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月光の騎士物語  作者: ヴェルネt.t
20/20

旅立ち

明るい朝の日差しに眩しさを感じ、ヨルムドは瞼を開いた。

頭を回して隣りを見る...そこには妻が眠っていた。

ここはポントワ湖の辺り、白鳥城の一室で、ヨルムドとシュナーベルの寝室だった。

妻の寝顔を見つめて口角を上げる。シュナーベルは瞼を閉じていても美しい...

姿勢を変えて顔を寄せると、シュナーベルが小さく呻いて寝返りを打ち、ついで、ゆっくりと瞼を開いた。

「おはよう、シュノー」

ヨルムドは言った。

シュナーベルが紺碧の瞳でヨルムドを見つめる…微笑みを浮かべると愛らしい声で言った。


「おはよう、ヨルン...」



痛みで目が覚める...

自分の身に何が起きたのかを思い出すのに時間を要した。

グレイの放った毒矢に射られた後、シムトが手早く解毒の処置をした。パルシャが早急に傷口を切除し、オルデラが所持していた解毒薬を服用したのだ…

切開した傷口の痛みと解毒薬の効果が重なっている...昨夜まで発熱が続いていたが、今朝は下がり、全身の汗と倦怠感が残るのみになった。

…厄介と思しきは、腕の麻痺のほうだ。

左手が麻痺していた。感覚はあるが動かせない。痺れは指先まであり、当分使うのは難しそうだった。

右手を使って起き上がる。

眠っていた時間はどれほどだろう...

ここは王城の一室で、シュナーベルは上階で眠っているはず...すぐに行ってやらねばならない。

ヨルムドは立ち上がって歩き出した。

妻の容態が気がかりだった...


シュナーベルの寝室の前に、父エルナドの姿が見える…

扉を背に、憮然とした様子で立っていた。

ヨルムドに気づくと、無言で歩み寄って来る。表情はないが「体調はどうだ?」と静かな口調で問いかけた。

「左手の麻痺はありますが、その他は問題ありません。」

「そうか...解毒薬の効果はあったようだな…処置の速さが功を奏した。オルデラとシムトに感謝せねばならん。」

「はい。パルシャの切開も含め、彼らの判断は完璧でした…時間を要しはしますが、徐々に回復が見込めるでしょう。」

「うむ。大事に至らず、安心したぞ。」

ヨルムドは無言で頷いた。昨夜は傍で見守りを続けてくれていた父…吹き出す汗を何度も拭い、水を飲ませてくれたのだった。

「シュノーの容態は...」

ヨルムドが尋ねると、エルナドは再び真顔になり、扉に視線を向けた。

「昏睡が続いている...解毒の処理は済んだが、予断を許さぬ状態だ。」

ヨルムドの表情が曇る...その失意は隠せない。

…さもあろう。

若き日に妻を失った…アイシャは薬学を知る騎士として、村人を流行病から救おうと尽力したが、自らも罹患して命を落としてしまったのだ…

…アイシャは失ったが、私にはお前がいた…希望の光があった。

「私はシュノーの回復を待ちます。父上は帰還の準備をなさって下さい。いつまでもここに居ては、陛下が寂しがるでしょうから。」

「リズ…いや、陛下の相手はフィッツヴァイデ卿がしておる…案ずるには及ばないさ。」

エルナドは否定し、息子の背を押した。

「とは言え、ボルドーには帰らねばならん…お前とシュナーベルの新居を探す仕事がある。」

「父上...」

「二人で帰って来い…待っているぞ。」

エルナドは微笑むと、静かに踵を返した。

騎士達が帰還する際に、シュナーベルを一緒に連れ帰るのが理想だったが、それはもう叶わない…

ヨルムドは扉を開き、室内に足を踏み入れた。

王妃付きの侍女が壁際に控えており、シュナーベルのベッドの傍にクロウディアの姿があった。

「妃殿下...」

ヨルムドは歩み寄って跪き、深く頭を垂れた。

「ヨルムド...目が覚めたのですか?」

クロウディアは言った。

「はい。」

「安心しました…貴方まで目覚めなかったらどうしようかと不安だったわ…」

「ご心配をおかけして、申し訳ありません。」

頷く王妃の頬を頬涙が伝う...

