へ向かって歩き出したヴァンくんの後ろにあわててついていく。寮は学園の中にあって、学園から街へいくには林道を抜けなければならない。道は舗装されているが、すこし距離がある。


 こんなところで怖気づいていたら駄目だ。仲良くなるために一緒に出掛ける作戦なんだから。ダンジョン実習のための買い出しを口実に使いはしたけど、他にもなにか遊んだりできたらいいな。うう、ハードルが高い。

 前を歩くヴァンくんに何か話しかけようとするけど、何を言ったらよいかわからない。

 こういう時は相手の好きそうな話題とか、思い出話とか……そうだ!


「ひ、久しぶりですね。一緒に遊びに行くの」

「遊びではなく、買い出しだろう」

「せっかくだから、買い出しだけじゃなくってご飯食べたりもしたいです」

「その割には、楽しそうではないな」

「えっ??」


 ヴァンくんが急に立ち止まって振り向いたので、ぶつかってしまい、慌てて謝る。離れようとした私の肩が掴まれた。


「緊張しているだろう」


 じっとワイン色の瞳に見降ろされて、思わずたじろぐ。


「何故だ? 昔のミーコはもっと、楽しそうにしていた」


 真っすぐヴァンくんの顔を見れなくて、目線をそらす。だって、ただの雪だるまだと思っていたんだもん。雪だるまだと可愛いし、何を言われても怖くないし。


「ミーコは、人間の俺が苦手なのか」


 声のトーンは変わらないが、不機嫌になっているのがよくわかる。私の見ている先にある地面が少し凍り始めているから。


「そ、そういうわけじゃ……」

「嘘をつくな。じゃあ何故こちらを見ようとしない?」


 肩におかれた手とは反対の手が、私の顎をすくって無理矢理目が合わせられる。視界いっぱいにイケメンの顔が広がって思わず「ひっ」と声が漏れた。思っていたより近い近い近い!


「やはりな」


 私の反応をみてヴァンくんは、ぱっと私から手を離した。

 諦めたように追及をやめ、街へ行く道をすすめようとするヴァンくん。私はそれを止めようと、急いで服にしがみついた。


「ちちち違うの! 嘘じゃない! 逆です!」


 恥ずかしいけれど言うしかない。このまま気まずいよりは、言って気まずいほうが多分まだマシだ!


「ヴァンくんの顔が好みなんです!!」

「……は?」


 間違えた!!!

 いや間違えてないけど、そうじゃなくて、もっと違う言い方をするつもりだったのに、慌てすぎて極論をぶっ放してしまった。


「あ、あの、えと、その違くて……」


 顔がかーっと熱くなって、しがみついていた手を離して自分の顔を隠す。

 やばい、恥ずかしい。はやく何か言わなきゃと思う程うまく言葉がみつからない。


「私の知ってるヴァンくんは、ゆ、雪だるまだったから。苦手なんじゃなくて、人間の姿に慣れてないというか」

「好み?」

「あああ、もう! 正直にいいます。雪だるまの姿の方が嬉しいです!」

「ふむ」


 ヴァンくんは、自分の顎に手をあてて考えるそぶりを見せた。そのまま、ずい、と1歩近づいて、顔を私に近づけてくる。私は思わず1歩後ろに下がった。


「嫌いな訳じゃないんだな?」

「は、はい」


 離れた分、ヴァンくんがまた1歩近づいてくる。妙な圧を感じて、私はまた1歩さがる。


「雪だるまの俺なら緊張しない?」

「……っ、はい」

「なるほど、つまり――……」


 また1歩詰められて、一歩さがる。

 ワイン色の瞳がきらりと輝いていて、目が逸らせない。逸らした瞬間、何をされるかわからない。


「俺の顔に、慣れればいい」


 それ以上後ろにさがることはできなかった。背中が木にあたって、距離をつめたヴァンくんが私に覆いかぶさるように閉じ込めている。こつりと額同士がくっつけられて、限界を迎えた私はぎゅっと目を瞑った。泣きそう。


「目を開けろ」

「無理」

「俺を見て」


 低い声が艶めいて聞こえる。幻聴かもしれない。


「無理ぃぃい……」


 ふん、と鼻で笑われて、ヴァンくんの遠ざかる気配がした。

 一気に気が抜けて、私は木にもたれかかったまま大きなため息をつく。心臓がドクドクと煽っていて苦しい。


「気を使って、損した」


 そういうと、ヴァンくんはさっさと街へ行く道を先に進み始めていく。


「ま、待って……ください……」


 この調子で大丈夫かな、私……。


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