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月光の騎士物語  作者: ヴェルネt.t
14/20

共闘

「バスティオンの兵はすでに散り、森に潜入している。」

ヨルムドの傍でゴドーが告げ、戦士の名を書き記した羊皮紙を手渡しながら言った。

「作戦上、派手な顔合わせは避けたほうが良い...我らの特徴は黒い髪色と装束であることで判断できる。要所に至れば必然的に会えるだろう。」

ゴドーの意見は正しいとヨルムドも思った。「秘密裏」とはいえ、どこから情報が漏れ出るか解らない。ブラドル率いる正規軍の動きは隠し様がなく、掃討作戦自体すでに敵に察知されている可能性があるのだ。

…信頼と裏切りは表裏一体...だが、バスティオンはユーリ殿の出自であるし、ゴドーの言葉をは信じるに値する。

「解った。我々の行動については既知の通りだ。計画通りに任務を遂行する。」

「頭上は俺たちが守っているが、地面の罠には注意しろ。」

「留意しよう。」

ゴドーは口角を上げると、踵を返して馬の背に乗った。漆黒の鎧姿は壮観で、以前見た軽武装とは比べものにならないほどの威圧感がある…

「森の中心で待っているぞ。」

そう告げると、ゴドーは道なき道を走り去って行った。やがて彼の姿が森へと消えるのを見届けると、ヨルムドも踵を返し、馬上のエルナドのもとに歩み寄った。

「彼は単独で行動するつもりなのか?」

エルナドが問いかける。

「そのようです。」

「危険ではないのか?」

「彼は誰よりも森を熟知しています..賊の行動も把握している...問題はないでしょう。」

即答するヨルムドに、エルナドは頷き手綱を引いた。

...ユーリ殿に似ているのは、外見だけではないのだな。

数々の武勲を上げながら、王にかしずく事を拒んだ『漆黒の狼』...

ユーリ・バスティオンは、英雄と呼ばれるに相応しい武人だった。ほんの僅かな期間ではあったが、共に戦うことができたことを誇りに思う。

…屈強な意志と精神は、その血とともに若い世代へと引き継がれている...

エルナドは改めてヨルムドを見やった。たった一人の嫡子…冷静に振る舞ってはいるが、その心の内は複雑に違いない。

…お前を死なせはしない。

エルナドは夜空を見上げた。ようやく幸せを掴んだ息子を、全力で守らなければならなかった。

騎士達は静かにマティスへと足を踏み入れた。

森の内部は風が騒めき、あたかも不吉な予兆を暗示するかの様だった...


1日目、深夜

暗闇に漆黒の影が走る。

敵の存在を見極め、音もなく撃退している黒甲冑の騎士...動きに無駄がなく、影の様に寄り添い付き従っている。

「彼」が現れたのはヨルムドが仲間と別れた直後だった。

「キサヤ・バスティオンと申します。」

キサヤは跪き、静かに名乗った。

「司令官の護衛を務めさせて頂きます。」

痩身の体躯に柔和な顔立ち。特徴的な黒髪は、まさにバスティオンの者に間違いなかった。

彼の手に不思議な形の長剣が擬られている…

ヒルトとブレードの境界にガードがなく、小さな四角い鍔が付いている異質な物だった。

「この先に目指すアジトがあります。ご案内致します。」

そう告げると、キサヤは背後に着いて歩き出した。

…無駄も無ければ隙もない。

ヨルムドは心中で唸った。

…これが、バスティオンの戦士か。

「見張りは全て倒しました。私はこの場で待機いたします。」

首に巻いた布を口元まで引き上げると、キサヤは“長剣”の柄に手を置いて虚空を睨んだ。

…ルポワドには「特務」を担う者がいると聞く。この男もその一人なのではないのか?

黒騎士カインもその一人...彼もバスティオンの系譜の者なのだ。

アジトには十数名の賊徒が眠っているとキサヤは告げた。

「天幕には数名の女と子供がいます...足には枷が付けられており、おそらく拐かされた者たちでしょう。」

ヨルムドは無言で頷いた。風向きを補足し計算する...天幕へと流れ込むように、火で燻した弱毒性の“薬”を入り口付近へと投じた。

「毒の効果は時間の経過とともに現れる。睡眠中に吸い込めば、明朝は思う様に身体を動かすことすら儘ならなくなるだろう。」

ヨルムドは控えていたキサヤに言った。

「被害者の身はどうなりますか?」

「拉致されている者達も同様に症状に見舞われるが、倦怠感は数日中に消える。夜明けにルポワド兵が到着後した後に救助されるだろう。」

「それを聞いて安心しました...」

黒髪の騎士は安堵した様に口角を上げた。柔和な面差しに、優しい微笑みが浮かんだ。

「毒は味方にも害を及ぼす...風が巻かぬうちに次の拠点に移動しよう。」

口元を隠すことなく、ヨルムドは静かに告げた。キサヤだけではない。身を隠して先導する“傭兵達”に対する警告でもあった。拠点潰しを敵に気取られては万事休す。今夜中に駒を進めねばならない。

