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月光の騎士物語  作者: ヴェルネt.t
6/20

舞踏会の華

霧の向こうで声が聞こえる...

聞き覚えのある二人の声...

「嬉しいわ,,,」

エレネーゼの声が弾んでいた。

「今夜がとても楽しみ...夕刻には迎えに来てね。ウィザードの城まで一緒に行きましょう。」

「御意に。」

ヨルムドの声が答える...抑揚こそないが、エレネーゼの誘いを受け入れた。

二人の影が一つになる…霧が一層濃くなった。


シュナーベルは口を手で押さえた。

胸の痛みと深い悲しみ...

涙が溢れて止まらない。声を出さないように必死で嗚咽を抑えて後ずさる...

…ここから立ち去らなければ..

転ばないようにゆっくり背を向け、城の中に引き返した。このままではヨルムドには会えない...涙の跡を消してからでなければ...


約束を果たすと、エレネーゼは満足気にその場を去って行った。

ヨルムドは暫く憮然としながら立ち尽くしていたが、ふと気配を感じて視線を巡らし、複雑な心境に陥った。視界はまだ真っ白なままだったものの、そこには明らかな痕跡が残されていた...


城の中へ足を踏み入れると、シュナーベル付きの侍女が一人で歩み寄って来るのが見えた。ヨルムドの前でお辞儀をすると「シュナーベル様よりお言付けです。」と静かに告げる。

「本日は体調が優れないため、研究棟には参りませんとのこと...どうかご容赦下さいとの仰せでした。」

「体調がお悪いのか?」

「はい。」

侍女はそれだけを伝えると、膝を軽く折り、踵を返して去って行った。

…あの時感じた気配は、シュナーベルのように思えたが...

今しがた起きた「偶然」の出来事との関連があるのかは判らない…だが、シュナーベルが来ないのでは話もできず、この場は引き返さざるを得なかった。

「何をすべきだろうか...」

考えながらも、学舎への道を再び歩き始める。

…姫君があの場にいたのならば問題だ…全ての会話を聞いていなければ、私が王女の誘いを受け入れたと思うだろう...

「思い過ごしなら良いが...」

ヨルムドは溜め息を吐いた。

今日の予定がエレネーゼの同伴のみになってしまったことに憂鬱を感じた。すべきことは山ほどある…とはいえ、やはりシュナーベルの事が気がかりだった。

…空いた時間を無駄にはできない。

思い直して、研究棟に足を向けた。シュナーベルにはいつ会えるか判らなかったが、次の機会までに資料をまとめて置くべきだと判断した。


「シュナーベルが部屋に引きこもっている?」

侍女からの報告に、ブラドルが目を丸くして声を上げた。

何かあれば報告をするよう命じられている侍女は、王子を前に、暗い表情で頷いて見せる。

「今朝、お支度をなされていた際はとてもお元気そうだったのですが、お出かけの時間に部屋に戻られ、そのまま扉を閉ざしてしまわれて...」

「理由はなんだ?」

「解りません。お話し下さらないし、そっとして置いて欲しいと仰られるので...」

ブラドルは唸った。

ヨルムドが訪れて以来、シュナーベルは明るい表情になり、嬉々として振舞っていた。一日の成果を語る時、頬を染めては、とても幸せそうに微笑んでいた…

「シュナーベルは部屋から出て来ないのだな?」

「...はい。お声かけにも、何もお応えにはなりません...」

困惑する侍女が気の毒に思えたが、それよりもシュナーベルのほうを何とかせねばとブラドルは思った。毎日楽しみにしていたはずの日課を止めるほど、何かあったに違いない...

「解った...もう下がって良い。」

ブラドルが命じると、侍女はお辞儀をして去って行った。

「シュノーが塞ぎ込む理由など、一つしかなかろう...」

…鍵はおそらく月光が握っている。

「誰か在れ!」

ブラドルは外に居る小姓を呼んだ。

若者が応じて扉を開けると、彼に向かって静かに命じた。

「月光の騎士を呼んで参れ、早急に。」


外部からの呼び声に気付いたのは偶然だった。

マロニエの木が植えてある場所で採取をしている最中に、大声で叫ぶ声が聞こえてきたからだ。

応じてヨルムドが外に出ると、王子付きの小姓が伝令を告げた。.だいぶ前から探していたらしく、少し疲れた表情で立っていた。

「...すぐに参る。」

ヨルムドは承諾してから上着を取りに行き、その足で王子の待つ場所へと向かった 。服装は与えられたメルトワの服で、袖を通すのはのは初めてだった。

…シュナーベルの様子も聞けるだろうか。

口火を切るのは難しそうだが、急な呼び出しから推察するに、王子は何かを伝えたいに違いなかった。

城の回廊を歩くと、行き交う人々の視線が自分に集まるのを感じた。公に紹介される立場ではないだけに、異国感漂う自分がメルトワの騎士服を着ているのが物珍しいのだろう...

貴族の好奇心などどこ吹く風だが、懸念されるのはエレネーゼに見つかって絡まれることだ...これ以上まとわりつかれては、シュナーベルからの不審を招きかねない...