クロウディアもまた、寝ずに娘を見守っていたに違いなかった。

「もっと早く、ボルドーに行かせてあげれば良かった...そうすれば、辛い目に遭わせずに済んだのに...」

「是非もないことです。足のお悪い姫君に、長い距離を迂回することは困難でした。その前に、マティスの森を安全なものとする殿下のお考えは正しかったのです。」

「ヨルムド…」

クロウディアは悲しげに微笑み、ヨルムドを促してシュナーベルの手を握らせた。

手のひらに収まる冷たい指…クロウディアの手の温もりなのか、わずかな体温を感じる。

「シュノーは貴方が帰って来るのを待っていた...一日千秋の想いでね...だから、きっともうすぐ目を覚ますわ。」

そう告げると、クロウディアは座っていた椅子をヨルムドに譲った。そのまま扉へと歩み、部屋を出て行く。

一人残されたヨルムドは、瞼を閉じているシュナーベルの手を撫でながら言った。

「今日からはずっと一緒だ、シュノー…」

無言の妻に微笑みかける。

「ハルトが君を待っている...約束どおり、一緒に乗ってボルドーへ行こう。」

虚しさに耐えながら語りかけ続けた…

それが今の自分にできる、唯一の努力だった。





「アイリを見かけなかったか?」

エントランスの前で帰還の準備を進めている仲間達に向かってパルシャが尋ねた。

「ガイル殿のところに居るのではないのか?」

オルデラが答える。

「俺はたった今、そのガイルと話をしていた...バスティオンの宿営地にも行ったが、どこにも居なかった。」

「そう言えば、いつもなら君を訪ねて来るのに変だね?」

ヴァイデも首を捻る。

「どこに行ったんだ...時間がないと言うのに...」

パルシャは愚痴を言うと、眉を寄せつつ踵を返した。ボルドーの騎士もバスティオンの騎士も、負傷した者以外は明日にも出立することになっていた。

「アイリ!」

城内を出て庭園を探し回った。

秋に咲く花々が風に揺れている...背の高い草木の茂みにまで分け入って、くまなく中を覗き込んだ。

「いるなら出て来い...急用がある!」

パルシャは仕方なく告げた。

「これは命令だ。」

「...命令?」

すぐ近くで声が返って来る...アイリの声だった。

「そうだ。だから来い、今すぐに!」

すると、樹木の陰からアイリが顔を覗かせた。

「アイリ...」

安堵したと同時に眉を寄せる。アイリ目は真っ赤だった、泣いていたのは一目瞭然、鼻まで赤く染まっている…

「ご命令とは何ですか?」

うわずった声でアイリは尋ねた。

…何があった?

その事のほうが気になったが、それを訊くのは後回しだと思った。優先すべきはアイリを連れ出すことで、急いで行かねばならなかった。

「とにかく来い…」

パルシャはアイリの手を握り、エントランスに向かって歩き出した。待たせていた馬丁に指示を送り、いきなりアイリを担ぎ上げる。

「パルシャ…?」

驚きを無視して、パルシャも後ろに乗り込み、すぐに馬を走らせた。城門を抜けて城下の街に出る...パルシャの体温を背中に感じながら、アイリは周囲の景色に目を向けた。

…どこに行くの?

心でパルシャに問いかける。

…いいえ、行き先なんてどこでもいい。あなたと一緒に居られるのなら...

また涙が浮かぶ...

明日にはそれぞれの国へと出立し、別れの時を迎えてしまうのだ…

街道を進み、街の中心にある広場に出ると、パルシャは馬の走りを緩め、「塔」の前で止まった。

「何とか間に合ったな...」

パルシャはアイリを地上へと降ろした。

「ここでなにを?」

「鐘を鳴らす。」

「...え?」

「急げ、時間が無い。」

「え...ええ?」

パルシャはアイリの手を掴み、有無を言わせず塔の階段を登り始めた。狭い階段は延々と続く...徐々に地上から遠ざかり、途中の小窓から街並みが見えた。遠くには平原とマティスの森が広がっている...その先は、ボルドーとの国境だった。

