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月光の騎士物語  作者: ヴェルネt.t
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ヨルムドの使命




国王との謁見を終えたヨルムドは王太子に誘われ、今は彼の自室にいた。

無口なヨルムドに対してブラドルは饒舌で、ボルドーの内政の話や、バルドの様子、ルポワドに嫁いだ皇女の身の上など、様々な質問を問いかける。

ヨルムドはその都度、慎重に言葉を選んだ。

王太子の関心に応えつつ、必要な情報だけを供与しなければならない。国家に関する機密に触れれば、それこそ破滅をもたらすこともあるからだ。

「そなたは実に真面目だな。」

ブラドルは両腕を胸の上で組みながら口角を上げた。 

「ここには誰もおらぬのだ…もう少し肩の力を抜いても良いのでは無いか?」

「恐れ多いことです。」

ヨルムドが抑揚なく答える。姿勢を正したまま、微動だにしない。

「曙光配下の騎士は皆、そういう姿勢なのか?」

「はい。」

「例外はないのか?」

「任務である限りは。」

「任務から解放されれば、普通に話せるのだろうか?」

「…そういうことになります。」

ブラドルは低く唸りながら顎に右手を当てる。

「それが掟なら仕方がないが…だとすれば…」

何かをしきりに思案するブラドルだったが、そう深く悩んでいる訳でもなさそうだった。

…私の感情抑制が任務の妨げにでもなるのか…?

ヨルムドは黙したまま、辛抱強く王子の言葉を待った。

「…では、こうしよう。」

居住まいを正してブラドルは言った。

「そなたの使命についてだが、一日のある場所においてのみ、一時的に解放するというのはどうだ?」

「一時的?」

「うむ、滞在している間、そなたには薬学の知識を供与してもらうつもりだった。城の東に研究用の別棟があるのだが、そこに毎日通って貰いたい。」

「別棟?」

「そうだ、ボルドーにも在ると聞いたが?」

「確かに。我が父は“知恵の杖“を授与されており、薬学に関する研究棟を所有しております。」

「ならば説明は不要だな。そこにはボルドーから取り寄せた物が多数あるのだが、私を含め、我が国には使い方の知識を持つ者がほとんど居ない...情けない話だ。」

ブラドルは肩をすくめて言った。

…ほとんどと言うことは、少しは居るということだ。

ヨルムドはシュナーベルの顔を思い浮かべた。彼女はボルドーの書も読める。薬学にもかなり理解が深い様子だった。

「敷地内には限られた者しか入れないが、そなたは特別だ。早速、そこにいる者と会ってくれ。」

「すぐに...でありましょうか?」

「ああ、今すぐに。」

ブラドルは爽やかな笑顔を浮かべながら頷いた。ヨルムド的には様々踏まねばならない手順がある気がしたが、王子の勅命ならば従うしかない。

「御意に。」

ヨルムドは一礼して踵を返した。扉の前まで歩むと「月光…」とブラドルが声をかける…

振り返って王子を見ると、彼が瞠目していた。口角こそ上げていないが、慈しむ様な表情で見つめている。

「妹の友となってくれ…あの子は孤独だ。」

驚いたが反問はせず、ヨルムドは再び一礼すると部屋を後にした。

“妹“とはどちらを指すのか不明瞭だったが、少なくとも、あの無遠慮な王女が「孤独」であろう筈がない。

…彼女は孤独なのか?

眩しい光に満ちた城外の道を歩きながら、ヨルムドはふと、シュナーベルの俯きがちな姿を思い浮かべた。


「この子はもう少し日当たり良いところに置かないと...」

シュナーベルは独り言を言いながら、陶器の小さな鉢を持ち上げた。森から運ばれて来た苗木を鉢植えにし、日差しの届く窓際に置くつもりだった。

ポントワの森には無い遠い森の奥に自生する花...球根には弱い毒があるが、花は純白で美しいという...

「.もう少し大きくなったら、庭に植えてあげるわね。」

球根の毒は傷の回復に効果がある…とボルドーの書には記されていた。地面に植えて増やすことができれば、いつかきっと役立つに違いない。

自分で行くことが出来れば、色々な素材を採取できるのに…と思う。でも、それはシュナーベルにとって叶わぬ夢...手にしている小さな鉢を移動させることさえ、この足では困難なのだ。

「ヨルムドの滞在中は、今まで以上の知識を得られる...」

シュナーベルの胸が希望に満ち溢れた。

エレネーゼには差し向けなかった優しい眼差し...薬学の話をする彼は、誰よりも優しく理知的だった…憧れていた「月光の騎士」は、想像以上に素敵な人物だった。

「もっとお話がしたい...」

窓際の棚に無事鉢を置きながら、シュナーベルは呟いた。開いた窓の外を見つめる...視界の先には、樹木や草木に囲まれた小径が見える…植えられているのは薬草ばかりで、母やエレネーゼ達が愛する庭園とは全く違う世界だった。