…周囲に異常は感じられない…どうやら、それぞれ上手く図っているようだ。

各地点に散った仲間達も、同時に作戦を遂行している。

慎重に歩を進めながら、ヨルムドは彼らの健闘を祈った。



 「右に二人...奥に二人、櫓の上に一人...」

川を挟んだ視界の先を睨みながら、メルデが小声で報告した。

闇にオリーブ色の目だけが光る...大きく開いたその瞳は、夜行性の獣のように、闇の向こう側を捉えているのだった。

「見張りが多い...」

オルデラは文句を言った。

「ここを仕切る賊の頭は慎重のようだな。」

「どうしますか?」

メルデは訊いた。

「ここは他のアジトから離れていますし、援軍を呼ばれる恐れはありません。我々だけで奇襲をかければ殲滅できそうですが...」

「そうかもしれない...だが、少し待ってくれ。」

答えたオルデラが背負っていた筒を地面に下ろした。その中から弓と矢を取り出し、矢尻に「何か」を塗り込み始める。

メルデはその様子を黙って見守った。この騎士とは数時間前に顔を合わせたばかりだが、戦士として一流であることは、これまでの経緯から語らずとも明らかなことだった。

「連携を組もう、メルデ君。私は奥の二人と櫓の一人を弓で射る…君は右の二人を倒してくれ。」

オルデラは弓を手にして立ち上がった。右手には三本の矢が握られている。

「一度に…三人⁉︎」

「そうしなければならないだろう?頭上の敵と奥の敵、一度に倒さねば、君の相手が増えるばかりだ...」

「…ですが!」

「私はボルドー屈指の射手なんだ…信頼したまえ。」

敵前だと言うのに、オルデラの口調は極めて明るかった。初の実戦である自分とはまさに雲泥の差がある。

「君が賊に間合いを詰める瞬間を狙って矢を射る…他は気にせず、目の前の敵だけに集中しろ。」

「はい。」

メルデは戸惑いながらも頷いた。オルデラの表情は自信に満ちている…この人に背中を預けるしかない…

「…行きます。」

メルデは身を潜めながら走り出した。未熟な自分が得意とするのは足の速さと跳躍力のみ。この程度の川幅なら、余裕で飛び越えられるはずだ。

リスの様に敏捷な少年騎士が対岸へと跳躍するのを、オルデラは口角を上げて見守った。メルデの性格は純粋かつ従順...将来有望な騎士見習いを、こんな戦場で失うわけにはいかない。

「痺れ薬の効果を見せて貰おうか…キロプス。」

指の間に三本の矢を挟み、大きく体を逸らして弦を引く…

「角度47°・飛距離86…」

狙いを定めた「閃光の騎士」は、虚空に向かって矢を放った。弓矢はそれぞれの方向に飛翔し、“目標”の身体へと命中する...

「…⁉︎」

一人目を背後から攻めた後、間髪を入れず二人目を撃退したメルデは、即座に背後を振り返った。

櫓の上にいた見張りが見えない…視線を奥に移すと、そこに立っていたはずの二人も、頭を射られて倒れていた。

…本当に同時に倒した⁉︎

メルデは呆然とオルデラのいる場所を見やった。彼はすでに川を越えており、悠然と歩み寄るところだった。

「見事な初陣だったな。」

オルデラは倒れている賊徒の様子を眺めながら言った。

「もっと褒めてやりたいところだが、それは後にすべきだな。」

粗末な布で作られた天幕で複数の寝息が聞こえる...オルデラは躊躇うことなく中に踏み込むと、寝ている賊へと次々に毒矢を撃ち込んだ。

呻き声を上げ、悶絶する山賊の様子を抑揚なく見つめるオルデラ...

「この人を敵に回してはいけない...」

メルデは背筋が寒くなった。これが本当の戦士なのだと、ついぞ思い知るのだった。


           




「ヨルン...ヨルン...」

シュナーベルは泣いていた。泣いても仕方がないと解っているのに、どうしても涙が止まらない...

宵の闇に星々が瞬く...月は輪郭を残していたが、今はわずかな光を放つだけだった。優しく微笑み抱きしめてくれるヨルムドがいない寝室の窓辺は、ただただ暗い闇の中にに包まれているのだった。

「どうか無事でいて...」

何故こんな事になってしまったのだろう...エレネーゼは全てがブラドルのせいだと責めていたが、優しく慈しみ深い兄が、意味もなく戦を始めるなど、考えられない事だった。

「早く帰って来て...」

シュナーベルは咽びながら言った。ヨルムドの危険を想うと不安で堪らず、心が張り裂けそうだった。


…寂しい?


