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月光の騎士物語  作者: ヴェルネt.t
13/20

騎士の宿命

婚儀の日が明日に迫る…

数日前からポントワ湖の周囲に荷馬車が並び、数日前から大勢の使用人が城を出入りするようになった。

“白鳥の城”と呼ばれるに相応しく、真っ白な花々が飾られる。

大広間にはすでに紺碧の絨毯が敷かれており、王城から運ばれて来た王の玉座が、広間を厳かな景色へと一変させているのだった。


ヨルムドは朝早く、シュナーベルを王都へと送り出した。

今夜は一家水入らずで団欒の時を過ごすのだという。

王女としての最後の晩餐...国王夫妻の希望によるものだった。

シュナーベルが発つと、ヨルムドはエルナドと二人で遠乗りに出かけた。城の中は使用人がひしめいていて、邪魔者の居場所はどこにも無いからだった。

初夏の湖に爽やかな風が吹く…父と子が任務以外で馬を走らせるのは本当に久しぶりのことだった。ヨルムドの記憶によれば、乗り始めた頃のように思う…

「いよいよ明日だな。」

対岸に佇むポントワ城を眺めながら、エルナドは言った。

「お前がメルトワの貴族になるとは…正直、驚いているよ。赴任を命じてから僅か3月…単に「技術供与」のつもりであったのに…」

「私も同じです、父上。」

ヨルムドも頷いた。

「王女の存在は、メルトワに着くまで全く認識がありませんでした。初めてこの場所で出会った時も、王女とは知らずに接触してしまった…もし知っていたら、この状況には至らなかったかもしれません。」

「王女を好きにはならなかった...と?」

「いえ...そういう意味ではなく...」

「では、どういう意味だ?」

ヨルムドは口篭った。困惑したように眉根を寄せる…

「あの日…城に泊まって欲しいと言う彼女の願いを、私は断れませんでした。哀れみや同情ではなく、真に「愛しい」と思ってしまったのです。」

「…うむ。」

「シュノーが誰であれ、あの時の気持ちに偽りはないと断言できます。薬学の話をする際も、本当に楽しいと感じたのです。」

「...なるほど。」

エルナドは深く頷いて見せた。

「...結果は良い方向に傾いた。ブラドル殿下もそこまでは予想できなかったそうだ…二人は出会うべくして出会い、運命の始まりを迎えた。お前は自ら幸運を掴んだのだよ。」

