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わたし【魔王】を召喚してしまいました

 

「今日の魔王様、機嫌悪そうだったね」

「生徒会室の前の廊下、窓に氷柱できてたもん、間違いないよ。絶対近寄らないほうが良いって」


 女生徒たちが噂をするのが聞こえてきて、私はため息をついた。

 このまま廊下を真っすぐいけば、ちょうど生徒会室の前を通ることになる。しかし、今の話を聞く限りでは廊下は氷で覆われているかもしれない。

 離れていてもただよってくる冷気は、この学園の生徒会長である【魔王】……すなわち、レヴァン=マーティンが不機嫌だってことだ。


「えぇ~~……ミーコ、どうする?真っすぐ突っ切る?」


 一緒に歩いていた友人のフランに聞かれて、私は首を横に振った。


「やめとこ。回り道しても、急げばまだ間に合うよ」

「はあ……しょうがないかあ」


 氷の廊下に近づいて、もしも噂の【魔王】に捕まれば何をされるかわからないし。


 これもまた噂なのだが、【魔王】の機嫌が悪い時に部屋の外を無理矢理に通り抜けようとした人が、生徒会室からちょうどでてきたレヴァン=マーティンに見つかりしばらく氷漬けになったとか。


 次の授業までまだあと5分ある。

 来た道を戻って階段を降りてからぐるっと回ることになるけれど、急げばなんとか間に合うだろう。

 氷像になって今日の授業に出れないのだけは御免だ。


 なにせ、今日は待ちに待った召喚儀式を行えるのである。これからの人生を共に歩むための使い魔を召喚するのは、学園に入学した生徒の一大イベントといって間違いない。

 だからぜったい、ぜーったい、遅れたくない!


 なんとか召喚儀式を行うホールに間に合った私とフランは急いで皆が列を作っているところに滑り込んだ。

 ほっと息を撫でおろして、そわそわした空気の中持ち物を確認する。うん、大丈夫。

 同時に先生がやってきて、前回の授業で練習した術式を軽くおさらいしたあと、早速1人ずつ実践をし始める。


「良かった。今日を逃したらまた来月だもんね」

「うんうん。ミーコは何を召喚するか決めた?」

「私はね、炎系の守護獣にしたいのよね。ちょっと魔力は足りるか心配だけど……今日は溜めるだけ溜めて、来月になってもいいから、少し上のランクの方を狙ってる」


 炎系の守護獣はとても便利だ。一緒に居れば温かいし、料理や調合の際のお手伝いも得意な子が多い。

 私は森でおばあちゃんと2人で暮らしていて、あまり魔力もないから、将来はひっそりポーション作りなんかをできたらなと考えている。少し上のランクの子が来てくれれば、森の奥の方まで採取に行ったりもできるかもしれない。


「フランは?」

「あたしはゴーレムを狙っているの。お店で力仕事してほしいし、用心棒にもぴったりだもん。……あ、あの子炎ネズミだ」

「わあ、可愛い。わたし本物見るの初めて。背中の火って触っても熱くないのかしら」


 炎ネズミも目がくりくりしていて可愛いが、やっぱりトカゲ種以上の守護獣に来て欲しい。

 上級といわれるレッドポニーや、最高峰の不死鳥までは無理だとしても、頼りになるレベルの守護獣を召喚したい。


 私の番がきて、希望を伝えると先生はうーんと首をひねった。


「ミーコ=フォーサイス、貴女の実力だと魔力だけでは足りないかもしれません。少し血を垂らして補ってみますか?」

「はい、やってみます!」


 先生が軽く呪文を唱えると、小さな風の刃がわたしの指をそっと撫でて小さな痛みが走った。チリッとした痛みのあと、すぐにじわりと血がにじみ出てきて垂れそうになるのを慌てて用意した紙で受け止める。

 昨晩一生懸命見本を見ながら銀の粉でなぞり書いた魔法陣のかかれた紙は、私の血を含むとまだ呪文も唱えていないのに光り輝き、私の手から離れてひとりでに暴れ始めた。


「なっ……なに!?」


 世界が真っ白になったかと思った。


 ホールの床と壁がピカピカの氷に変わり、空気が冷えて白い煙を上げている。

 

 なんだろう。

 炎の守護獣だったら煙はでたとしても、こんなに肌寒く感じる事なんてないはずなんだけど。


 もしかして、失敗?

 どうしよう、失敗したら、もう1度召喚術の授業を受けなおさないといけない。

 そんなの嫌だ、お願い、小さな火トカゲでもいいから成功していて――……。


 煙が引いて、祈る私の目に映ったのは、キラキラと舞う結晶をその艶やかな黒髪に纏った【魔王】――レヴァン=マーティン……!?


 ワイン色の瞳が不機嫌に細められて私を射抜いた。

 落ち着いた低い声が「お前か」と告げる。


 どうしてレヴァン=マーティンがここに? 私の召喚した守護獣はどこ?


 きょろきょろと探すが、レヴァン=マーティン以外には誰もいない。

 きっと何かの間違いだと思うのもむなしく、レヴァン=マーティンの首に私の誂えた魔法首輪が光っているのが見えて、ああ……終わった、と思った。


 一生を共にする守護獣への初めてのプレゼントになる魔法首輪は、絶対可愛いものにしようと思って用意したものだ。

 シルバーフレームにピンク色のハート形の魔石がきらりと光っている。

 ……見間違えようがないその首輪は、レヴァン=マーティンに恐ろしく似合っていない。


「ミーコ=フォーサイス、レヴァン=マーティン、これは一体……?」


 レヴァン=マーティンがあらわれた瞬間、ホールの床ほとんどが凍り付いた。

 まわりの生徒も固唾をのんで見守る中、私よりも先に立ち直った先生が目を白黒させながら聞いてくるが、わかるはずなんてない。


 でも私の作った首輪をつけているのが、レヴァン=マーティンなのだから、たぶん、


「先生、わたし【魔王】を召喚してしまいました……」

「誰が【魔王】だ」


 そう言って、レヴァン=マーティンは忌々し気に首元に手をやった。

 嵌まっている首輪を指先でなぞるようにして確認している。

 ハートの魔石に気が付いて鼻先で笑うと、そのまま「事務処理中だ」といってホールを出て行ってしまった。


 通った道に霜が降りている。

 完全に凍っていないところを見ると、思ったよりは機嫌は悪くないのかもしれない。

 いや、でもこれ、どうしたらいいの……?


 困り果てて先生に目配せを送ると、ふいと逸らされた。


「つ、次の人どうぞ」


 自分でどうにかしろということだ。

 がくりと項垂れた私の肩を、小さなゴーレムを抱いたフランがぽん、と叩いた。


「もし慰謝料が必要ならいって。友達優遇金利で貸してあげる」

「お金でなんとかなる問題かしら……」


ペースはゆっくりめにする予定です。よろしくお願いします。

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