上階への入り口で番兵に用件を伝えると、問題なく道を通された。

階段に上ればすぐにブラドルの部屋がある...王女には出会わずに済むようだ...

小姓が立つ扉まで歩くと、間を空けずに扉が開いた。

「月光の騎士がおいでです。」

小姓が告げ、室内へと誘う。

ブラドルは机上で執務を行っていたが、持っていたペンを置き、顔を上げてヨルムドを見遣った。

「話がある...そこに座ってくれ。」

小姓を下がらせると、ブラドルは立ち上がってヨルムドに歩み寄った。自らも椅子を引き寄せ、向かい合って座る。

「シュノーと何かあったのか?」

何の前置きも無く、ブラドルは尋ねた。

「今日は部屋に引きこもって出て来ないそうなんだが...」

「引きこもって?」

「うむ。朝は出かける準備をしていた様だが、急に部屋に閉じこもってしまったらしい...今は誰の声掛けにも反応しない状態だ。」

「今朝...」

「何か心当たりがあるか?」

…心当たりだらけだ。

ヨルムドは内心で訴えた。やはりシュナーベルはあの場所に居合わせたに違いない。

「申し上げ難いのですが...」

ヨルムドは告げた。

「今朝方は霧が濃いため、シュナーベル様をお迎えに上がろうと向かいましたが、途中でエレネーゼ様と出会い、わずかな間、会話を交わしました。」

「エレナ...?」

ブラドルは声を上げた。

「どう言う事だ?」

「エレネーゼ様は私と接触を図ろうとしていた様です。今夜の舞踏会に同伴して欲しいとの仰せでした。」

「舞踏会?」

ブラドルは眉根を寄せた。

「エレネーゼが直接そなたにそう申したのか?」

「はい。参加は国王陛下のご命令であるからと...」

「父上の命だと⁉︎」

ブラドルは声を上げた。

「それはあり得ぬ...エレナが参加している夜会に、父上が行けと命じる訳がないぞ。」

ヨルムドは黙ったまま、次のブラドルの言葉を待った。舞踏会への参加が国王の命令ではないとすれば、王女は嘘をついた事になる…

…もしそうなら王女に同伴する義務はないはずだ。

虚実を言うなどもってのほか...ましてシュナーベルが居合わせる時刻を狙ったのなら、本当に悪質極まりない。

「エレナは主催者の名を告げたか?」

「確か、ウィザード侯爵と...」

「ウィザードか...なるほどな。」

ブラドルは顎に手を当てながら何かを思案していた。メルトワの諸事情を知らない自分に王子の考えは読み取れないが、単にエレネーゼの嘘を攻めるつもりはないらしい。

「エレナの件は解った。...して、それとシュナーベルの閉じこもりはどう関係している?」

ようやく本題に至り、ヨルムドは詳細をあるがままに説明した。シュナーベルの性格を熟知しているブラドルは、すぐに全てを理解し納得したものの、ヨルムドの舞踏会への参加については撤回することなく、エレネーゼに随行せよと命じたのだった。

…それでは、シュナーベルとの信頼関係に亀裂が生じる。

ヨルムドは意見を具申したかったが、その言葉は飲み込んだ。誤解は時間を経て解消される...その機会を待つしかない。

「私の指示に従え...月光。」

ブラドルは口角を上げて命じた。

この場に相応しくないほどの、爽やかな笑顔を浮かべながら…



その日のシュナーベルはずっと泣き通しだった。

泣き顔を見せたくなくて引きこもったものの、実際はヨルムドに会えない寂しさのほうが勝って後悔している。

…彼はエレナと舞踏会に行く...エレナの腕を取ってダンスを踊る...

それを思うと悲しかった。どんなに望んでも動かない足では叶わない夢...ヨルムドがいかに優しい騎士であっても、こんな自分を選ぶわけがなかったのだ。

「それでも...ヨルムドに会いたい...」

泣き濡れながら何度も研究棟に行こうと立ち上がった...扉の前に立ち、幾度となくその手を伸ばした...けれど、その度にエレナとヨルムドの寄り添う姿が目に浮かび、涙が溢れて止まらなくなってしまうのだった。

「どうして...」

全てが「完璧」なエレネーゼ...何もかもを持っているのに、何故たった一つの希望まで奪うのだろう...

結局、シュナーベルは部屋を出なかった。泣き疲れて眠りに付き、陽が落ちるまで眠り続けた。


夕刻、

ヨルムドはエレネーゼを迎えるため、城のエントランスに立っていた。

階段を見上げ、小さく溜息を吐く...

姫君達の部屋は上階にあり、シュナーベルもそこにいるはずだった。今も自分をを見てるかもしれない…だとすれば、ますます疑心暗鬼に陥るのではないだろうか…

「ヨルムド!」

まもなくエレネーゼが現れ、ヨルムドを見て瞳を輝かせた。

緩く束ねた金糸の髪には小ぶりの冠...胸元が開いた薄紅色のドレスは、裾が大きく広がる極めて華美なものだ…

「姫君...」

ヨルムドは膝をついて頭を垂れた。跪くまでもなかったが、エレネーゼに人前で上体を押し付けられては堪らない...