「父上…」

微笑むエルナド…ヨルムドも笑みを返した。

…シュナーベルに出会えたことは奇跡、それは紛れもない事実だ。

「アイシャも喜んでいる...挙式には出るそうだぞ。」

「...は?」

「本人がそう言っている。」

「ご冗談を...」

ヨルムドは苦笑したものの、父は首を横に振った。

「アイシャはいつでも、傍でお前を見守り続けている…」


…そうよ。


ヨルムドの横でアイシャが微笑む…

長く美しい銀の髪が、夏の風になびいていた。




その夜、ポントワ城を二人の男が訪れた。

上背のある黒髪の騎士で、一人はゴドー・バスティオンであり、ようやく、ルポワドから帰還したのだった。

「姫さんは不在か?」

開口一番、ゴドーはそのことを確認した。

「シュノーは王城だ。」

ヨルムドが答えると、ゴドーは頷いて背後にいる騎士に視線を送った。外套を羽織った男が進み出て、ヨルムドを見つめる…

「紹介する。バスティオンの長、モラドだ。」

ゴドーは告げた。

「詳しいことは後で話すが、今回モラドが一族を統率することになる。」

「モラド・バスティオンです。」

モラドは右手を差し出しながら言った。

「お会いできて光栄だ、月光の騎士。」

「こちらこそ、バスティオンの騎士」

ヨルムドも応えて手を握る…二人は視線を合わせ、しっかりと握手を交わした。


「参加するバスティオンの騎士は、私の配下が十名、残りは傭兵部隊の兵士です。」

騎士が広間に集まると、モラドは説明を始めた。

「配下の者はすでにポントワの北側の宿営地で待機しています。傭兵部隊の到着はまもなく...そちらの手筈も整っています。」

「傭兵の信頼度は?」

ヨルムドが尋ねる。

「傭兵部隊の頭、ギャドバンは私の従兄弟です。騎士ではありませんが、戦歴も数多あり、頼れる存在です。」

「付け加えれば、兵は全員がバスティオンの戦士だ。味方を裏切る可能性はない。」

「なるほど。」

ヨルムドは頷いた。

「森を包囲し、メルトワ軍、及び、ボルドー軍がそれぞれの側に陣形を組む。メルトワ軍はブラドル殿下が指揮を取るが、賊の逃走はなんとしても防がなければならない。」

「むろん、連携は絶対不可欠だ。特に、我らと貴公らの間には。」

騎士達は唸った。前例のない戦いに、その戸惑いは隠せない。

「メルトワ兵の動員は絶対数を見込めるが、森の中にあっては敵味方の見分けが難しいぞ。」

「同士討ちになりかねず、かえって危険が増すばかりですね...」

パルシャの言葉にブラストも同意する。

「我々は少数だ。奇襲戦で対抗するしかない。」

ヨルムドの意見に、全員が頷いた。

「単身で森を脱した月光の経験には説得力がある。山賊の夜襲に対して使用した毒は有効だ。耐性を持つヨルムドとオルデラの指示が必要不可欠となろう。」

「そちらの件はお任せください先生」

オルデラが整然として答える。

「我らバスティオンの騎士は、潜伏と奇襲に長けている。貴公らに援護して頂けるのであれば、中心部への侵攻は請け合おう。」

モラドは毅然として告げた。その表情は嬉々として自信に満ち溢れていた。

「むろん、我らは知識を駆使して援護する…敵の戦力を削ぎ、弱体化を図ると断言しよう。」

「試作中の「痺れ薬」の効果を試す絶好の機会だ。」

キロプスがささやいた。研究者にとって、実証は何より重要な資料となるのだ。

「敵とはいえ気の毒な...」

ヴァイデが目を眇めて呟いた。「気の毒」と言いながら、彼の流麗な面には、何の感情も浮かんではいなかったが…

...噂どおりだ。

ゴドーは改めてヨルムドを見やった。

…感情抑制は「彼ら」の縛り。美しい花嫁を前にして「月光」が如何なる微笑を浮かべるのか...楽しみだった。





王女と騎士が紺碧の絨毯をゆっくりと歩く...

純白の婚礼衣装を着たシュナーベルは、輝くばかりに美しかった。


「異国人」との結婚であるため、挙式は極めて質素な形式で執り行われる。参列者は近親の貴族のみであり、王女に理解を示す者だけが出席を許された。


大広間に人々が集まり、いよいよ結婚の儀が始まる。

ヨルムドがシュナーベルを支えながら国王の前に歩を進め、床に膝を着き恭順の意を示す。膝の折れないシュナーベルは立ったまま、その場でお辞儀をするにとどまった。


「私の愛しいシュナーベル...今日この日をもって、そなたは王女の地位を辞し、ボルドーの騎士、エストナドの妻となる。これよりは王族の一人として生き、夫と共にメルトワのために尽くのだ。」

父の言葉に、シュナーベルは涙を流した。何事にも寛容であった父...自分の全てを受け入れ、温かく見守り続けてくれた。薬学を学びたいと告げた時も、異国の植物を取り寄せ、薬草の庭を作ってくれた父だった。

「はい、お父様。シュナーベルは勉学に励み、必ずお父様をお支えします。」

瞳を潤ませユリウスが深く頷いた。横でクロウディアも泣いている...目頭を押さえ、肩を振るわせていた。

「目録をこれへ...」

ユリウスが命じると、家臣が王女へと受け継がれる宝飾と財産を参列者に示し、飾り箱に収めた。

「騎士ヨルムド、そちに我が娘とメルトワの未来を託す...我が家臣となり、ブラドルの右腕として、未来永劫その力を尽くせ。」

「親愛なる国王陛下、我が身を賭し、陛下に尽くすことをお約束します。」

ヨルムドは告げて、メルトワに忠誠を誓った。

脇に立つブラドルが歩み寄る…ヨルムドを立つよう促すと、その肩に銀の胸飾りを置いた。

「親愛なる義弟に、メルトワの宝飾を与える...この胸飾りは王族の証…妹とともに、宝として欲しい。」

「肝に銘じます。」

ヨルムドは笑顔を浮かべ、シュナーベルと向き合った。

シュナーベルも頬を染め、ヨルムドを見上げる...