「待たせたな。」

頂上に着くと、先を行くパルシャが誰かに向かって言った。アイリが見上げると、初老の男の姿と、巨大な釣鐘が見えた。

最上階にアイリを引き上げ、鐘の前に立たせる。

.向かい合うと、パルシャが真顔で告げた。

「この鐘を鳴らせば、誓いを立てたことになる。」

「...誓い?」

「ボルドーに着いたら式を挙げるつもりだが、その前に誓いを立てておきたかった。」

「でも…あなたには婚約者が…」

「...なに?」

「兄さまに仰っていたわ...すでに婚約していると...」

アイリが大きな目から涙をこぼす…嗚咽混じりに泣き出した。

「はあ?」

パルシャは渋面になった。

「勘違いするな...それはお前のことだ!」

「…私の?」

「お前をボルドーに連れて行く。ロッドバルトの一員、俺の妻として。」

「パルシャ...」

「嫌じゃないならこの縄を持て!」

アイリは目を見開き、また大粒の涙を落とした。


…あなたはいつも強引で、話を先に進めてしまう。


アイリは縄を掴んだ。

望んでいたパルシャの求婚は、泣き出すほどに嬉しかった...


王都の空に大鐘の音が鳴り響く───


パルシャは誓った。

アイリを妻とし、ロッドバルト家に迎えることを...




回廊を歩くブラストが呼び声に気づいて立ち止まる。

脇からエレネーゼが姿を見せたので、どうやら空耳ではなかったらしい…

王女は掴んでいたスカートの裾から手を離し、ブラストの胸に顔を乗せ抱きついた。

「姫君」

ブラストは身を引きつつ、静かに嗜めた。

「なりません。周囲の誤解を招きますよ。」

「そんなもの全然気にならないわ...だって、貴方が大好きなんだもの。」

「お気持ちは嬉しい...ですが、お立場を考えなくてはなりません。」

それでもエレネーゼは離れなかった。自らブラストの腕をとって横に着く…抱擁は諦めたようだが、それ以上、譲る気はない様だった。

「お兄さまの診察に?」

「はい、今しがたご様子を診て参りました。」

「兄さまはもうすっかり回復なさったわね...昨日もどこかへお出かけになっていたもの。」

「軽い中毒で済みましたので、もう大丈夫でしょう。」

「ブラストのおかげよ...お父様もお母様も、あなたは名医だとと褒めていらっしゃったわ。」

「もったいないお言葉...とても光栄です。」

ブラストは微笑み、王女とともに歩き出した。

宮廷を行き交う人々が囁き合う...ウィザード侯爵に利用されていたことが発覚して以来、エレネーゼの評価は芳しいものではなくなってしまった。

…何も知らなかったとはいえ、親しい仲であったことは事実…二人の関係に疑念を抱く者がいるのは仕方がないことだ。

「ボルドー騎士は、明日、ボルドーに帰るのでしょう?」

「ええ。」

「...でも、あなたは帰らないのね?」

「シュナーベル様の主治を務めて欲しいと、殿下と「月光」に依頼されておりますので、もうしばらく滞在する事になります。」

「お姉様がお目覚めになるまで?」

「はい。」

嬉しい...と口にするのは不謹慎だった。シュナーベルは昏睡状態で、未だ生死の境をさまよい続けているのだから...

…それでもブラストが残ってくれるのが嬉しい...ほんの少しの時間でも...

