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明日お出かけしませんか

 その日の放課後、ロニー=ロッツオが来る前に、と私は急いで生徒会室に向かった。扉を開けると、いつも通りヴァンくんが机に向かって作業をしている。よし、部屋の中には1人ね。


 小さくガッツポーズを作って、「失礼します」といい部屋の中に入る。特にヴァンくんからの返事はない。いつもだったら、そのまま自分の机のところへいって荷物を置き、さっさとケースの中の書類を確認し始めるか、ヴァンくんに「紅茶」と頼まれて淹れにいくかなんだけど、今日は違う。勇気を出してヴァンくんの机へと近寄った。


 私が近づいても、ヴァンくんは気にすることなく作業をしたままだ。生徒会のお手伝いをし始めた最初のころは、質問がある時、ヴァンくんの作業のきりがいいところになるまで話しかけるのを待っていた。けれど、最近では待たない。なぜならヴァンくんは天才だからだ。私が話しかけても、手を休めることなく答えられる。気にした様子もない。だから、私はそのまま大きく息を吸い込んで、吐き出して、それから話しかけた。


「ヴァンくん、わたしと明日お出かけしませんか」


 ぴたり、とヴァンくんの手がとまった。はじめてのことだ。けれどそれは一瞬で、またすぐに動き出す。もしかしたら気のせいの範疇かも。


「……何故?」


 とりあえず返事一発目で断られなかったことにほっとした。


「ダンジョン探索実習のための、買い出しに行きたいので、それに付き合って欲しいんです」

「……別に、買い出しに守護獣は必須じゃないだろう」


 断られた。予定があるわけでもなく、ただ普通に義務ではないとして。

 どこか期待をしていただけに、ショックが大きい。

 それ以上、食い下がってお願いをして、再び断られたらと思うと、言葉が紡げなかった。

 ヴァンくんと行きたいです、とか。可愛くお願いしたところで駄目だろうなって。


「僕付き合おっかー?」


 涙ぐみかけた私の、すぐ後ろから明るい声がかけられた。

 いつの間にか、ロニー=ロッツオが生徒会室に入ってきていたのだ。

 気が付かなかった。吃驚して、思わず涙が引っ込んだ。


「荷物持ちとかいるでしょ。アドバイスもしてあげるよ。優秀ですからね、期待していいぜぇ」

「本人が調べて判断するのも実習のうちだ。口を出すな」

「えー、そっかあ。じゃあ、荷物持ちだけ。ついでに一緒にごはんとか行こうよ。美味しいお店知ってるんだぁ」


 ロニー=ロッツオは話し方も優秀だ。思わずじゃあ、お願いしてもいいですか、なんて言いそうになる。

 けれど、それじゃあ駄目なんだ。私は、歯を食いしばって頭を横に振った。


「嬉しいんですけど、ごめんなさい。ヴァンくんとでないと……意味がないから」

「あらら。フラれちゃった。だってよ、レヴァン。いいじゃん、ご主人様とデートくらいいってあげなよ」


 デート。その単語にガン、と頭を殴られた気がした。

 こ、これはデートに入るの?

 買い出しをお願いしにお出かけをするお誘いが……デートのお誘い……。

 つまり私はヴァンくんをデートに誘ったの!?

 意識していなかったことを急に自覚させられて、顔がかあっと熱くなるのがわかった。どうしよう、恥ずかしい。デートに誘って断られたってことでしょ、私。


「何時からだ?」

「えっ?」


 ヴァンくんは、相変わらず書類を捌く手を止めない。空耳……じゃない、よね?

 どうしよう、考えてなかった。

 私の判断が遅れて言葉に詰まっていると、ヴァンくんは手をとめてワイン色の瞳で私を射抜いた。


「明日やろうと思っていた仕事を今日中に片付けられるのなら、出掛けてもいい」

「……っ、やる!頑張りますっ!」

「よかったね、ミーコちゃん」

「ありがとう、ロッツオさん!」


 私はすぐに自分の机に移動すると、作業をはじめた。

 断られた原因が、書類だったなんて。休日の間も働こうとしているなんて、とんだ社畜だ。

 私が嫌われていたわけじゃなかった……と思いたい。ううん、今は余計なことを考えるのは、なし。紅茶休憩も、なし!よーし、集中集中!


「よかったね、レヴァン」

「お前も手を動かせ」

「はーい」


 ロニー=ロッツオも、今日は無駄に話かけてこなかった。

 帰る時間になってみれば、終わった作業はいつもの3倍近くになっている。

 主に増えたのは、ロニー=ロッツオの分。喋らなければ、これだけの量をこなせるということだ。

 普段からやればいいのに、と思ったけれど口には出さなかった。今日は感謝しているので。



 寮に帰ってからも忙しい。

 ダンジョン探索の事前授業でもらった冊子を開いて、持ち物参考リストのページを開いた。

 ざっとチェックして、すでに持っているものをのぞき、明日買いに行くものリストを別に作成する。

 生徒会で手伝いをしているおかげで、情報を読み取るスピードが上がっている気がする。わからない単語も減ったし……。


 採取用の道具は入学時に1揃い購入して、授業でもたびたび使っているので手入れもしっかりしてある。応急手当用のポーションも期限切れしていない。寝袋は、この間学園で購入申し込みの手続きを終わらせているので、当日前には配布されるはずだ。


 となると、明日買いに行く必要があるのは――……主に、食料かな。冊子によると、パンはつぶれやすく、匂いの強いものは魔物を引き寄せるから注意するように、と書かれている。なるべく密封した、日持ちの良い携帯できる食料がいいだろう。

 冒険者御用達のお店があるから、そこへ見に行こうかな。


 魔物と闘う自信のない人は、戦闘用のアイテムもそろえる必要がある。

 投げれば一定のダメージを与えるものや、あらかじめ仕掛けておくトラップなど。自分の能力を補佐するための護符アミュレットを用意する人もいると思う。

 だけど、私には多分必要ないかな。私自身はあまり能力は高くないけれど、ヴァンくんがいるからな……。1年生のダンジョン探索なんて、ピクニックにいくようなものだろう。はぐれても呼べばすぐに来てくれるし、とても心強い。


 少し前までどうしよう、と思っていたはずなのになぁ。まさか、楽しみになるなんて。


 この時の私は、めちゃくちゃ甘い考えをしていた。

 戻れるものなら戻りたい。




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