「乾燥させている葉を回収しないと...」

シュナベルは踵を返して歩き出した。貯蔵庫まではほんの少し距離がある...草花の様子を観察しながら“慎重“に歩いて行こう。


「…いったいどうなってる。」

「東の棟」を探して城の周辺を歩き、ようやくそれらしき建物を見つけたものの、入り口が見つからず、ヨルムドは往生していた。

出会った召使いを捕まえ「入り口はどこだ」と尋ねたが、首を横に振るばかりで埒が開かない。

「不思議な場所だ。」

おそらくはどこかに隠し扉があるに違いないが、こうまで入る者を拒む必要が在るのだろうか…

「入り口を見つけたとして、無断で立ち入って良いものか...」

荊の垣根に覆われた敷地は広そうだった。隙間からは内側がわずかに見え、樹木に覆われた先には小径があった。

途方に暮れるヨルムドがしばらく眺めていると、白い影がチラと動いた。

…シュナーベル?

白いドレス と風になびく白金の髪...極めてゆっくりした足取りは、間違いなくシュナーベルだ。

「姫君!」

ヨルムドは声を上げて呼びかけた。この機を逃しては、今日中に中に入れない可能性がある。

「...え?」

呼ばれたシュナーベルは驚いて立ち止まった。

「どなた?」

シュナーベルは応え、垣根の方向に向き直った。顔は見えないが、外側に白い影が見える…

「ヨルムドです」

ヨルムドは歩み寄って答えた。

「...ヨルムド?」

シュナーベルも反問する。

「なぜ…貴方がここに?」

問いかけつつ急いで歩み寄ろうとした。慌てたために足の不自由さを一瞬で忘れる…

「あっ」

シュナーベルがいきなり膝から折れ、地面に崩れ落ちるのを見て、ヨルムドは顔色を失った。昨日よりもさらに派手な転倒だ…

「シュナーベル!」

ヨルムドは叫んだ。

助け起こそうにもここからでは手の出しようがない…

「大丈夫か⁉︎」

「ああ...またやってしまったわ。」

半身を起こしながらシュナーベルが言う。

「...入り口はどこです…すぐにそちらへ参ります。」

ヨルムドが申し出ると、シュナーベルは救われた様に頷いた。

「...鍵が開いているのは右手奥にある扉です…荊の棘に気をつけて下さい。」

「承知しました...少しお待ち下さい。」

ヨルムドは急いで門扉を探した。シュナーベルが自ら立てないことは明白だ…早く中に入って助け起こさねばならない。

蔦が絡んだ門扉は見え難かったが、意識すればすぐに見つけることができた。あまり使われていないのか、蔦を切らねば扉は開かない…背のダガーを引き抜き、蔦を切断して扉をこじ開いた。荊の棘には注意が必要だったが、留意している場合ではなかった。

足を踏み入れたものの、樹木に阻まれてシュナーベルの姿は見えなかった。道は迷路の様に入り組んでおり、.迂闊に進めば方向を失ってしまいそうだった。

「どこです...姫君!」

「…ここです。」

ヨルムドの呼びかけにシュナーベルが応える。

呼び合いを繰り返し、ヨルムドはようやくシュナーベルに辿りついた。地面の上で途方に暮れるシュナーベルは、ヨルムドを見遣ると、頬を薔薇色に染めながら「ごめんなさい。」と謝った。

「いえ、不意に声を掛けた私の不遜です。本当に申し訳ありません。」

謝罪しながらシュナーベルを抱え上げる…注意不足なうえ不躾が過ぎる自分を猛省せざるを得なかった。

「これで二度目...」

「どこか痛みは?」

「無い...と言いたいけれど、膝を打ってしまったみたいです。」

「膝?」

「はい。」

「歩けますか?」

「多分...」

シュナーベルは、一歩前へ踏み出そうとしたものの「痛...」と声を上げて立ち止まった。ヨルムドが咄嗟に腕を掴んで体を支える…服に覆われ可視は出来ないが、怪我を負っているに違いない。

