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月光の騎士物語  作者: ヴェルネt.t
3/20

騎士と王女

「シュノーはどこだ?」

小庭に面した広い部屋で孫達と楽しそうに戯れている妃に向かってユリウスは尋ねた。その呼びかけに応じて妃が視線を向ける...魅力的な青い瞳がユリウスを見つめた。

「シュナーベル?」

「...うむ、どこにも姿が見えぬ。」

「今朝方は部屋にいましたけれど...」

「部屋にも研究室にもいなかった。ボルドーの使者が参ったゆえ、引き合わせようと思ったのだが…」

「ボルドーの使者?」

クロウディアは目を見開き、嬉々として明るい表情になった。

「リザエナ殿が派遣して下さった「曙光騎士団」の者ですね?」

「そうだ。」

ユリウスも微笑みを浮かべて頷いて見せる。

「その者をもうご覧に?」

「まだだ...今、ブラドルが対応しておる。」

「…では、急いであの娘を探しましょう。」

壁際に控えている侍女達を呼び寄せると、クロウディアは幼い王子と王女の遊びを引き継ぐよう命じた。投げ輪に夢中だった幼子は祖母の言葉に残念そうな表情を見せたものの、代わりに侍女が上手に投げて見せると、すぐに機嫌を直して遊びを再開した。



「あの人が「月光」だったなんて...」

シュナーベルは独り言を呟いた。

書庫の隅に置かれた長椅子に座りながら高くそびえる円形の天井を見上げる。

螺旋状の階段が続くその壁面にはたくさんの書物が並んでおり、天井に近い場所ほど古い書物が収められていた。

健常ならこの程度の階段など誰でも容易に登れる...されどシュナーベルの足は、二十段も登ると動きを止め、それ以上は無理と訴えるのだ...

「初対面であんな醜態を晒してしまって...いまさら「王女」だなんて名乗れない..」

いっそ、ヨルムドが使命を終えて帰るまで、何処かに潜んでいようかしらとシュナーベルは思った。

王女として会釈をする程度であれば事実を知られる事なくやり過ごせたはず...今まで何度もそうして来たし、それが一番良い方法だった。

「あの人は何も言わなかった…でもそれは不遇な私に何の興味も感じなかったからよ...」

王女だと知ってヨルムドはどう思うのだろう...シュナーベルは悲しくなった。妹のエレネーゼの様に美しく歩いたり、走ったりできたらいいのに...

「あの階段を登りたい...」

舞踏会で華麗に踊りたいとは思わなかったが、天高くそびえる書庫の頂点に自分の足で行きたいと思う...自由に本を棚から引き出し、開いて見ることが幼い頃からの夢だった。

「謁見にはエレネーゼだけが出席すればいいわ。あの子は完璧なのだから…」

選ばれないのはいつものこと...

三人の姉は次々に成婚して他国へと嫁いでしまった。

長兄のブラドルもすでにオリビエ妃との間に王子と王女を授けている。

「次はエレナの番…眩い輝きに満ちたあの子を、きっとヨルムドも気にいるはずよ...」

涙が溢れて頬を濡らした。

父も母も傍にいて欲しいと慰めを言うが、役立たずな自分を周囲は皆蔑んでいる...何の未来もない王女は城の「厄介者」でしかないのだ。

「シュナーベル!」

大扉が開かれ、書庫にユリウスの声が響き渡った。

「シュノー、出ていらっしゃい。」

クロウディアも優しく声をかける。

シュナーベルは不意を突かれ、声を上げそうになって口を抑えた。より隅の方へ隠れようと身じろぐ…足が思う様に動かないのがもどかしい…

「シュノー…」

案の定、すぐにユリウスに見つかった。父が歩み寄り、目を細めながら両手を差し伸べる。

「こんなところにいたのか...姫よ。」

「お父様...」

「探したぞ...さあこちらへおいで。」

父に手を差し出されては拒絶はできない...シュナーベルは諦めてその手を掴んだ。

「ボルドーから勅使が参った…曙光配下の騎士「月光」だ。」

…知っています。

シュナーベルは心の中で答えた。

偶然とは言え、彼と一夜を過ごしたことは言えない...

「ずっと会いたがっていたでしょう...勅使を派遣して頂けるのなら、ぜひその騎士をとリザエナ殿に願ったのよ。」

クロウディアもシュナーベルの体を支えながら優しく告げた。

「…私のために?」

「ええ。」

シュナーベルを挟みつつ、王と王妃はゆっくりと歩き出した。幼い頃には抱き上げていたユリウスも、王女がそれを拒否してからはその意思を尊重することにした。たとえ歩みが遅くとも、王女としての尊厳だけは失わせたくなかった。

…卑屈になってはいけない。

両親の愛に包まれると、シュナーベルは自分の浅はかさを恥じた。

責務を果たさなければ、それこそ『役立たず』なまま...月光の騎士に会いたかったのは彼の知識に興味が湧いたからであって、決して異性としてではなかった。

…ヨルムド...