いずれ、ブラストも祖国へ帰る──

メルトワでの噂など、ボルドーでは話題にも上らないに違いない…

…その噂だって、私がルポワドに行けば、みんな忘れてしまうわ。

「この後のご用事は?」

「仲間のもとに参ります。出立の準備を手伝わねばなりませんので...」

「そう...じゃあ、私も手伝うわ。」

「...姫君が?」

ブラストは目を丸くしてエレネーゼを見やった。

「ここにいるより、ボルドーの騎士達といるほうが気が楽なんだもの...」

「エレネーゼ様...」

「...いけない?」

上目遣いで見上げる翡翠色の瞳を、ブラストはとても愛しいと感じた。“怪物騎士”の名を聞いても怯まなかった女性はただ一人...こんなにも慕われたのは初めてだった。

「仕事はたくさんありますが、本当に大丈夫ですか?」

「もちろんよ、私だってちゃんとやれるわ。」

「頼もしいですね...」

ブラストは微笑み、エレネーゼに右手を差し出した。エレネーゼが瞳を輝かせる...すぐにブラストの手を取り、寄り添いながら歩き出した。




翌日、ボルドーの騎士達は帰還の途についた。

ヨルムドがエルナドと仲間達に賞賛と感謝、そして別れの言葉を告げる。

エルナドは失意を隠さず、ヨルムドの肩に手を乗せた。

心配ではあるが、ヨルムドは毅然としており、その様子に安堵する…

「シュノーを連れて、すぐに私も帰ります。待っていてください。」

「...うむ、そうしよう。」

父と子は固く握手を交わし、頷き合った。

仲間達も次々に握手をした後、馬の背に跨る。

.最後にパルシャが背中を叩き、黒髪の少女のもとに歩いて行った。

「パルシャは国に帰ってすぐに結婚するそうだ。」

並んで立っているブラストが言った。

「ロッドバルト家は大騒ぎになるよ。」

「パルシャは嫡男だが、何がなんでも自分の決定を押し通すだろう。」

「…だろうね。」

母の一族に新たな家族が増える...あのパルシャが妻を迎えるのは、本当に喜ばしいことだ…

「出発!」

「曙光の騎士」が声を上げる...

白の外套を翻し、騎士達は城門へと走り出した。

ヨルムドはその勇姿に敬意を表し、深く丁寧に頭を下げた。



翌日

ボルドーの騎士と入れ違いに、ルポワドからの使者が訪れた。

国王マルセルの「勅使」で、側近の騎士..託された「絵画」を携え、国王リウスに献上したのだった。


「姫君の婚姻...ですか?」

ブラストは目を丸めた。

「…いえ、姫君からは何も聞いてはおりません。」

正直に答えた。それが事実だった。

「実は…昨年ルポワドを訪問したおり、マルセル王の甥...つまりエミリア王妃の弟君、パルティアーノ公爵の子息との婚約を申し入れたのだが、我が国の事情もあって、話がなかなか前に進まなかった...先ずはシュナーベルを先にと思っていたからだ。」

ブラストは頷いた。他に表現が見当たらない。

「..;だが、ここへ来てルポワドより返答があった。.婚姻を正式なものとしたいと...」

婚約の成立となれば慶事だが、ブラドルの表情は浮かばない。

「シュナーベルはヨルムドと結婚した...もはや王女ではないが、私にとっては大切な妹...彼女が目覚めない今、エレナの婚姻話を進められないのが実情だ。」

「グレイ・ブリュトーとの噂も障壁のひとつでしょうか?」

ブラストは問うた。

「宮廷貴族の悪意は明らか…噂はどれも邪推に過ぎないものですが...」

「うむ、エレナはウィザードの策に利用されたに過ぎない...当て付けのためにあの男と付き合っていたと、今は深く反省しているところだ…」

ブラドルは溜息を吐くと、またブラストを見つめた。

「以前、そなたに話したネメシスの謀叛は我が国の恥...ルポワド国王も全く知らぬ真実だ…エレナが嫁ぎ、その噂が漏れ伝わることになれば、エレナ本人のみならず、我が国への不審感を招く結果となろう...」

…確かに。

ネメシスとの確執はメルトワの内乱..ユリウス王にとって、表沙汰にしたくない“過去の因縁“だ。

「一度生まれた噂は消えぬ...人の口に戸は建てられぬと言うからな...」

そう告げると、王子は曰くありげに笑った。

「まことに…」

ブラストは王子の言葉を肯定したものの、なぜこの話を自分に吐露するのか理解できなかった。


王子の示唆が、後の自分の命運につながるなど

夢にも思っていなかったのだ。





”シュナーベル...“

美しい水辺で呼び声が聞こえる...


ポントワ湖を背に、「蒼天の騎士」が微笑んでいた。  


「アイシャ...」

シュナーベルも微笑み、ゆっくりと歩み寄る...煌めく水面が美しく、アイシャの銀糸を輝かせていた。


ここ数日、シュナーベルはアイシャといつも一緒にいた。

湖の辺りを散歩したり、森にある草花のことをお喋りしたり...

二人で過ごす時間は楽しく、シュナーベルはアイシャが大好きだった。

「今日は何をしましょう?」

シュナーベルの問いに、アイシャが目を細める。

金糸の髪を撫で、穏やかな口調で告げた。

”愛しいシュナーベル...あなたがの行くべき場所は、私の息子のところだわ...”

「...アイシャ?」

“寂しいけれど、もうお別れ...あなたをあの子のもとに返さなくては...”