二人が誓いの口付けを交わすと、温かい拍手が贈られた。

扉の外で見守っていたゴドーも、口角を上げて微笑んだ。



「ブラスト...」

エレネーゼは騎士を見つけて胸を躍らせた。

前庭の端にブラストがいる…他の貴族と会話をしている最中のようだ…

駆け寄りたかったが、懸命に気持ちを抑えた。美しく見せたい…

主人公ではないけれど、彼のために華やかな薔薇色の衣装を選んだのだから…

「ごきげんよう。」

エレネーゼは淑やかに声をかけた。

「姫君...」

ブラストが気づき微笑を浮かべる。

エレネーゼはうっとりと彼を見上げた。今日の彼は正装をしていて、服と同色のマントをつけている…仲間の騎士も同じ格好だが、ブラストは特別に輝いている…

「体調はいかがです?お顔の色は良さそうですね...」

ブラストは穏やかな口調で尋ねた。

「もうすっかり元気よ。」

「それは良かった。」

エレネーゼは右手を差し出し、ブラストが手を取るのを待った。本当は寄り添いたかったが、それはあまりに不躾だ...

「お美しい…とてもお似合いですよ。」

ブラストは笑顔で言った。

「ありがとう…嬉しいわ…」

エレガントに返したが、本音はもっと嬉しかった。ブラストはいつでも欲しい言葉をくれる…大好きでたまらない。

「まもなくダンスが始まるわ...このまま一緒にいましょう。」

「は…」

ブラストの手を掴むと、エレネーゼはエントランスに向かって歩いた。ダンス会場は目の前で、すでに準備は整っている。天幕の下の長椅子が、王女の特別席なのだった。

「私のような者が同席しても構わないのでしょうか...?」

「あなたは私の命の恩人...堂々としていればいいわ。」

「恩人というほどでは...」

「いいえ、恩人よ。」

腕の感触が心地良い...ヨルムドと結ばれたシュナーベルのように、自分もブラストに選ばれたかった。

「ね...恋人はいて?」

エレネーゼは尋ねた。

「ボルドーに...恋人はいる?」

「…恋人?」

突然の問いかけに、ブラストは目を丸くした。

「おりません...残念ながら。」

その答えに安堵する...いると言われたら、泣き出してしまうところだった。

「私と同じね。」

「そうなのですか?」

「私は王女だから、いずれどこかの王家に嫁がされる...だから、誰かを好きになるなんて無駄だと思っていたの。それが王女の役目だからって...」

「姫君...」

「シュノー姉様が羨ましくて仕方がない..ヨルムドは異国の騎士で王族じゃないのに、何も知らずメルトワに来て、すぐにお姉様と仲良くなった...同じ王女なのに不公平だと思ったわ。」

「...なるほど。」

「...でも、それは間違いだった...今ならお姉様の気持ちが理解できる...あなたがそれを教えてくれたから。」

「...私が?」

エレネーゼは顔を上げ、ブラストの頬にキスをした。

「ひ…姫君」

驚き狼狽えるブラストに、エレネーゼが告げる。

「あなたが好き…誰よりも。」

「姫君…」

「さあ、ダンスが始まるわ...踊りましょう、ブラスト。」

王女は騎士の手を掴み、会場の中央に進み出た。二人の姿に周囲が驚き目を見張る...

「お姉様!」

エレネーゼは言った。

「結婚を心より祝福し、このダンスをお姉様に贈ります。どうかお幸せに。」

シュナーベルは涙を浮かべた。

いつも辛辣で不機嫌だったエレネーゼ...

ようやく心を一つにできる......