シュナーベルは赤面した。

よくよく考えてみれば、夜を共に過ごそうなど、あまりに軽率で大胆な申し出をしてしまった…

…私の正体を知ったら驚くでしょうね。

不安な気持ちとともに膨らむ期待…

これからしばらくは「月光の騎士」と毎日会うことが出来るのだ。



「貴公が「月光」か!」

入城を許可され、城門を潜り抜けてエントランスに到着すると、ほどなく伴を連れた貴公子が現れて声を上げた。

石段を颯爽と駆け下り歩み寄る…風貌はまだ若く、年の頃は同年程度と思われた。

「王太子のブラドルだ。」

王太子は気取らない口調で告げた。

亜麻色の髪と空色の瞳のせいもあるが、その印象は限りなく明るく爽やかだった。

「王太子殿下...」

ヨルムドは即座に跪いた。いきなり王太子の出迎えを受けるとは全くの予想外だ…

「ボルドー騎士団、ヨルムド・エストナドと申します。」

「「曙光の騎士」の息子だそうだな。噂は聞いておるぞ。」

「...光栄です。」

ヨルムドの毅然とした姿勢に、ブラドルは口角を上げた。直接眼にするまで「月光」の人間性には不透明な点が多かった。曙光配下の騎士は感情の抑制を常としており、本音は図りかねるとの報告がなされていたからだ。

…高潔との報告は真実の様だ。

「付いて参れ、国王陛下に引き合わせよう。」

ブラドルは背を向けて再び階段を登り始めた。王太子の背後を守る騎士の後についてヨルムドも歩き始めた。


「お兄様...」

エントランスを通り、回廊に至る場所まで来ると声が聞こえ、ブラドルの足が止まる。脇から年若い貴婦人が現れ、ブラドルに歩み寄った。

「エレネーゼ」

ブラドルは向かいあってその名を呼んだ。貴婦人は彼に微笑みかけた後、ヨルムドにチラと視線を向ける...

「どうしたんだ。こんな場所で何をしている?」

「お姉様が行方不明なの...だから探していたのです。」

「行方不明?」

「ええ、父上と母上もお探しよ。」

「...こんな時に。」

「またお姉様の悪い癖が出たのでしょう。」

眉根を寄せるブラドルに、エレネーゼは軽くため息を吐いた。

「すぐに逃げてしまうんだから...」

「...言葉を慎めエレナ、客人の前だ。」

「あ、ごめんなさい、つい...」

エレネーゼは口元に手を当てつつ、またしてもヨルムドを見遣った。

「私を紹介して下さい、お兄様。」

エレネーゼの要望に、ブラドルがヨルムドを振り返る...「月光」は無表情で瞠目していた。何の感情も浮かべておらず、美しいと讃えられている妹を前にしても、その姿勢に変化は見られない。

「紹介しよう、エレネーゼだ。」

ブラドルは言った。

「我が妹にして、末の王女だ。」

「ごきげんよう、異国の騎士。」

エレネーゼはヨルムドの前まで歩み寄って自ら右手を差し出した。

「メルトワにようこそ。」

「ヨルムドと申します。」

ヨルムドは跪き、細い指先にキスをした。今朝もシュナーベルに同じことをしたが、彼女は自ら手を差し出すようなことはしなかった。

ヨルムドが恭順の意を示すと、エレネーゼは満足した様に微笑んだ。

「この方とご一緒しても?」

「構わないが...」

ヨルムドに立つよう命じると、エレネーゼは脇について歩き始めた。手は掴んだまま...離すつもりはないようだ。

「ほどなく陛下が参る...しばしここで待て。」

玉座の間に着くと、ブラドルはすぐに踵を返して出て行った。護衛の騎士が残される...エレネーゼも留まり、ヨルムドの顔を見上げていた。

「大きな声では言えないのだけれど...」

囁く様に言う。

「あなたはとても素敵だわ。この国のどの騎士よりも...」

「光栄です。」

「表情を変えないのね。」

「それが掟です。」

「私が命じても?」

「御意。」

「つまらない掟ね。」

「申し訳ありません。」

ヨルムドは感情なく応酬した。この掟は職務上において徹底される。相手が誰であろうと例外はなかった。

「しばらくのあいだ、滞在するのでしょう?」

「おそらくは。」

「ダンスは踊れて?」

「...ダンス?」

「ええ。」

ヨルムドは眉をひそめた。一通りの訓練は受けているが、公の場で踊ったことは一度もない。

「全く。」

「まあ、残念...」

否定すると、エレネーゼは表情を曇らせた。肯定すれば相手をさせるつもりだったに違いない。

…冗談ではない。

ヨルムドは否定した。

王女のお守りをしに来た訳ではない。面倒を避ける意味でも、出来ないという事にしておく方が無難だろう…

「国王陛下、お成!」

告げ役の従者が大声で言った。

同時に背後で足音が聞こえる...ヨルムドは即座に片膝を着き、同時にエレネーゼから手を離した。

「エレネーゼ、控えよ。」

ブラドルが歩み寄って命じた。

エレネーゼが黙って退き、玉座から少し離れた位置に立つ...ほどなく国王が現れると玉座に座った。

「シュナーベルに椅子を!」

国王の初めの言葉はそれであり、ヨルムドは俯きながら目を見開いた。

…シュナーベル?