「...あの子?」

シュナーベルが首を傾ける…

アイシャは頷いた。銀の瞳を潤ませ、寂しそうに笑った。

”私の願いはヨルムドの幸福...何もしてあげられなかったけれど、最後くらい、母親らしいことをしてあげなくちゃね...“

「ヨル…ムド?」

”お帰りなさい、シュナーベル...ヨルムドのところへ...”

アイシャはシュナーベルの背を押した、


どうか、ヨルムドをお願いね──




わずかに動いた指先に、ヨルムドは大きく目を見開いた。

手を握りながらの夜明かしが日常となって五日──

微弱な反応を感じたのは初めてだ。

「シュノー...?」

声を上げ、顔を覗き込む...

シュナーベルは動いていた…手に力が加わり、温もりが戻り始めていたのだ。.

「シュナーベル!」

今度は大声で呼びかけた。意識が戻りかけている…間違いない。

「戻ってこい...シュノー!」

頬に触れて訴えた。これはもう最後の機会...逃せばシュナーベルを失うことになる...

「...ルン」

深い呼吸の後、シュナーベルが声を漏らした。瞼が開き、蒼い瞳がヨルムドを見つめる...

「ああ、シュノー...」

ヨルムドの目から涙が溢れた。

「...ヨルン?」

泣いているヨルムドを見て、シュナーベルは言った。

「...なぜ...泣いているの?」

弱々しく手を伸ばし、ヨルムドの頬に触れる…

「君は戻ってきた…私のもとに…返ってきてくれた…」

シュナーベルを抱き寄せた。左手が動かないのがもどかしい…

「お帰りなさい。」

戦場から生還した夫の胸に、シュナーベルも泣きながら顔を埋めた…



…エド



エルナドは顔を上げた。

夜明けが間近い時刻…

窓辺にアイシャが立っていた。

…眠らなきゃだめじゃない

アイシャは渋面で言った。

…貴方は生きているのだから。

「今夜は忙しいだけだ。」

…嘘つき。

「ええ?」

…エドは昔からそう。

「それを言うなら君もだ。」

…私?

「ずっと嘘をついていた。そのせいで、私は君の思いに気づくのが遅れたんだ...」

エルナドがアイシャに歩み寄る…アイシャは笑い、エルナドの瞳を見つめた。

…ずっとあなたとヨルムドを見守ってきたけれど…それも今夜でお終い…

「...なに?」

…私の役目は終わった…もう思い残すことはないわ。

「アイシャ...」

…もう会えないけれど、寂しがらないで...

「アイシャ!」

…あなたを必要としている人...リズを大切にしてあげて───


アイシャが消えてゆく...

微笑みを浮かべ、最後に唇を重ねた。


…愛しているわ...エド。






── 半年後──


シュナーベルがハルトの背にブラシを当てている。

灰色の立髪を撫でつつ、明るい笑顔で世話をしていた。

「いよいよ行くんだな...」

庭園に置かれた椅子に座っているゴドーは、眩しさに目を眇めながら言った。

「ああ。ようやく。」

ヨルムドが答える。

「姫さんが馬に乗るとは...奇跡だな。」

「シュノーは痛みに負けず治療を克服した...その努力の結果だ。」

「あの絶叫を聞くのは俺でもしんどかった...真似できん。」

「あれだけの重症を負った者が何を言うか...」

ヨルムドは呆れて肩をすくめた。

半年の時間を経ても、ゴドーの傷は完治していない。

マティスの守人たる“英雄”の偉業を讃え、ユリウス国王はゴドーに爵位と封土を与えた。それも全て、ベッドの上での事だった。

「あんたこそ、左手はどうなんだ。」

「気になるほどではない。」

「本来なら一発死のところだったと「毒物学者」が言ってたぞ…化け物か?」

「…まあな。」

ヨルムドは曖昧に答え、長椅子の上にある竪琴を見やった。

「ボルドーに行けば数年は戻らない... 最後にシュノーの竪琴を聞いてやれ…生きているうちにな。.」

「...は、違いない。」

ゴドーは口を曲げて笑った。

「神妙に聴くとしよう。」




ポントワの湖に再び白鳥が飛来した日───



「月光の騎士」は、祖国ボルドーに向けて出立した。

愛馬ハルトに、愛する妻、シュナーベルを乗せて...




月光の騎士物語 〜終〜



























































































































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