耳もとで声が聞こえた。


…そんなに泣かないで。


シュナーベルは驚き、顔を上げた。

暗闇であるはずの場所に光が差し込んでいる...ベッドに座るシュナーベルの傍には見知らぬ女性が寄り添っていた。

「...驚かせてしまってごめんなさい。」

女性は言った。

「あなたが余りにも悲しそうで、黙っていられなくなっちゃったの...」

「...あの、どなた?」

シュナーベルは尋ねた。

「ここに...どうやって...」

「私は蒼天の騎士...『曙光』配下八人目の部下よ。」

「...騎士?」

シュナーベルは改めてその姿を見遣った。確かに、この服はヨルムド達が着ている物と同じ...ボルドー騎士の格好だ。

「間に合って良かったわ...もう少しで帰らなければならなくて...あなたと一度お話ししたいと思っていたの。」

「...帰る?」

「ええ、月が闇に溶けると会えなくなってしまうから...」

「蒼天の騎士」は苦笑しながら言った。

神秘的な光に照らされ、美しい顔が浮かび上がる..シュナーベルは不思議に感じた。エルナドの部下と名乗っているが、彼らの中に「蒼天の騎士」などいなかったはず…

「あなたの気持ち、とてもよく解る…結婚したばかりで独りぼっちにされるなんてあんまりよね...本当に酷い仕打ちだわ。」

「でも...それはヨルムドのせいではないのです。」

シュナーベルは言った。

「彼は兄の命令を聞くしかなかった…戦に出なければ、私との結婚の許しを得ることが出来なかったのです...」

「シュナーベル...」

「私と結婚したことで、彼を危険な場所に行かせてしまった...そのことがとても辛い…」

「まあ...」

蒼天の騎士はシュナーベルの身体を抱き寄せた。

「そんなことを悲観していたの?」

「だって...もしヨルンに何かあったら...」

「考え過ぎだわ...あの子はボルドー騎士の中でも屈指の猛者...この程度の戦なんて苦でもない…ましてや、山賊相手なら余裕すら感じているはずよ。」

「..そうなのですか?」

「ええ。」

騎士は微笑みを浮かべて答えた。

柔らかな髪が夜風に吹かれてわずかに靡く...その色はヨルムドと同じであり、月明かりのように輝いていた。

「私も騎士を愛した一人なの…だから解るわ。彼も度々戦場に出征しては長い期間帰って来なかった…その時はすごく不安だったし、今のあなたのように、毎晩泣いていたものよ。」

「あなたは…それに耐えられたの?」

「もちろん。だって私も騎士だもの。」

シュナーベルは俯き、両手を強く脱ぎりしめた。

「私は騎士ではないけれど、騎士の妻になったのだから、慣れなければいけないのですね…」

「そうね…“あの人“も言っていたけれど、帰りを待っていてくれる人がいるから頑張れる…生き残らねばって思うのだそうよ。」

「ヨルンも言っていたわ。待っていて欲しいと…」

「当然よ、いくらなんでも、こんなに可愛い新妻を、いつまでも方っておけるものですか!」

シュナーベルは微笑みを浮かべた。

「すぐに終わらせて帰って来る」

ヨルムドはそう告げ背を向けた…今この瞬間も、彼は生きるために戦っているのだ。

「待っているわ…早く帰ってきて、ヨルン。」

騎士は頷いた。シュナーベルの髪を撫で、愛おしげに目を細めた。

「さあ、もうお眠りなさい。夜更かしは体に毒…あの子が帰って来た時には、素敵な笑顔で出迎えて上げてね…」

蒼天の騎士に促され、シュナーベルはベッドに横たわった。ひんやりとした指先が額に触れ、その心地よさに瞼が下がる...

「あの…あなたのお名前は?」

「アイシャよ…アイシャ・エストナド…」

「アイ…シャ?」

程なく、シュナーベルは夢の中へと入って行った。

安堵した『蒼天の騎士』も、宵の闇へと静かに消え去った。


「また会いましょう…シュナーベル。」





「は...」

パルシャは思わず声を上げ、我が目を疑った。

姿を現したのは、年端もいかない「乙女」

想像していた『戦士』とは、全く違う人物だった。

「掃除はすでに終えました。ご指示を頂ければ、いつでも出発できます、ロッドバルト卿。」

「乙女」が鈴の音のような声で告げる…反射的に頷いたものの、どうにも目が離せない。

「あの、ロッドバルト卿...?」

少女が表情を曇らせるのを見て、パルシャは我に帰った。どうやらかなり凝視していたらしい。視線を外し、眉根を寄せた。気を奪われるなどもっての外だ。

「...お前の名は?」

パルシャは尋ねた。

「アイリと申します。ゴドー・バスティオンは私の兄です。」

「ゴドーの?」

「はい。私には三人の兄がいるのですが、参戦しているのはゴドーとガイル、二人の兄になります。」

アイリは嬉々として語り、瞳を輝かせた。野戦場で出会うにしてはあまりに眩しい…

「よし、害虫の駆除を始める…俺の後に続け。」

「御意に、ロッドバルト卿。」

「その呼び方はやめろ...パルシャでいい。」

「あ...はい、パルシャ...様」

「様」付けも違うと思ったが、今は否定すまいとパルシャは思った。任務は始まったばかりで、いくらでも修正を図る時間はある...

…なかなかに、楽しくなってきたぞ。

パルシャの口の端が上がった。


ひょっとして、これは…良い兆候かもしれない。



つづく

































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