目の端に二人の貴婦人が見える...一人がもう一人を支えて歩き、その歩みはゆっくりでぎこちなかった。

二人がエレネーゼの隣に並び、置かれた椅子に“シュナーベル“が座った。国王はそれを見届けると、程なく口火を切った。

「顔を上げよ、ボルドーの勅使。」

「はっ」

ヨルムドは応じて顔を上げた。正面には国王のユリウスが鎮座している。

脇には三人の貴婦人が並んでいた。直視は避けたが、王妃とエレネーゼとの間にいたのは白鳥の乙女...あのシュナーベルに間違いなかった。

「私がメルトワの王ユリウスだ。遠路遥々よう来てくれた、歓迎するぞ。」

ユリウスは穏やかな口調で告げた。微笑みを浮かべたその面は、シュナーベルに酷似ていた。

「ありがたきお言葉。」

ヨルムドは静かに告げた。

「我が名はヨルムド。「騎士団長「曙光」の子にして、騎士名を「月光」と称します。」

「うむ、噂は諸々聞き及んでおる...そなたの派遣を快く受諾してくれたリザエナ殿には、厚く礼を尽くさねばなるまい。」

「元首よりは陛下の命に準ずるよう仰せつかっております。我が身でお役に立つことがあれば、力を尽くすとお誓いし申し上げましょう。」

ヨルムドの端的に答えに、ユリウスは深く頷きながら目を細めた。

…眉目秀麗な若き騎士...その存在がシュナーベルの「希望」となることを切に願う。

彼の使命が「愛娘のため」であることはリザエナにさえ伏せていた。

翼を持たぬ不憫な娘に、せめてもの機会を与えてやりたい...それが自分とクロウディアの思いだった。

「妃と王女を紹介しよう。」

視線を横に移してユリウスは言った。

「王妃クロウディアと第四王女シュナーベル、そして第五王女のエレネーゼだ。」

紹介されると、王妃は歩みを進めてヨルムドの前に立った。

「私はルポワド国王マルセルの妹です。」

クロウディアは穏やかな口調で告げた。

右手を差し出さすことなく「お立ちなさい。」と命じる。

「噂は予々...バルドとの和平条約締結では多大なる貢献をしたとか...」

ヨルムドは命じられるがまま起立し、クロウディアを見つめた。

「貢献など...勿体無いお言葉です。私は主君である姫君を奪還すべく、微力ながらのお力添えをしたに過ぎません。」

「いいえ...そのお陰でバルドの皇女は甥の妃に収まった...ルポワドとしては大変な功績です。」

クロウディアは口角を上げた。未だルポワド国王を目にしたことはないが、確かにクロウディアには王太子リュシアンの面影がある...

「それにしても...貴方は本当に月光の名に相応しい騎士ね。」

クロウディアは話を切り替え、何故かシュナーベルを垣間見る...ヨルムドも視線を移し、俯くその姿を一瞬だけ見遣った。

「左様でしょうか。」

「左様よ...見事な銀髪だもの。」

クロウディアの横に並んだエレネーゼがが言葉を挟む。シュナーベルとは裏腹に、空色の瞳を輝かせながら声を弾ませて言った。

「シュノー」

見兼ねたユリウスが呼びかけたが、シュナーベルは椅子に座ったまま俯いていた...ブラドルがシュナーベルを迎えに行き、優しく手を添えると、思い直した様に立ち上がる…

「先に名乗るべきでしょう、エレナ。」

クロウディアがエレネーゼを嗜めると、エレネーゼは麗しく微笑んだ。シュナーベルがゆっくりとした足取りで近づく間に、ヨルムドへと距離を詰める...

「もう済ませましたわ。ここに来るまで、彼の腕を取って歩いていたのよ。」

そのエレネーゼの発言は、まるでシュナーベルへの当てつけのようにヨルムドには聞こえた。妹であるなら、姉の気持ちを思い遣るべきところであろうに...

「まあ、なんということを...」

クロウディアは驚くと、踵を返してシュナーベルに手を差し伸べた。優しく抱き寄せ、何かを耳打ちする...シュナーベルは頷き、僅かに微笑んでみせた。憂いを帯びているのは、おそらくエレネーゼの態度に傷ついているからだろう…

シュナーベルがようやく向き合うと、ヨルムドはその瞳を見つめた。

昨夜は夜通し会話をし微笑みを交わしたが、その事実をここで告げることは出来ない...

「シュナーベルです。」

シュナーベルは名乗りながら会釈をした。

「ヨルムドと申します...お見知り置きを...姫君。」

ヨルムドが自らその手を取って応える...シュナーベルは思わず目を見開いた。

無表情のヨルムド…魅力的な灰色の瞳に、深い慈愛の色を感じた。

「...はい。」

シュナーベルは微笑んだ。

ヨルムドの微笑みがどれほど素敵であるかエレネーゼは知らない...


…これは私だけの秘密。


ヨルムドとシュナーベルは、束の間、互いを見つめ合った。




つづく
















































































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