「さあ立って...腕を取ってちょうだい。」

エレネーゼは当然の様に命じた。ヨルムドが従うと、上機嫌で自ら腕を絡ませる。

「メルトワ騎士の貴方…とても素敵だわ。」

エレネーゼは声を弾ませて言った。

「は...」

相変わらず抑揚のないヨルムドの反応には失望したが、それでも、この気高い騎士を独占している優越感で心が躍る…

「さ、参りましょう..月光の騎士。」

エレネーゼは顎を上げた。誇らしげにヨルムドを見上げ、麗しい表情で微笑んで見せた。


王女が乗った馬車が走り出す...

随行する銀髪の騎士も騎乗し、城門に向かって出発した。

シュナーベルはその一部始終を窓から覗き見ていた。

とてつもなく悲しかったが、もう涙は出なかった。夕闇が迫る空は、あと少しで漆黒の闇に包まれる...シュナーベルは踵を返した。

扉を開け、暗い廊下を歩き出す...侍女達に見つからない様、地味な藍色の外套に身を包み、エントランスに向かった。


研究棟の門を開け、シュナーベルは中に入った。一室に火を灯し、作業の続きを始めようとして気づく。

「ヨルムドが続きを?」

今日の予定をヨルムドがすでに済ませていた。机上に書き置きがあり、進められた作業の経緯と、今後の手順が記されていた。

「ひとりでここに来ていたの?」

書き置きの羊皮紙を手にすると、その下にもう一枚が隠れていた。シュナーベルはその文字を読み、思わず目を見開いた。


“知識に勝る魅力を私は知りません,,, “


「ヨルムド...」

涙を浮かべてその名を呼んだ。

これはヨルムドからのメッセージ...彼の深い思いやりに違いない...

「ありがとう、ヨルムド...」

シュナーベルは言った。

「たとえ慰めだとしても...嬉しいわ。」

今夜はここで夜を明かそうと決心した。

明日になれば、きっとヨルムドは来てくれる...それまでに次の手順を進めておこう..

作業に没頭し始めると、雑念が消え、自然に気持ちが落ち着いた。

ヨルムドの書き置きどおりに手順を進める…書かれた材料の分量を秤にかけ、正確な分量を測って分ける作業をひたすら続けた。この作業が終われば容器に入れ、湯を少しずつ加えながら混ぜれば良い...

「このくらいで良いかしら...」

どのくらいの時を経たのか…シュナーベルは疲れを感じて手を止めた。考えてみれば今日は食事しておらず、今になって空腹を感じ始めた。

「困ったわ...ここには木の実くらいしかない...」

木の実と言っても、すぐに食べられる物ではなく、シュナーベルは途方に暮れた。

「…お城には戻りたくない...」

作業を中断し、休憩を兼ねて長椅子にうずくまる...

「今頃エレナは、ヨルムドと踊っているのでしょうね...」

煌びやかな舞踏会場と、並べられた豪華な食事...美しく着飾った貴族達の前で、エレネーゼとヨルムドがダンスを踊る...

「エレナはいつも”舞踏会の華“...凛々しいヨルムドが相手なら、周囲はきっとお似合いだと讃えるわ...」

舞踏会の華になりたい訳じゃない...ただヨルムドに相応しい貴婦人であったならと思う…

「お腹が空いた...」

シュナーベルは呟いた。飢えてうずくまるだけの自分が、とても惨めで情けなかった。


「...姫君」


声が聞こえた。

シュナーベルは驚き、顔を上げて虚空を見つめる...

「え...?」

自分の耳を疑った。

「幻聴…?」

「幻聴ではありません。」

声が否定し、現れた人影が作業台に大きな荷物を置く…そこにはヨルムドが立っており、訝しげに自分を見つめていた。

「このような場所で夜明かしをするおつもりですか?」

ヨルムドは言った。

「城中が大騒ぎです。姫君が行方不明だと...」

「ヨルムド...」

シュナーベルは唖然として見つめた。ヨルムドも眉根を寄せて見返している...

「...なぜここに?エレナと舞踏会に行ったのではないの?」

…やはり、それが引きこもりの原因か...

ヨルムドは確信した。

シュナーベルに手を差し述べ、泣き腫らした顔を見つめる…華奢な体をそっと立ち上がらせると、首を横に振った。

「随行はしましたが、会場には入りませんでした。」

「ええ⁉︎」

「その話は後で...先ずは食事をするべきでしょう。」

「...食事?」

「私も腹が減りました。夕食を食べておりませんので...」

ヨルムドの言葉に、シュナーベルは台の上の荷物を見やった。

「たいした物は持ってこられませんでしたが、空腹は満たされるはずです。」

「ヨルムド…」

穏やかな口調と優しい眼差し...ヨルムドは微笑んでいた...銀色の瞳が自分だけを見つめていた。

「...はい。」

シュナーベルは頷いた。

ヨルムドの気遣いが、心の穴を温かく満たした。



つづく































































































































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