「あの...」

シュナーベルはおずおずと口を開いた。

「少しお時間はありますか?」

「問題ありません。」

「厚かましいのですが…少しの間、肩を貸して下さい...貯蔵庫に行かなくてはならないのです。」

「構いませんが...手当を先にすべきでは...」

「戻るほうが大変だわ...手当はお仕事を済ませてからにします。」

シュナーベルは首を横に振った。

ヨルムドは躊躇したが、意を決してシュナーベルの瞳を覗き見た。…本当に放っておけないお方だ。

「ご無礼ながら...」

そう告げると、ヨルムドはシュナーベルを横抱きにして歩き出した。支えて歩くより遥かに速い。どうせ触れなければならないのだから、どの姿勢も同じことだった。

一瞬、小さく悲鳴をあげたものの、シュナーベルは抵抗せず、素直にそれを受け入れた。抱き上げられたのは久しぶりで、恥ずかしくて顔から火が出そうだ…

「重くは...無いですか?」

「いいえ、特には...」

「ごめんなさい。」

「謝る理由はありません。」

シュナーベルは嬉しかった。昨日から予期せぬ事ばかり起こっている...ヨルムドに出会い、月光の騎士だと知り、その腕に抱き上げられているのだ。

「目的地はこちらでしょうか?」

ヨルムドは入り口の前で立ち止まって訊いた。

「はい。」

シュナーベルは頷いた。

「ありがとう、もう大丈夫。」

ヨルムドは膝を折ってシュナーベルをそっと地面に下ろした。そのまま肩を貸しつつ歩を進め、扉を開いて中にへと入る。

内部は風通しが良く、ひんやりとして乾燥していた。一つしかない小さな窓からわずかに陽が差し込んでおり、日当たりの良い棚下に、葉が入った大きな籠が置いてあった。

「...十薬?」

ヨルムドが呟くと、シュナーベルは目を見開いた。

「...貴方には判るのですね。」

「遠い異国の薬草だ。」

「はい。ずっと以前に手に入れたもので、育てて増やしたものです…三日ほど乾燥させたので、そろそろ回収しようと思っていたのです。」

「生成もご自分で?」

「もちろんです。ここには私の他に誰もいませんから...」

…誰もいない?

ヨルムドははたと思い当たった。

ブラドルはこの中にいる者に会えと言った。限られた者しか入ることが許されない場所...荊の壁に護られた研究の棟...

「妹の友になってくれ。」

…私の感情抑制を解けと言ったのは、姫君のためだったのか。

「...ヨルムド?」

シュナーベルはヨルムドを見上げた。

「どうか...しましたか?」

「姫君...」

「はい。」

「私はブラドル殿下に命じられてこちらに参りました。」

「お兄様に?」

「メルトワに着くまで何も知らされておらず...今しがた我が使命を知ったところです。」

「...使命?」

困惑した表情のヨルムド...シュナーベルは不思議に思った。そういえば、彼はなぜ垣根の前にいたのだろう...

「お兄様はなんと仰ったのですか?」

「薬学を供与せよ...と」

「...私に?」

「ここに姫君しか居ないのであれば、その様です。」

「まあ,,,」

シュナーベルは瞳を輝かせた。

「毎日こちらに通うことになります...構わないでしょうか?」

「勿論です...とても嬉しいわ。」

シュナーベルは告げると、籠の薬草を手付きの籠に移し始めた。ヨルムドも手伝って全て収める...作業を終え、ヨルムドが籠を持って再び外に出た。

「...でも、本当に良いのでしょうか?使命とはいえ、城内に悪い噂が立つかもしれません。」

「悪い噂?」

「私は変わり者ですから...関われば貴方の評判にきっと悪影響を与えるわ…」

「どこに立つ評判のことを仰せですか?」

ヨルムドは尋ねた。

「それは...」

シュナーベルの瞳が曇る…視線を逸らし、俯きながら言った。

「エレナは貴方がとても気に入ったと言っていたわ,,,舞踏会にぜひ誘いたいと...」

…末の姫君か。

ヨルムドは内心で呆れた。その件は断っておいたはず…シュナーベルが踊れないのを知っていながら、なぜそんな残酷な言葉を投げかけるのだろうか...

「社交の場には興味がありませんし、何より使命が最優先です。周囲の評判など気にしても意味のないことだ。」

「ヨルムド...」

「滞在する間に、出来るだけ多くの知識を供与いたします。お許し戴けるのであれば、姫君のお御足についても改善を試みたいと考えております。」

「私の足..ですか?」

「御意。」

「希望が…あると?」

「あるいは。」

ヨルムドは微笑んだ。

自身の魅力に気付かず、傷を負ったままの白鳥...

使命でも同情でもなく、シュナーベルに飛び立つ翼を与えたい...

「さあ、膝の手当てをしましょう。」

笑顔になったシュナーベルを、ヨルムドは再び抱き上げ歩き始めた。


つづく



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