「ありがとう、エレナ…」

奏者が美しい音楽を奏でる…

エレネーゼのダンスは素晴らしいものだった。応える“斜陽の騎士”も、驚くほど見事な舞を披露した。

国王夫妻は目を細め、観衆は賞賛の言葉を口にする…

王女は幸せだった。

眩しい日差しが、二人をよりいっそう輝かせていた…




ポントワ湖の水面に、円を描いた月が映る…


静けさを取り戻したポントワの城で、ヨルムドとシュナーベルは互いに寄り添い、窓から星空を眺めていた。

月と星とが混ざり合う、静かで神秘的な夜…

「月光の騎士」

「...うん?」

「どんな人なのかなって、ずっと想像していたのよ。」

「そうか。」

「でも、会うのが怖かった...」

「どうして?」

「だって、美しくないから…」

「そんなことはないが…」

「嫌われたくなかったの...」

「シュノー」

ヨルムドはシュナーベルの顔を覗いた。

「それは期待はずれだったな。」

「え?」

「嫌いになるどころか、一瞬で心を捕まれた…」

「まあ...」

「私がどんなに求めていたか、知らないだろう?」

「ヨルン?」

「想い描いた...君を妻にする日を...」

「...」


遠いどこかでいるはずのない白鳥の鳴き声が聞こえる…

紺碧の水面で真っ白な白鳥が羽を広げた。

月の光が窓辺を照らし、二人の影が一つになった...



「彼を連れて行かないで…」

エレネーゼは泣きながら訴えた。

「ブラストはメルトワ人じゃないのに...なぜ戦に巻き込むの?」

従者に囲まれ、甲冑の装備しているブラドルは、泣きじゃくる妹を前に、困惑しながら眉を寄せた。事実は伏せていたはず...どこから聞き及んだのだろう。

「彼らの協力が必要なんだ、エレナ。」

ブラドルは言った。

「お前も王女なら、彼らを励まし送り出さねばならないぞ。」

「彼はお医者様よ…必要と言うなら、病の人にこそだわ…」

「そうかもしれないが…」

「お解りになるなら、彼を解放して下さい。」

「それはできない。この戦いに彼は絶対不可欠だ…」

兄の強固な姿勢に、エレネーゼは絶望した。

…ブラストが行ってしまう。

また涙が込み上げる…その先は怖くて、考えたくなかった。

「お兄様なんて…大嫌い!」

エレネーゼは踵を返した。ブラドルの部屋を出て階段を登り、高台のテラスに駆け上がった。

…もう会うことはできない…けれど、せめて彼のいる場所を見られたら…

「生きて帰って来て…ブラスト」

泣きながら願った。遠くに湖が見える...無力な王女にできるのは、その無事を祈ることだけだった。


「ヨルン...」

シュナーベルがヨルムドを見上げる。

涙が止まらず、首を横に振るしかなかった。

ヨルムドはすでに武装を終え、ヘルムを手にして立っている。

ひとたび騎士に戻れば、その存在がとても遠くに感じた。慄然とした表情は、昨夜に見た優しい彼とは全く別人のものだった。

「あなたは知っていた...行かなければならないと...」

シュナーベルは言った。

「どうして、そうしなければならなかったの?」

問いかけるシュナーベルの悲しそうな表情に、ヨルムドは罪の意識を感じた。騙すつもりはなかったが、結果的には同じことだ。

「騎士なればこそ、戦に赴くは宿命。」

ヨルムドは告げた。

「戦に出ることが結婚の条件だった...マティスの森を制圧し、安全な場所にしなければ、君をボルドーに連れて行くことができない。」

「そんな...」

「私は騎士だ。騎士は主君のために命を賭して戦う...それが君の夫の使命だ。」

「ヨルン...」

頬にいく筋もの涙が落ちた。

愛したのは「月光の騎士」

彼が戦士であることは、初めからわかっていたことだった...

「待っていて欲しい…」

ヨルムドはシュナーベルを抱き寄せて言った。

「すぐに終わらせて帰って来る。」

優しい声音に、シュナーベルが顔を上げる...同時にヨルムドの唇が重なった。


エントランスを出ると、すでに騎乗した騎士達が待っていた。

皆それぞれに装具を整え、武器を携えている…

「別れは済んだか?」

パルシャが尋ねた。

「ああ。」

ヨルムドは短く答え、待機していたハルトに跨った。

「行こう。」


馬が走り出し、ポントワ城を背にする。

ヨルムドは振り返らなかった。

目的を果たし、武勲を上げ、必ずシュナーベルのもとに帰る。

そう心に誓った。



つづく










































































































































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